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考える広場

「指導」?それとも「パワハラ」?

 職場で、学校で、スポーツの世界で、パワハラがなくならない。企業に対しては、法改正でパワハラ防止が義務化される。しかし、法制化でパワハラは根絶できるのか。そもそも指導とパワハラの線引きは? スポーツ、ビジネス、教育の専門家に聞いた。

 <パワハラ防止の義務化> 今年5月の労働施策総合推進法改正で、事業主に対して相談体制の整備などパワハラ防止策を講じることを義務化。施行は大企業が2020年6月、中小企業は22年4月。パワハラの法規制は初。パワハラの要件は(1)優越的な関係を背景に(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により(3)就業環境を害すること(身体的・精神的苦痛)とした。今後、厚生労働省が指針を定める。

◆言葉をポジティブに スポーツキャスター、タレント・益子直美さん

益子直美さん

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 バレーボールは中学校で始めました。先生からよくぶたれましたね。私を理解してくれた先生だったから、それでやめたいとは思いませんでしたが。卒業した後に「何であんなにぶったんだろうなあ」とおっしゃって、その一言で救われた思いがしました。そんな反省をする先生は珍しいんです。

 実際、高校時代はもっとつらかった。怒られてばかりで、一度も褒められたことがありません。常に自信がないし、自分で考えることをしなくなりました。意見も言わない。何かやって怒られたら嫌だから。

 実は、中一でバレーを始めて二十五歳で引退するまで毎日、下痢だったんです。腸が弱いんだなと思っていたら、引退した翌日から便秘(笑い)。ずっと萎縮していたんですね。

 そんな後ろ向きな私だから新しいことができたのかもしれません。福岡県宗像市で「益子直美カップ小学生バレーボール大会」を始めることになった時、「監督が怒らない」というルールを設けました。子どもたちが怒られるところを見たくなかったし、バレーの底辺拡大のためには入り口の小学生時代に厳しく指導することはマイナスだと思ったからです。

 来年一月で六回目。神奈川県藤沢市でも三回開いて、「怒らない」はだいぶ浸透してきましたね。アメフトや体操などでパワハラが問題になったこともあり、鈴木大地スポーツ庁長官から褒められたりもしました。

 でも、最近はこれだけでは駄目だなと思い始めています。怒らないのはいいけれど、従来の怒るやり方に代わる良い指導法とは何なのか。私が思うのは、選手自身がどうすればなりたい自分になれるか自ら努力していくのをサポートすることです。

 そのために、選手にやる気を出させるショートスピーチ「ペップトーク」を学んでいます。ネガティブな言葉をポジティブに変える手法で、「ミスすんなよ」ではなく「思い切って行け」と言う。ほかにスポーツメンタルコーチングや怒りをコントロールするアンガーマネジメントなども勉強しています。

 将来はこうした手法のセミナーを全国各地で開きたい。元サッカーフランス代表監督のロジェ・ルメールさんは「学ぶことをやめたら、教えることをやめなければいけない」と言いました。指導者も学ぶべきときです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <ますこ・なおみ> 1966年、東京都生まれ。高校3年で女子バレーの全日本代表となり、ワールドカップや世界選手権に出場。92年に現役引退後はテレビ番組などで活躍している。

◆双方向の意思疎通を コンサルタント・加藤貴之さん

加藤貴之さん

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 厚生労働省の二〇一六年度の調査では、三人に一人がパワハラを受けた経験があると答えています。しかし、実は指導とパワハラの間に明確な境界線はありません。

 最近は会社のパワハラ相談窓口に「上司から、おまえ呼ばわりされた」と訴える人がいるそうです。これをパワハラと認定するかどうか。二人の普段の人間関係や、どのような状況、文脈でその言葉が使われたのかによって違ってきます。

 パワハラについて、よく考えていない上司もいます。一方でパワハラと言われるのを恐れ、萎縮している人もいる。そういう人に勧めたいのは指導とパワハラの境界にこだわらないことです。むしろ、より良いマネジメントという観点から考えた方が分かりやすいと思います。

 では、どのような職場でパワハラが起きやすいのか。コミュニケーションが上から下への一方通行になっている職場です。部下からものが言えないような状況で厳しく言われると、パワハラと受け取られやすくなります。だから、パワハラ防止策としては、シンプルですがコミュニケーションを双方向にしておくことです。

 パワハラは、仕事のできる人が習熟度の低い人にするケースが目立ちます。できる人は仕事熱心で、意欲もあります。つい言いすぎたり、やりすぎたりしてしまう。でも、上司だけが悪いとも言えません。以前の日本企業には、社員が成長するのを待つ余裕がありました。ところが今は、異動してきたばかりの人にもすぐに成果を出すよう求めます。組織に余裕がなくなってしまったことがパワハラの一因になっています。

 パワハラがある職場では、悪い情報が上司に伝わりにくくなります。怖い上司には自分のミスを報告しづらい。しかし、重要な情報の伝達が遅れたり隠蔽(いんぺい)されたりすれば、会社の経営に響くケースも出てきます。

 パワハラ防止が法制化されました。意識が少しずつ変わり、パワハラは減っていくと思います。パワハラと言われるものには人間関係のトラブル程度のものもあれば、極めて悪質なものもあります。身体的な攻撃を加えたり、暴言を執拗(しつよう)に繰り返したり。被害は深刻です。悪質なパワハラに対しては当事者の処分も含めて厳しく対処し、根絶する必要があります。

 (聞き手・越智俊至)

 <かとう・たかゆき> 1962年、愛知県生まれ。早稲田大卒。企業などで1万人以上の人にパワハラ研修を行う。メンティグループ代表取締役。著書に『上司が萎縮しないパワハラ対策』など。

◆他者として向き合う 広島文化学園大副学長・坂越正樹さん

坂越正樹さん

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 パワハラとは何か。どこからがそれに当たるのかという仕切りはないように思えます。なぜなら、それは指導する者と指導される者との関係性の中で決まるからです。同じ行為でも全く違う受け止め方をされる。

 その意味では、教育者・指導者が自分の行為についていちいちパワハラになるかどうかを考えること自体、前提としての関係性を抜きにした小手先の対応と言わざるを得ません。特に、学校現場では教師と児童・生徒はずっと関係性の中にある。どんな言動が児童・生徒を傷つけることになるかを当然、判断できないといけないはずです。

 この場合の関係性とは何でしょう。絶対忘れるべきでないのは、向き合っている相手が他者、自分とは違う人間だということです。大人である教師の方が知識や能力で上回っている成熟−未成熟の関係ですが、だからといって、自分が自分をコントロールするように子どもを支配してはならないのです。

 教え−学ぶという非対称的な関係性への批判から、子ども中心の教育という実験や改革が二十世紀の初めから世界各地で行われてきました。生徒が主体的に学習参加する手法として最近注目されているアクティブラーニングもその流れにあります。

 一方で、こうした「教育から学習への転換」に対する批判も出てきました。オランダの教育哲学者ガート・ビースタは「教師との出会いによって生徒が何を得るのかということが見失われている」と警鐘を鳴らし、教師の存在意義と重要性の再発見の必要を訴えています。

 ビースタの主張を私なりに解釈すると、教師とは、児童・生徒たちに「今の君は本当にそれでいいのか」と疑問を投げ掛ける存在なのです。順調に歩んできた子だけではありません。自己肯定感の低い子に対しても。

 それはハラスメントに近づきかねない振る舞いです。「おまえはだめだ」と他者である教師が子どもを否定すればパワハラになるでしょう。しかし、教師の言葉をきっかけに子ども自身が自ら気付き、自分が思い込んでいる自己像を否定した上で次のステップに進めるなら、それはパワハラではない。

 実際の教室で容易に実現できるものではないでしょうが、教師は自己の存在を賭して他者である生徒の存在に向き合ってもいいのではないでしょうか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <さかこし・まさき> 1953年、兵庫県生まれ。広島大名誉教授。専門は教育哲学で、教育哲学会代表理事。博士(教育学)。近著は監修、執筆に当たった『教育的関係の解釈学』(東信堂)。

 

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