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舌はないけど

(33)主治医との別れ 元気でいるのが恩返し

 今年五月のこと。愛知県がんセンターの頭頸部(とうけいぶ)外科の主治医・A先生から「実は七月いっぱいで転勤になるんです」と告げられました。今は三カ月に一度の受診なので、この日が最後になるというのです。

 想像もしていなくて、ぼうぜんとしてしまい、涙があふれてきて、止まらなくなりました。それまで、がんの告知の時も、舌の切除を告げられたときも、がんの転移が分かったときも、診察室で泣いたことは一度もなかったけれど、ショックが大きすぎたのです。

 A先生は静かな口調で「ずっと診察できなくて申し訳ないです。でも荒井さんのことはずっと応援していますから。絶対に、元気でいてくださいね」と励ましてくれました。「そうだ。元気でいることが一番の恩返しなんだ」と、気持ちを切り替えようとしたけれど、その日は泣いてばかりでした。

 この五年間、ずっとA先生が一緒でした。私のおしゃべりをいつも「うん、うん、そうなんだ」とうなずいて聞いてくださり、抗がん剤治療前に金髪にしたときも「思い切ったね」と笑ってくれました。希少がんのため、やっかいな質問をする患者でしたが、分からないことは「今度調べておくよ」と答えて、それを忘れることなく次回に丁寧に説明してくださる。標準治療のない試行錯誤の分野で、一緒に治療法を考えて、伴走してくれる先生でした。

 仲間からは「それほど信頼しているなら、転勤先の病院にかかればいいのに」とも言われましたが、今は頭頸部外科のほかに、形成外科、薬物療法部、放射線治療部の先生にも診ていただいているし、多くの看護師さんやスタッフの方と一緒に自分の治療を考えたり、患者会活動もしたりしているので、がんセンターを離れる選択肢はありませんでした。

患者会で、看護師や歯科衛生士らと交流。医療者との信頼関係づくりは、よりよい闘病の土台だ=愛知県がんセンターで

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 ただ、泣いたままのお別れは、気が済まなかったので、後日、外来に立ち寄って、先生へのお礼状を預けてきました。それで最後と思っていたのですが、七月末、患者会の用でがんセンターに立ち寄ったら、玄関を出てくるA先生とばったり。会いたいと思いながら歩いていた時だったので「奇跡って本当に起きるんだ」と感激しました。一緒に写真を撮っていただき、たくさんおしゃべりをして、笑顔でお別れできました。

 転勤されても、ずっと私の主治医です。A先生、ありがとうございました。元気で頑張ります。(荒井里奈)

 

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