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習近平氏の教育改革とは 加藤直人・論説委員が聞く

 中国の習近平政権は教育改革を進めています。厳しい官吏登用試験「科挙」の伝統を有し、教育を重視する大国の今後の教育政策に、習氏の「強権政治」はどのような影響を及ぼすのでしょうか。また、伝統的な愛国主義教育が本当に「反日」の土壌になってきたのか。教育学を専門にする名古屋経営短期大の武小燕准教授と考えました。

 <中国の学校制度> 大半が「6・3・3制」で、義務教育は9年間。2018年現在、学校教育の規模は2.76億人。うち、小中高校の在校生は1.9億人。00年13%だった大学進学率は教育規模の拡大と少子化の影響を受け、10年27%、18年48%と大きく伸びた。大学入試は高校以下の基礎教育の「指揮棒」と言われ、有名大学を目指す受験競争は苛烈である。

武小燕准教授

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 加藤 習近平政権は政治的な「強国路線」を進めていますが、教育改革でも「統制色」が強いのではないですか。

 武 江沢民時代は社会主義イデオロギーが後退し、教育の市場化と愛国主義教育の強化を進めました。世界貿易機関(WTO)加盟実現後の胡錦濤時代にはグローバル化が進み、人としての資質を高める教育への関心が高まりました。

 それに対し、習近平時代は「中華民族の偉大なる復興」を核とする「強国路線」を主張し、党の指導の下で教育強国の実現を図ろうとしています。教育環境の地域格差を是正したことは評価できますが、統一教科書の作成などを通して教育に対する国の統制を強めています。国定教科書の登場は、改革開放以降進めてきた教科書の多様化を方向転換したものと言えます。

 加藤 教育の国家主義志向を強めることには、政治的意図もあるのではないですか。

 武 二〇一二年から国語・歴史・政治(公民と道徳)の三教科について統一教科書の作成プロジェクトが教育部(省)主導でスタートしました。一七年から全国の小中学校で使用が始まった統一教科書では、弱体化した社会主義イデオロギーや革命史観を強化させる方向に転じました。例えば、国語では多くのプロレタリア文学が復活し、歴史では義和団運動などが反帝国主義運動の代表として改めて強調されるようになりました。

 何よりも、国家主権についての記述が増え、習政権による社会建設の成果が盛り込まれました。チャイナドリームや一帯一路に関連する記述も多いです。党の指導が強調され、学校教育を通じて、子どもたちに党の路線や政策についての理解と支持を求めているといえます。党の指導と統一教科書という二重の枠組みが強まっています。それは、教育の自由を大きく制限することになり、社会の多様性を損ない、ステレオタイプの国民形成に陥る恐れがあります。

 加藤 江沢民時代に中国は「愛国主義教育」を強めたように映ります。どの国であれ、自国の伝統や文化を尊重する「愛国」は尊いものですが、この時代は「愛国=反日」という色彩もあったと感じます。

 武 愛国教育は近代中国以降ずっと重視されてきましたが、毛沢東らが率いた時代は愛国主義より社会主義が優位でした。しかし、天安門事件とその後のソ連崩壊により社会主義イデオロギーの影響力が後退し、その後の市場経済改革が社会を激変させました。こうした時代背景のもとで、江氏は国民統合を訴える有効な手段として愛国主義に注目し、全国で多くの愛国主義教育基地を指定し、大々的なキャンペーンを行いました。

 しかし、この愛国主義教育を反日教育と見なすことには賛同できません。キャンペーンでは、国の文化や山河への愛着、国の歴史や将来への関心などを育むことが重点であり、愛国主義教育基地は歴史遺跡、景勝地、優良企業などさまざまです。

 中国の愛国主義教育について、一九九〇年代の日本のマスメディアの報道は、利己主義や拝金主義に対し、国民の結束や公共道徳の育成を図るものだと論じ、中国の国内問題だと見なしていました。

 ところが、二〇〇〇年代に中国で反日デモが起きると、日中戦争の伝え方に焦点を当てた日本側の報道が増えました。南京大虐殺記念館のような愛国主義教育基地や、歴史教科書での日本軍の暴行の詳述化などを「反日教育」とするものです。

 そもそも、社会主義イデオロギーの下では、日中戦争に関する叙述は中国共産党と国民党との対立を軸にしていましたが、それを日中の対立に書き直したほうがむしろ歴史の実態に近いと考えられるようになったのです。つまり、社会主義イデオロギーを軸にした革命史観からナショナリズムを軸にした民族史観に変わったことは今後も議論の余地があるものの、中国政府の愛国主義教育によって反日感情が植え付けられたとは一概には言えないと思います。

 日本の人々には、中国の愛国主義教育の全体像をよく理解してもらいたいと思います。一方で、中国国内では、両国間の負の記憶だけでなく、戦後の平和日本像と日中交流の継続なども伝えていくことで、双方の国民感情が改善し両国関係の発展にもつながると考えています。

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 加藤 大陸で教育現場の調査をされました。少数民族教育の実態などはいかがでしたか。

 武 一七年に青海省のチベット族自治州を訪問しました。標高四千メートルで、そこで暮らす人の九割以上がチベット族です。いくつかの学校を見学して印象深かったのは、(1)学校環境の整備(2)二言語教育の推進と民族団結教育の徹底(3)近代化教育−の三点です。山奥の学校でも都市部と変わらない環境が整えられ、チベット語と国語(中国語)はほぼ同じ時間学びます。ただ、民族文化の継承というよりは、中国人としての国民形成に偏重した教育内容だと感じました。

 中国の現地調査では、生徒数が数千人に及ぶマンモス校と二百人未満の小規模校との比較も興味深いものでした。マンモス校はたいてい人気のある進学校で、教員も生徒も点数至上の受験教育に追われ、人としての資質を高める教育を推進する余裕がありません。一方、農村では少子化と人口転出の影響で子どもの数が急速に減っています。

 農村では、何よりも親の出稼ぎにより生じた「留守児童」の問題が深刻でした。ある農村の小規模校では両親またはどちらかが出稼ぎで家庭にいない留守児童が四分の三を占めていました。家庭の貧困、親の愛情不足などで十分なケアが受けられない留守児童に対する経済的、精神的な支援が必要です。教員たちは「5+2=0」(学校での五日間で良い習慣ができても、週末の二日間で崩れてしまう)という状況に悩み、保護者に家庭教育の重要性を理解してもらうため、保護者教室を開催している学校が少なくないのです。

 加藤 中国には「科挙」の伝統もあります。今後もエリート養成が教育の主流でしょうか。

 武 これまでの学校教育は伝統的な科挙意識の影響と厳しい競争のなかで、選抜的なエリート教育を行ってきました。今後は、全国的により格差の少ない教育環境を実現して初めて本当の意味の国民教育となり、国民形成で大きな役割を果たせると思います。一方、情報社会と生涯学習制度の整備によって、学校や教科書から教えられることの権威性は相対化されています。子どもたちは学校で学ぶものは成績のためと割り切ってしまう状況も見られ、学校教育の役割が相対的に小さくなってしまう可能性もあります。

 <武小燕(ウ・シャオイエン)> 1975年、中国河南省生まれ。名古屋大大学院教育発達科学研究科で学び、2011年2月、博士号(教育学)取得。12年4月から名古屋経営短期大講師、16年4月から現職。著書に『改革開放後中国の愛国主義教育』(大学教育出版、第24回日本比較教育学会平塚賞)がある。

 

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