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医療

【元記者の心身カルテ16】怒りと悲しみの顔面痙攣

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 きょうは広島原爆の日。被爆者健康手帳を持つ男性が顔面痙攣(けいれん)=心身症=の治療のため、当院に通う。

 昭和二十(一九四五)年八月六日、爆心地から二キロの疎開先。戦地の夫を待ちながら暮らしていた母は、爆風で数メートル吹き飛ばされた。意識が戻ると、市街で働く自分の妹を捜しに臨月のおなかを抱えて歩いた。地獄を見たという。倒れた人の背中に蛆(うじ)がわいている。

 原爆の影響か、男性は予定日より遅い八月下旬、仮死状態で生まれた。その後、家族は東海地方へ。男性は無事成長し、理系の研究者として名を上げた。被爆者健康手帳は、定年まで一度も使わなかった。

 きちょうめんな性格で診察中、片時もメモを離さない。「僕は出産直前の被爆で幸い影響をほぼ受けずに済んだ。でも(妊娠初期の被爆で)小頭症になった人も多かったと聞いています。生き残った父が後ろめたさで戦争を語らなかったように、普通に育った僕は手帳利用を遠慮しました」。整然と語るが、顔の右側が震えていた。

 心療内科では、怒りや悲しみでたまったストレスを、痙攣などの症状で訴えると考える。「この国は当事者を忘れて経済中心に突っ走ってきた」と語る男性に、戦後繁栄の陰に隠れた被爆者たちの憤りを感じる。私たちは大きな忘れ物をしたようだ。 (心療内科医・小出将則)

 

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