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『地球の歩き方』と日本人の旅

 海外旅行ガイドブック『地球の歩き方』創刊から今年で四十年。大きなリュックを背負って世界を歩くバックパッカーの指南書だったが、時代とともに旅のスタイルは多様化した。旅とは何だろうか。

 <『地球の歩き方』> 経済系出版社ダイヤモンド社の子会社、ダイヤモンド・ビッグ社発行の旅行ガイドブック。学生の長期旅行の体験談を集め、非売品冊子として1976年に誕生。書籍としては79年9月に「ヨーロッパ編」「アメリカ・カナダ・メキシコ編」の2種類で市販を始めた。

 当初はバックパッカー向けの内容だったが、短期旅行の会社員女性らに読者層が広がると、高級ホテルまで載せる総合ガイドブック路線に。各国ごと、リゾートなどのテーマごとにタイトルを拡充し、現在200種類以上がある。

◆本当に世界を見たか ノンフィクション作家・中村安希さん

中村安希さん

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 米国留学中の二〇〇一年、同時テロが起きました。メディアを通じて中東の情報が入ってきて仲間と議論をしましたが、実は私自身を含めて皆、現地に行ったことがない。視点がものすごく偏っていることに気付きました。米国に数年いたぐらいで「世界を見てきた」と勘違いしたら自分はおしまいだなと思い、帰国後の〇六年にユーラシア、アフリカを巡るバックパッカー旅行に出た。以来、世界約百カ国を旅しました。

 日本人の海外旅行の歴史をたどると、旅行のスタイルがバラエティーに富んできたと思います。最初はパック旅行。これは今もなくなっていません。二番目が、私もやったバックパッカー旅行。それが進化して、今はモバイル旅行です。

 パック旅行は海外にいるけど実は日本を出ていません。一団で車に乗ってサファリパークにいる。「これ食べな」「あれ見てごらん」と言われて一通り、仲間と一緒に異国を味見する。

 それを変えたのが、バックパッカー旅行の手引である『地球の歩き方』です。旅の魅力をダイジェストにして多くの若者の背中を押しました。初めてサファリパークの車から外に出た。でも実は現地集合なんですね。行き着く先は皆一緒。それが嫌で私は読みませんでした(笑い)。

 モバイル旅行はスマートフォン片手の旅です。ネットであらゆる情報が手に入るし、予約も簡単。行きたい場所の地図をダウンロードしておけばインターネットに接続しなくても宿や店までナビゲートしてくれる地図アプリもある。今や日本人もサバンナを一人で歩けるようになりました。

 でもそれはモバイル上で完結した旅でもあります。ライオンと出合うのも自撮りをして誰かに伝えるため。現地の人やほかの旅行者と交流しているかというと、そうでもない。

 逆に、世界中の観光地がパック化してきましたね。宿も飲食店も公共機関も、グローバルな利用者からの評価を意識して努力する。結果、設備やサービスの標準化、均一化が進みました。日本は遅れていますが。

 なぜ旅をするのか? 目的はどんどん変わって、今は旅をするのに理由はないと感じています。でも、また行くでしょうね。今は効率良い旅ができるようになってしまったけれど、できれば自分を迷わせたい。

 (聞き手・大森雅弥)

 <なかむら・あき> 1979年、京都府生まれ、三重県育ち。カリフォルニア大アーバイン校芸術学部演劇科卒。2009年に『インパラの朝』で開高健ノンフィクション賞。近著は『ラダックの星』。

◆新しい想像力が必要 独協大教授・山口誠さん

山口誠さん

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 一九七〇年代後半は、日本のバックパッカーの黎明(れいめい)期です。『地球の歩き方』は、時代が求める新しい旅の形が書かれていました。長期、低予算、周遊を特徴とする「歩く旅」です。

 かつて日本人にとっての海外とは、移民やエリートによる留学、あるいは大義名分のある団体旅行の行き先でした。六四年に海外旅行が自由化され、七〇年にジャンボジェット機の就航で航空券の安売り競争が始まると、海外は「行けるかもしれない」場所になりました。

 八五年のプラザ合意で円高が進み、海外旅行は一生に一度のものではなくなります。『地球の歩き方』も東南アジア編など、欧米以外の地域のタイトルが増えました。

 しかし八〇年代後半に「スケルトンツアー」が登場し、海外旅行の主流になっていきます。スケルトンツアーは、航空券と宿泊がセットで数日間、添乗員なし、格安の旅行商品です。「歩く旅」ではなく、効率良く消費する「買い・食い」の旅。ガイドブックも分厚い『地球の歩き方』より『るるぶ』などカタログ型の本が売れ始めます。

 バブル崩壊後もしばらくは出国者数は増えました。しかし、スケルトンツアーはソウルなど東アジアの都市か、グアムなどのリゾートばかり。行動も行き先も選択肢が限られていたのです。出国者数は九六年から二十年、ほぼ横ばいですが、内訳は若者が減って高齢者が増えた。若者にとって海外旅行は魅力的な存在ではなくなりました。

 格安航空会社(LCC)やホテル比較サイト「トリバゴ」などの登場で、スケルトンツアーは安さでは勝てなくなりました。でも手段が変わっただけで「スケルトン的想像力」と言える消費中心の海外旅行は、この三十年間変わっていません。

 今の若者は、海外という非日常に「安定」を求めています。みんなと同じ絶景写真を撮り、ネットで人気のレストランに行く。あるいは、「きちんと行列に並ぶ日本人」を海外で発見し、帰ってくる。七〇年代のバックパッカーのような「反抗」や「変化」は求めていません。

 海外旅行は本来、単なる消費ではなく、他者や自分とどう付き合うかを考えられる文化的に豊かな行為です。旅を通じて、他者に興味を持ち、自分を相対化する能力を身に付けるため、新しい旅の想像力が必要です。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <やまぐち・まこと> 1973年、東京都生まれ。専門はメディア研究、歴史社会学。著書に『ニッポンの海外旅行』『グアムと日本人』、共著に『「地球の歩き方」の歩き方』など。

◆旅した経験が仕事に 旅作家・女優・歩りえこさん

歩りえこさん

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 初めて海外に行ったのは短大一年のときでした。所属していたチアリーディング部が全国優勝し、米国の大会に招かれたんです。行き先はフロリダ州オーランド。その街で、ブラジャーを着けずに歩く女性に出会いました。人目を気にせず、堂々としている。うらやましいと感じました。私は人の目ばかり気にして生きていました。こういう世界があるなら、もっと見てみたい。そう思いました。

 四年制大学に編入し、卒業までに三十カ国以上を旅行しました。卒業から一年後、ニューヨークに行って語学学校に通い始めました。米国の大学に入るつもりでした。でも、お金が足りない。それなら世界一周旅行をしよう。まずは三カ月間、バスを使って米国とカナダを回りました。資金はアルバイトでためた百五十万円。友達の家に泊まったり、ホームステイしたり。そういう旅になりました。

 イタリアでは二人組の男に荷物を全部盗まれました。大使館でお金は借りられても、パスポートがないのでホテルには泊まれません。それで、イタリア人と日本人の国際結婚カップルの家でお世話になりました。幼い子どもが二人いて、パスポート再発行までの一週間、楽しく過ごしました。この家族のおかげで、また旅を続けようという気持ちになれました。

 世の中にはたくさんのガイドブックがありますが、私はずっと『地球の歩き方』を愛用していました。当時の本は今でも本棚に置いてあります。

 若いころは、何をしたらいいのか分からず、ずっと迷っていました。何をすべきか、海外で見つけたとは思いませんが、結果的に今の仕事につながっています。世界を旅した経験を基に、今は子どもを対象にしたワークショップを開いています。各国の民族衣装や珍しい楽器に触れ、世界を感じてもらう。私は二人の子どもを持つシングルマザーなので、子どもと行った旅の記録をシングルマザー向けのサイトで連載したり、動画サイトに子どもと一緒に出演したりしています。

 中高生のとき私は、人と違う個性を認めない日本の社会に息苦しさを感じていました。でも海外は違います。それを若い人に体験してほしい。格安航空会社もあります。とりあえず、航空券を取ってしまう。後のことは何とかなります。世界に出掛けてみてください。

 (聞き手・越智俊至)

 <あゆみ・りえこ> 1981年、東京都生まれ。世界5大陸94カ国をバックパッカーとして1人旅した経験を基に、執筆、講演などを行う。著書に『ブラを捨て旅に出よう』『エガオノオト』など。

 

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