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公的医療保険どう支える? 鈴木穣・論説委員が聞く

 病気やけがをしたら保険証を手に、どこの医療機関に行っても安価な費用で治療が受けられる。当たり前の光景です。ところが、少子高齢化で現役世代が医療を支えきれないとの懸念がでています。これからも安心して医療を受けるには、公的保険制度をどう支えていけばいいのか。ニッセイ基礎研究所の篠原拓也主席研究員と考えます。

 <公的医療保険制度> 大企業従業員が入る健康保険組合、中小企業従業員中心の全国健康保険協会(協会けんぽ)、自営業者らが入る国民健康保険、公務員らの共済組合などがあり国民は「皆保険」の下、なんらかの保険制度に加入する。75歳以上は全員が後期高齢者医療制度に移る。2017年度に使った国民医療費は約43兆円。これを保険料、税、窓口負担で支えている。

篠原拓也主席研究員

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 鈴木 政府の全世代型社会保障検討会議が昨年十二月、七十五歳以上の医療費の窓口負担を、一定所得のある人は今の一割から二割へ引き上げる方向を決めました。高齢者にも負担を求める考えで、背景には少子高齢化があります。今は公的医療保険を使いスムーズに医療を受けられますが、今後はそうはいかなくなるのでしょうか。

 篠原 医療の問題はお金をどう融通するかというファイナンスと、どう医療を提供するかというデリバリーの二つの面で考える必要があります。ファイナンス面では、国民全員がなんらかの公的保険に入っています。企業の健康保険組合(健保組合)や市町村が窓口の国民健康保険などです。しかも、支払った保険料の多寡に関係なく同じ給付(医療)を得られる。公費(税)の補助もかなりあります。

 一方、デリバリーですが、日本の医療機関は大半が民間です。医師が自由に開業でき、原則どんな診療科でもいい。患者はどこの病院にも行けるフリーアクセスになっています。

 鈴木 しかも高額な医療費にはさらに費用を補う給付制度もあります。日本の医療のもうひとつの特徴は高品質です。

 篠原 ファイナンスが公、デリバリーが民という関係は独特です。欧州は公と公だし米国は民と民だったりします。デリバリーが民だと市場原理が働き自然と医療の質も高まります。日本人はそれをあまり実感していないかもしれません。

 悪い面は、医療機関をなかなかコントロールできない点です。政府が必要と考える医療提供を民間の医療機関にしてもらう手だては限られています。

 鈴木 有効性や安全性が認められた治療や医薬品の多くを保険適用の対象にしている点も特徴ですが、健保組合でつくる健康保険組合連合会(健保連)が花粉症薬など市販で手に入る薬の公的医療保険からの除外を提案しています。少子高齢化で財政事情が厳しいためですが、保険の「守備範囲」再考への問題提起だと理解しました。

 篠原 海外に目を向けると、ドイツでは二〇〇四年に子どもの傷病手当金など保険になじまない給付は保険から外して連邦政府が負担することにしました。カナダでは医薬品は原則、現役世代は適用外です。救急車を呼んだ際の搬送料も有料です。在宅医療も日本の介護に近い給付は適用外にしています。日本と違って民間保険が対応している部分もかなりあるようです。

 鈴木 日本ではかなりの部分で公的保険が対応していますが、海外は当たり前ではない。

 篠原 日本の制度にもいい面と悪い面がある。これまでの制度のありように照らして今後を考える必要があります。海外の制度がいいからとポンと導入できるものではありません。それに守備範囲を考えるのなら、これから適用対象とすべきか検討が求められる分野があります。

 鈴木 守備範囲の問題は何を適用から外すかに目が行ってしまいますが、これから適用するかどうかが課題となる分野と双方を見て検討する必要があるということですか。

 篠原 そうです。例えば、ヒトの遺伝子を切り貼りして疾患の治療に役立てようというゲノム編集技術。医療技術としてはこれからですが、必要な費用はどれくらいか分かりません。この技術で人体に予想しなかった影響が出る可能性もあるし倫理面の問題もあります。

 課題には費用対効果もあります。効果の大きい高額の医薬品が開発できたら医薬品メーカーは大きな収益につながる。そうなら積極的に開発しようという創薬インセンティブが働きます。一方で、高額な新薬は保険で賄い切れないから適用しないとなると費用を払える高所得者と払えない人の間で受けられる医療に差がでてしまう。健康格差問題を生むことになります。

 鈴木 画期的な医療技術は健康を支える半面、新たな課題も生みます。どんな医療を保険で支えるかは、両面を見ながら私たちが決めていくしかない。

 篠原 市販薬を適用から外すとの健保連の提案は、それ単体では議論できません。さまざまな課題全体を見渡しながら制度の姿を考えていくしかない。ただし、制度改革は高齢化や医療技術の進展などのペースに合わせた実行が求められます。

 鈴木 次に増える高齢者の医療を支える負担のあり方です。七十五歳以上の医療費は半分を税、一割を高齢者自身の保険料、残る約四割は現役世代の保険料の一部を回しています。高齢期は現役世代が支えるとの考え方は理解できます。ただ、健保連などは高齢者に回す財源負担が重くなっていると主張しています。確かに、厚生労働省の推計では国民一人の生涯医療費は百歳まで生きると約二千七百万円、その多くは高齢期に必要です。

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 篠原 七十五歳を超えると後期高齢者医療制度に入り、低い負担で医療を受けられます。一方、この制度をつくった時、高齢者医療は給付と負担のバランスは崩れ、現役世代が多く負担することも私たちは受け入れました。問題なのは、医療費を削減するコントロールが利かせられなくなった点です。

 例えば、健保組合に入る従業員なら有効性や安全性に疑問がある医療を受けたら健保組合は医療費を払わない決定ができますが、高齢者の医療ではできない。財源負担だけを求められているからです。この仕組みでいいのか。これから高齢化を迎える海外も日本の動向を注視しています。

 鈴木 医療保険制度を考える際に地域で必要な医療をどう確保していくかも課題です。人口減社会では医療機関の再編は避けられません。同時に増える高齢者に必要な医療の提供体制は整えなければなりません。

 篠原 その議論はあまり進んでいません。このままでは今後、状況の悪化が急激に起こらないか心配です。例えば、独り暮らしの高齢者が医療につながる前に亡くなり時間がたってから見つかるケース(孤独死)があちこちで頻繁に起こる。そうなる前に予見する能力が政策立案者に求められます。国民の側もそれを予測する必要があります。医療保険の議論とは、突き詰めると私たちはどんな医療を求めているのかという課題に行き着きます。誰かに任せている時点で問題解決は止まります。

 鈴木 社会保障制度は誰もが満点と評価する改革はないように思います。この負担でこの給付なら「満足」ではないが「納得」する。そこで折り合う議論が現実的です。

 篠原 理論的に正しいかどうかはあまり本質的ではありません。みんなが納得すれば、それが答え。その方向で改革を進めれば、たぶん問題は起こりません。 

 <しのはら・たくや> 1969年、東京都生まれ。日本生命保険を経て現職。専門は保険商品、保険計理。著書は『できる人は統計思考で判断する』(三笠書房)など。最近は、社会保障制度における公的保険と民間保険の役割分担について、海外事例を中心に調査・研究。

 

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