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舌はないけど

(44)食のバリアフリー 配慮されすぎは寂しい

 岐阜県高山市のホテルを退職して以来、一年半ぶりに社会人に復帰しました。

 肩書は、株式会社猫舌堂(大阪市)の顧問。腺様嚢胞がん(ACC)仲間で看護師の柴田敦巨(あつこ)さんが勤務先の関西電力の社内ベンチャー制度で立ち上げた子会社で、当面は、私たちのような嚥下(えんげ)障害の人にも使いやすいスプーン、フォークをネット販売します。猫舌堂の由来は、私のブログでのハンドルネームです。

 社長に就任した柴田さんは、私と同い年。耳下腺にできたACCの治療により、口を大きく開くことができなくなりました。患者団体「TEAM ACC」の活動で知り合い、リハビリの経験や食べやすい食器について話し合ってきました。二人とも、食べられなかった時期に夢見ていたのが「ハンバーガーにかぶりつくこと」。それを達成できたときの感慨は忘れられません。

柴田さん(左)と一緒に、ハンバーガーをがぶり。大切な記念写真です=2017年11月、東京ディズニーランドで

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 私は、周囲の配慮が逆に「食のバリアー」につながる場合もあると思っています。

 舌の切除手術の後、ベッドで付き添ってくれた家族は、病室ではなく、談話室でお弁当を食べるようになりました。話すことも食べることもできなくなった私への気遣いですが「私はもう一生、だれとも食事ができないんだ」と、悲しい気持ちになりました。そのつらさを筆談で伝えました。

 「私の前でご飯を食べて。私は食べられないかもしれないけど、みんなが食べている姿を見るのもリハビリだから」。その日から再び、食事の時間を共にできるようになり「おいしそうやな、私もいつか」と、やる気がわいてきたし、手術でまひしていた鼻の機能も戻ってきました。お弁当のにおいに気付いたときはうれしくて、病院の庭に咲くキンモクセイの香りをかぎに行きました。

 職場復帰してからも、宴会や友達との食事は、食べられなくても参加しました。もちろん、食べられない悔しさはあるけれど、それよりも「配慮」が「排除」につながることが嫌だったからです。あるとき親友が「今でも遠慮なく誘えるのは、食べられない時でも、一度も断ることなく来てくれたから。あの時、食べられないから行かないと一度でも言われたら、もう誘えなかった」と、話してくれました。

 食べることに悩みを持つ人たちのために「食のバリアフリー」を広めたいと思います。(荒井里奈)

 

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