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「70歳定年」は幸せか?

 希望する人が七十歳まで働ける機会の確保を企業の努力義務とする、いわゆる「七十歳定年」の導入が検討されている。生涯現役もいいが、悠々自適にもあこがれる。今後、私たちの生き方はどうなるのか。

 <70歳定年> 政府が今年5月に示した高齢者雇用の新方針。定年延長や再雇用などによって希望者全員が70歳まで働ける機会を確保することを企業の努力義務とする。高年齢者雇用安定法の改正案を来年の通常国会に提出する。

 現在は65歳までの雇用を企業に義務付けている。経済界に配慮して、今回は「努力」義務とした。人手不足の解消や年金などの社会保障費の抑制が狙い。政府はこれに伴う年金の支給開始年齢の引き上げはないとしているが、将来はどうなるか。

楠木新さん

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◆自立と主体性が大事 神戸松蔭女子学院大教授・楠木新さん

 雇用延長の根本にあるのは長寿化です。平均寿命は八十歳を超え、六十歳から二十年以上の時間があります。定年後の長い時間を自分はどう使うか。それがポイントです。ここを理解している人と、いない人の間には温度差があり、議論が混乱しているように感じます。

 六十五歳までの雇用が義務化されたとき、企業に対する雇用責任の押しつけだという批判がありました。確かに、年齢による差別を禁止している米国では一律に決めることは無理でしょう。ただ、年金の受給開始年齢を繰り下げざるを得ない状況で社会政策としては間違っていなかったと私は思います。

 しかし、七十歳までの延長となるとどうでしょうか。企業にそこまでの責任を負わせるのは無理があると思います。そもそも、六十五歳までの延長の総括ができていません。そこを検証してから次を考えた方がいい。働く人の側から見ても、六十五歳を過ぎて六十代前半と同じようには働けないでしょう。同じ会社で七十歳まで働けたとしても、その人にとって幸せかどうかは分かりません。

 企業の中には定年後の再雇用者を戦力として活用している例もあります。経験は豊富だし、個々の人件費は下がっているから貴重な存在です。人手不足なので再雇用するという会社もあります。しかし、多くの企業は雇用延長の制度やシニア社員の処遇に頭を悩ませています。

 高齢者雇用を考えるとき大きな問題は、新卒者と違ってシニアの場合はオープンな労働市場がないという点です。ハローワークでは、退職者が現役時代に培った営業や総務などの経験を生かせる仕事はほとんど皆無です。この市場をつくることは今後の課題です。

 定年後をどう生きるか。私は「こういう生き方がいい」と言うつもりはありません。ただ、講演などでは「五十歳ごろからは、もう一人の自分をつくりましょう」と話しています。定年後、退職後に向けた助走です。次の仕事のための準備、資格取得の勉強、社会人大学で学び直し。趣味に打ち込んでもいいし、ボランティアや地域活動に向いている人もいます。

 定年がいくつまで延びるかは会社という組織や制度の問題です。それより大切なのは、個人が自立し、主体性を持って生きることだと私は考えています。

 (聞き手・越智俊至)

 <くすのき・あらた> 1954年、兵庫県生まれ。京都大卒。大手生命保険会社在職中から執筆を始め、60歳で定年退職。著書に『人事部は見ている。』『定年後』『会社に使われる人 会社を使う人』など。

◆AIが労働を変える 将棋プログラマー、愛知学院大特任准教授・山本一成さん

 人の健康寿命が延びたことで、七十歳定年という議論がされるようになったと思います。それによって働くことと生きることが一緒になってきましたが、AI(人工知能)が発達すると、みんなが働くということは難しくなってくると思います。

山本一成さん

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 スマートフォンや自動車など実用的なものをつくるという点において、AIは人より優れています。そればかりではなく、医師など高スキル(技能)と言われている職業でも、AIに任せれば恐らく生産性は向上します。人が感じるスキルの高低はAIにとってはあまり関係ないですから。四億人の仕事がなくなっても、AIが四億一千万人分働いてくれるなら、その富を再分配できれば問題は解決してしまうのです。

 しかし、それは現在の産業構造を変えなくてはいけないことを意味します。たとえ長期的にはみんながプラスになるとしても、短期的には自分の取り分が減ることに人は抵抗があります。これはAI導入があらゆる分野で進まない要因の一つになっています。

 将棋界は最初ソフトとプロ棋士との対局に抵抗していました。でも、プロの敗北という現実に直面し、一転してソフトを受容するようになった。そんな象徴的なことが一般的に起きれば、人はAIの能力を素直に認めるでしょう。人の代わりにAIが生み出した富を再分配する仕組みを政府などがつくらないといけなくなると思います。

 働くことが社会とつながる。それが生きがいだと言う人はいます。それは否定しませんが、本当に好きなことならたとえお金がもらえなくてもやりますよね。たとえ仕事だとしても、収入のことを考えずに打ち込めることこそが、真の生きがいだと思っています。

 例えば、AIが全労働を担い、衣食住が完全に用意され、人がお金のために働かなくてもよくなったらどうでしょう。人は登山なりゲームなり好きなことをして過ごし、多様な趣味が生まれるでしょう。それが「豊かな社会」ではないでしょうか。

 プログラミングの世界は十年たてば化石といわれるほど成長の早い分野です。研究が進めば三十年後にはあらゆる分野でAIが人を追い越すでしょう。まだ三十歳ぐらいの私たちが、将来の働き方や人生設計を考えることは難しくなると思います。

 (聞き手・杉野友輔)

 <やまもと・いっせい> 1985年、愛知県生まれ。開発した将棋ソフト「ポナンザ」は2017年の電王戦で佐藤天彦名人(当時)を破る。著書に『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』。

瀬口昌久さん

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◆良い社会残す行動を 哲学者、名古屋工業大教授・瀬口昌久さん

 西洋古代社会ではプラトン以来、老年について哲学的著作が書かれることが伝統になりました。中でも重要なのはプラトンとアリストテレスです。二人の老年観は対照的。プラトンは楽観的で、身体的欲望から解放される自由な時期という考えです。一方、アリストテレスは悲観的で、いろんな能力が衰退して臆病、自己中心的になっていくと主張します。

 その結果、アリストテレスは年を取ったら早く引退せよと主張しますが、プラトンは老年ゆえの経験知を生かせと言います。彼は国家の重要な役職の年齢制限を提言していますが、五十歳から七十五歳までなど高齢に設定しています。

 その意味で、七十歳定年はようやくプラトンの老年観に追いついてきたと言えなくもありません。二〇一六年版の高齢者白書によると、六十歳以上の高齢者に何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか聞いたところ、「働けるうちはいつまでも」が28・9%と最も多かったそうですから、今の高齢者の希望にも沿っています。

 問題は現代日本の高齢者が働きたいと思うのが圧倒的に経済上の理由という点です。社会の安全網を強化して不安を除き、生きがい・社会参加として働きたいという気持ちにさせる必要がある。企業の構成員全員の働き方改革を進めて、目の前の効率ばかりを追い求めるのではなく、各人の仕事や生き方が尊重される制度も求められます。

 そこには幸福とは何かという問題も関わってきます。つまり何が「悦(よろこ)ばしき老年」かということです。日本語では幸福は「幸福感」というように感情的なものですが、ギリシャ語ではよく生きるという行為の問題であり、そういう生き方を支える価値観、哲学が必要となります。それがアレテー(徳)です。「徳」というと宗教的なイメージがありますが、卓越性、良さということです。それぞれの物や人に本来果たすべき仕事があり、それに応じたアレテーがあると考えるのです。

 仕事のわずらわしさから解放されたいという人は少なくないでしょう。しかし、現実としてそういう生き方は難しくなっているし、社会とのつながりを失うのでは「悦ばしき老年」とは言えません。次の世代により良い社会を残せるように議論し行動すること。それこそが高齢者のアレテーではないでしょうか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <せぐち・まさひさ> 1959年、兵庫県生まれ。専門は西洋古代哲学。博士(文学)。著書に『老年と正義−西洋古代思想にみる老年の哲学』『魂と世界−プラトンの反二元論的世界像』など。

 

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