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ベルリンの壁崩壊から30年

 一九八九年十一月九日。東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した。翌月には米ソ首脳が会談し、冷戦終結を宣言。あれから三十年。世界は今、どうなっているのか。

 <ベルリンの壁> ベルリンの西側部分を取り囲んでいた延長155キロの壁。第2次大戦で敗戦したドイツは1949年に西独、東独に分かれた。ベルリンは東独にあったが、西ベルリンは西側に属していた。東独政府は西側への人口流出を阻止するため61年8月に壁を建設。しかし、ソ連の弱体化、衛星国への影響力低下、東欧諸国で起きた民主化革命、東独国内の混乱など、さまざまな要因が重なり壁は89年11月に崩壊。東西ドイツは90年10月に統一された。

◆貧富や意見の差拡大 ドイツ在住の作家・多和田葉子さん

多和田葉子さん

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 ベルリンの壁が崩壊する前の西ドイツには、どこか東ドイツに負けまいという雰囲気がありました。もちろん社会主義ではないのですが、物価や家賃も安く、社会保障も充実していて、安心して暮らせる社会がありました。でも東がなくなり、米国が基準になって、その結果、貧富の差が大きくなってしまいました。一九八〇年代に反原発運動が盛んだったように、今は特に若者の間で温暖化問題がメインテーマになっています。

 壁崩壊もそうですが、ネットの普及が世界に大きな影響を及ぼしています。ドイツでもゆがめられた歴史が伝えられ、ヘイトスピーチが増えました。日本で言えば「嫌中」「嫌韓」みたいなもの。悪意に満ちた発言によって意見が両極端になってしまう。そのメカニズムは前になく、日本と状況が似ています。

 この先、本を読めなくなる人間が増えてしまうかもしれない。それを一番恐れています。これもネットと関係していますが、読まないと読めなくなる。すると物の考え方や価値観も変わってきます。文学を通してしかできない種類の歴史理解というものがあると思います。目先の関心だけで決断をするようになっていくと、社会は壊れていってしまうのではないでしょうか。

 日本や他の国々と違うのは、メルケルみたいな人が国のトップにいることです。彼女は一人の人間として考え、行動できる政治家。脱原発や難民受け入れも、党の方針とは全然違いました。彼女は(西独の)ハンブルク出身ですが、牧師だった父親の赴任で東に移住しました。だから東と西を知り尽くしている。彼女の存在はドイツにとって幸運だと思います。

 ドイツでは移民の背景を持つ人たちが四人に一人になりました。東の人たちは外国人と接する機会が少なかった一方、西はトルコなどから呼んだ労働者たちとどう付き合うか悩みながらも経験を積んできました。移民の第一世代は異文化から来て大変でしたが、ドイツで生まれた第三、第四世代はドイツ社会の内部で疎外されるという別の大変さを感じています。

 日本も外国人労働者を増やそうとしていますが、ドイツと違って経験がない日本は、これから複数文化の共存とは何かを真剣に考えていく必要があるでしょう。

 (ベルリンで、聞き手・近藤晶)

 <たわだ・ようこ> 1960年、東京都生まれ。早稲田大第一文学部ロシア文学科卒。82年からドイツ在住。93年『犬婿入り』で芥川賞受賞。チューリヒ大大学院博士課程(ドイツ文学)修了。

◆異質と共存し創造を 国際政治学者、青山学院大教授・羽場久美子さん

羽場久美子さん

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 壁が崩壊した翌年、ベルリンを訪れました。東ドイツの人たちの顔がとても暗く、驚いたのを覚えています。「統合によって東は貧しくなった」と。

 冷戦が終焉(しゅうえん)した際、西欧や米国は「勝った」と喜びましたが、実は欧米は何にもしていない。壁を壊し、鉄のカーテンを破った主役は東欧の人たち。それなのに、一年もたたず彼らは理想が幻想だと分かってしまった。彼らを待ち受けていたのは西側の新たな壁、格差だったのです。

 欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に加盟する際には、政治・経済・社会のあらゆる分野で西欧に合わせる条件を突きつけられました。頑張って民主化したのに入れない国も多かった。カトリック・プロテスタント文化圏以外の国です。そこには差別的、選別的な論理がありました。

 自分たちは勝ったという西欧のおごりは欧州内の格差を固定化しました。旧東欧からは「西側が経済成長や賃金上昇をさせてくれない」という声が聞かれます。その不満が現在のポピュリズムやナショナリズムの高まりにつながっています。

 壁の崩壊は世界をも変えました。それは世界を自由と民主主義と繁栄の地にするはずでしたが、実際には分断と不平等と敵対意識をもたらした。今や世界の三分の一が紛争の中です。「民主化」は経済や政治が一定程度整い、市民意識が醸成された所では成功しやすいのですが、民族、宗教、人種など価値が多様な国では混乱が起き、容易に内戦に突入してしまったのです。

 今は二、三百年に一度の歴史の転換期です。民主主義の限界、「真実後」という事態に、欧米近代が終焉を迎えつつあるのを感じます。三十年後には中国やインドが世界経済のトップを占めるという予測があります。しかし、欧米はアジアの国々に追い抜かれる前に自壊に向かっている。その表れがトランプであり、ブレグジットです。

 彼らは衰退を押しとどめるために新たな壁を設けている。しかし、「われわれ」と「やつら」を隔ててナショナリズムをあおることは結局、自らを孤立に追い込むだけ。そこに未来はない。先進国が生き残るには異質との共存、地域の連帯と共同が必要です。新興国と結んで新しい価値を共に創造し、戦争ではなく繁栄によって歴史を継続していく義務と責任があるのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <はば・くみこ> 兵庫県生まれ。専門はEU論、アジアの地域統合、冷戦史研究、民主主義論。『21世紀、大転換期の国際社会』『ヨーロッパの分断と統合』『拡大ヨーロッパの挑戦』など著書多数。

◆米中新冷戦の渦中に 経済学者、法政大教授・水野和夫さん

水野和夫さん

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 ベルリンの壁崩壊から二年後の一九九一年十二月、ソ連が崩壊しました。それは必然だったと思います。ソ連の衛星国である東欧の国から国民が西側に逃げ始めた。その時点でソ連は影響力を失っていました。周辺で起きた反乱は、本丸である自国にも及びました。

 ソ連が崩壊したのは軍事費が膨らみ、国民が必要とする民生品を供給する余裕がなくなったからです。米国との軍拡競争の中で、そうせざるを得なかった面もありますが、社会主義であれ、資本主義であれ、本質的に何かを過剰に収集するという性質があります。ソ連は戦車やミサイルを過剰に収集し、国が崩壊しました。一方、資本主義は貨幣や資本を過剰に集めるシステムです。しかし、それはもう限界に来ています。資本主義は終わりに近づいていると私は考えています。

 資本は効率的な投資先を失いつつあります。そんな中で米国主導で九〇年代から進められたのがグローバリゼーションです。それは通常、ヒト・モノ・カネが国境を自由に越えることだと説明されます。しかし、ヒトやモノは簡単には移動できません。動きやすいのはお金です。つまり、グローバリゼーションとは、お金を自由に動かせるということです。財政的に苦しい国は、容易に外国資本を借りられるようになる。その代わり、貸してくれた国の支配を受けることになります。

 グローバリゼーションは、金融大国が他国を支配し、中産階級を否定するイデオロギーです。ごく少数の富裕層はさらに豊かになり、中間層は没落しました。貧困や格差が各国で深刻化しています。中間層はフランス革命以来、民主主義を支えてきた人たちです。それが下層化した結果、民主主義は壊滅状態にあります。そして、ポピュリズムが台頭してきた。民主主義は危機にひんしています。

 米ソの冷戦終結宣言から三十年、世界は米中の新冷戦構造の中にあります。両国の貿易戦争は世界経済に大きな影響を与えます。米国は中国が世界一の債権国になることを阻止しようとしています。中国に対する貿易赤字が増えることは、中国の債権が増えることを意味します。だから、米国は妥協できない。世界の指導者になりたい中国も引くに引けない。新冷戦構造は二十一世紀半ばまで続くとみています。

 (聞き手・越智俊至)

 <みずの・かずお> 1953年、愛知県生まれ。博士(経済学)。大手証券会社チーフエコノミストなどを経て2016年から現職。『資本主義の終焉(しゅうえん)と歴史の危機』など著書多数。

 

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