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【元記者の心身カルテ1】限界まで取材…うつに

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 初めまして。初回の話題は、元は記者だった私が、なぜ医者になったのか。

 不器用で生真面目な半面、好奇心の塊のような気質だったので、法学部を出て中日新聞社に。東京社会部に配属されると、田中角栄元首相の極秘退院や日航ジャンボ機墜落事故を取材。昭和天皇の闘病の際は、手術室まで入り込み、ゴキブリ扱いされた。リクルート事件の時は検察担当で、睡眠三時間の日が続き、ある時、高熱が出た。Yキャップからの助言が「自分の限界を知っとけよ」。

 今振り返れば、過労からくるうつ状態だった。うつ病の特徴に「全」か「無」かの思考がある。完全にできないと無意味と捉えてしまう。この考えに陥り、記者を辞めることしか思い浮かばなかった。一方、わが心の奥底を知りたい、精神科医になって人の心の不思議を追究したいと強く思うようになった。

 葛藤がないわけではなかった。S編集局長から「(医療に関心があるなら)医療担当になり、思いを世間に伝えたら」と慰留され、心揺れた。ただ、弱者の訴えに耳を傾けるという点では医者も同じだ。当時、交際中の妻が医師だったことも決断を後押しし、入社七年目に会社を辞めた。研修医になった時に決めたモットーは今も変わらない。「ときに治し、しばしば癒やし、つねに寄り添う」 (心療内科医・小出将則)

 

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