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医療

カテーテル使う「血栓回収療法」 脳梗塞 詰まりを直接除去

ルポルタージュ’19

重症化防止 大きな効果

 脳の血管に血の塊(血栓)が詰まる脳梗塞。命の危険やまひなどの後遺症を避けるには、血流を再開させるまでの時間を、どれだけ短くできるかが勝負だ。近年は、血栓を溶かす薬「t−PA」を点滴する従来の治療法に加え、カテーテル(細い管)を使って血栓を直接取り除く「血栓回収療法」が少しずつ普及しており、その効果に注目が集まっている。(小中寿美)

 初夏、愛知医科大病院(愛知県長久手市)の脳血管内治療センター外来。「もう大丈夫」。脳梗塞の治療を受け、退院後初めて来院した男性会社員(64)に、主治医で教授の宮地茂さん(60)は太鼓判を押した。「趣味のテニスをやってもいいですよ」

(上)男性の脳血管を撮影した血栓回収療法前のエックス線写真(下)血栓回収療法後。血管が開通し血流が広がっている

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 男性が発症したのは、この半月前。朝七時ごろ、通勤のため靴を履こうとした際に倒れ込んだ。立ち上がろうとしても、手足に力が入らない。もがく男性を見て、妻が救急車を呼んだ。

 男性が同病院に着いたのは八時すぎ。右半身がまひし、名前も言えない。コンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)で脳梗塞の状態が確認されたためt−PAを投与された。しかし、手が動かなくなるなど症状は悪化。午後二時ごろから血栓回収療法が試みられた。

 詰まっていたのは中大脳動脈と呼ばれる太い血管。脚の付け根から直径二ミリのカテーテルを血管に入れ、エックス線の画像を見ながら詰まった地点まで導いていく。挿入から三十分。医師や看護師、診療放射線技師らが画像を見つめる中、カテーテル先端のステント(筒状の金属の網)が血栓を絡め取った。カテーテルを抜いた後、脳血管撮影装置を使って見ると、大木が枝葉を広げるように、詰まっていた所から次々に血流が広がっていき、血管が再び通じたことが確認できた。

男性から回収した血栓

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 男性は翌日には話ができるようになり、数日後には歩けるまでに回復。十日で退院ができた。リハビリも必要なく、今は再発を防ぐ目的で抗血栓薬をのむだけ。こんなにも早く日常を取り戻せたことに「全く不思議」と驚いた様子だ。

 二〇〇五年に認可されたt−PAは、発症から四時間半以内なら今も治療の第一選択肢だ。ただ時間内でも梗塞が広がっていたり、胃潰瘍など出血性の病気があったりして使えないことも。そうした患者を対象に、一〇年から国内で始まった血栓回収療法は八時間以内が基本。重症化防止に大きな進歩をもたらした。「男性は非常にうまくいった例」と宮地さんは言う。

 t−PAを用いた場合の血管の再開通率は全体の三、四割。t−PAで改善が見込めない患者に血栓回収療法を行ったところ、開通率は八割に上った。うち四割近くが元通りの生活を送れているという。

 回収機器は日々進化している。ステント型が国内で承認されたのは一四年。今年三月、機器の一つは、八時間を超え、発症後二十四時間まで有用として国が使用を認めた。起床時に脳梗塞を起こしている場合など発症時刻が分からない患者にも実施が可能になった。

 課題は実施できる医師や医療機関が少ないこと。関係する三つの学会が昨年改定した機器の使用方針では、脳血管撮影装置を備え、学会が認定した脳血管内治療の専門医、それに準ずる経験を持つ医師が行うことが条件だ。専門医は全国に約千二百人いるが、都市部に偏在している。

 愛知県では昨年、医学部のある県内四大学の脳神経外科医が中心となり、血栓回収療法の普及を進める実行委員会を結成。治療に携わる可能性がある脳神経外科医か脳神経内科医が常駐する県内の医療機関にアンケートしたところ、t−PA投与と血栓回収療法の二つを行える施設は三十一あった。従来の診療科を超え、治療法の習得に意欲を持つ若手が多くいることも判明。実行委は、医師の育成を目指してテキストを作り、手技を学んだり難しいケースの対応を検討したりする講座も開いている。

 事務局も務める宮地さんは「脳梗塞の患者を搬送する際、どの施設に運べばいいかという意識を救急隊員に持ってもらうことも必要」と指摘。搬送先の目安となるよう、治療の実施施設を学会が認定、公表する全国的な仕組みづくりも検討されている。

「心原性」が主な対象

高齢化で増える発症

 日本人の脳卒中で昔から多かったのは脳出血。しかし、原因となる高血圧の治療が進んだことで、脳梗塞と逆転。今では前兆とされる「一過性脳虚血発作」を含め、脳梗塞が脳卒中全体の四分の三を占める=図。

 中でも増えているのは、脂質異常症などが原因で太い動脈が狭くなって血栓ができる「アテローム血栓性脳梗塞」、心臓にできた血栓が血流で脳に飛ぶ「心原性脳塞栓症」だ。特に、心原性は太い血管が突然詰まることが多く、三割が死亡か寝たきりとなっている。

 血栓回収療法の対象となるのは主に心原性。脳梗塞全体の約三割を占める。超高齢社会の今、年を重ねるほど発症が増えることが、血栓回収療法に注目が集まる理由だ。

 心原性の主な原因である心房細動は不整脈の一種。心房が小刻みに震えて規則正しい拍動ができず、血流が滞ることで血栓ができやすくなる。脳神経内科医で名古屋医療センター副院長の奥田聡さん(63)によると、心電図検査で心房細動が分かれば、血栓ができないよう抗凝固薬を服用するなどの対策が取れる。検査を受けていない人は「手首の脈を測って」と奥田さん。「脈が時々抜けたり間隔が乱れたりといった異常があれば心房細動の可能性がある」と指摘する。

 脳梗塞が疑われる症状が出たら「躊躇(ちゅうちょ)せずに救急車を呼んで」と奥田さんは強調する。脳卒中全体を通じ、発見のきっかけになる症状は▽顔の片側がゆがんで笑顔が作れない▽両腕を上げようとしても片方が上がらない▽言葉が出ない、ろれつが回らない−など。顔(Face)、腕(Arm)、言葉(Speech)のどれかに異常を感じたら、発症時刻(Time)を確認して一一九番するのが鉄則。頭文字を取って「FAST」とすれば覚えやすい。

【脳梗塞】脳の血管が詰まって血が流れなくなり、その先の脳組織が壊死(えし)する疾患。年間6万人が亡くなる。脳の血管が破れる脳出血、くも膜下出血と合わせて脳卒中と呼ばれる。脳卒中の死亡者は年間10万人で、日本人の死因第4位。命が助かっても多くは介護が必要になるため、予防の啓発、治療の普及が社会的課題となっている。

 

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