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母乳信仰 液体ミルクから考える (下)論争を超えて

親の選択 尊重が大事

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 「海外には、こんな便利なものがあるんだな」。横浜市の主婦末永恵理さん(39)が、インターネットで液体ミルクを知ったのは五年前。第一子となる長女の出産を控えていた時だった。

 出産直後は母乳が十分に出ず、粉ミルクを足して飲ませた。授乳は昼も夜もなく二〜三時間おきに続く。消毒した哺乳瓶に量を量って粉ミルクを入れ、熱湯を注いで溶かしたら人肌の温かさになるまで冷まし…。夜中、キッチンに立って、これだけの作業をするのは特につらかった。

2016年、ネットで集めた署名を乳製品メーカーの担当者に手渡す末永恵理さん(左)(乳児用液体ミルク研究会提供)

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 液体ミルクなら、消毒した哺乳瓶に常温のまま注ぐだけだ。「液体ミルクを使えれば、子育てが少しだけ楽になるかも」。しかし、食品衛生法に基づく安全基準には粉ミルクの規格しかなく、国内での製造、販売は認められていなかった。

 長女の育児が落ち着いてきた二〇一四年十一月。ネットの署名サイトで、「皆さんの声を集め、法改正を」と呼び掛けてみた。「友人を中心に百人ほど集まればいいかな」。そのぐらいの期待だったが、署名は一カ月で一万筆を超えた。

 驚くほどの反響に加え、「絶対にやらなきゃ」と胸が熱くなったのは、署名に添えられた母親たちのコメントだ。「産後は出産の疲れがなかなか抜けず、何度もミルクを作るのは本当に大変」、双子を育てる人からは「ミルクを作る時間があれば一秒でも休みたい」という切迫した声も。

 一六年四月の熊本地震。断水や水道水の濁りが続いた現地の避難所で、海外から支援物資として送られた液体ミルクが配られると、署名は一気に四万筆に達した。国は食品衛生法の規定を整備。今年三月に販売が始まったが、母親たちの歓迎ぶりを示すように、メーカーの予測の二〜三倍の売り上げを記録している。

 末永さんは七月に第二子を出産予定だ。「夜間の授乳や外出する時に液体ミルクを使いたい」と笑顔を見せる。もともと育児に積極的だった夫も「便利そうだね」と興味津々で、夫婦助け合って子どもに関わる機会がますます増えそうだ。

乳児用液体ミルクを体験する親子=3月、東京都墨田区で

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 ただ、液体ミルク解禁を喜ぶ声の一方、「そんなに楽をするのはどうか」といった否定的な意見も目立つようになった。背景には母乳を愛情の証し、母性の象徴などと考える人が少なくないことがある。妊娠や出産について専門家の立場から情報発信を重ねる産婦人科医の宋美玄(ソンミヒョン)さん(43)は「授乳はとてもデリケートな問題」と指摘。母乳が出にくい人もいれば、病気で薬を飲んでいてあげられない人もいる。「他人が口出しすべきではない」と厳しい。

 「かわいいね。母乳?」。二人の子どもを母乳と粉ミルクの混合で育てた宋さんは、電車の中で、高齢の女性に突然聞かれたことがある。生後三カ月の長男を抱いている時だった。「一瞬、『えっ?』って。その質問は、年収を聞くのと同じくらいプライベートに踏み込むこと」と残念がる。

 医師として、母乳の良さは認めている。特に早産などの低体重で生まれた赤ちゃんにとっては、免疫成分が含まれる母乳は有効だ。粉ミルクに比べて消化もいい。ただ、「母乳にこだわるあまり、身も心もぼろぼろになるのは違うのではないか」と話す。

 母乳か人工ミルクか−。大事なのは、何を選べば、赤ちゃんも母親も笑っていられるかだ。それぞれの親の選択を尊重することが、子育てをしやすい社会につながる。(河野紀子)

 

 

 

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