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考える広場

戦争なき世 いつまで

 「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」と天皇陛下(当時)が述べられたのは昨年十二月の記者会見。平成は国民が戦争に巻き込まれずに済んだ時代だった。十五日は令和初の終戦記念日。今後は果たしてどうなるのか。

 <近代日本の主な対外戦争> 日清戦争(1894〜95年)▽日露戦争(1904〜05年)▽第1次世界大戦(1914〜18年)=日英同盟の下、連合国側で参戦。ドイツなどと戦った▽日中戦争(1937〜45年)=盧溝橋事件をきっかけに宣戦布告なしに中国との全面戦争に突入▽第2次世界大戦(1939〜45年)=対米交渉が行き詰まり、41年12月、米英などとの開戦に踏み切る。欧州での戦争に加え日独伊三国同盟の枢軸国対連合国の世界大戦に発展。

◆紛争回避を考えよう 東京大教授・藤原帰一さん

藤原帰一さん

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 第二次世界大戦後、日本では戦争は起こっていません。それは憲法の平和主義のためだという考え方が一方であり、他方で米国との同盟と抑止力の強化によるものだという解釈があります。どちらも現実の極端な単純化だと考えます。

 日米同盟が果たした役割は認めます。しかし、核兵器も含めた抑止力が平和を保証すると考える研究者はごく少数です。また、平和主義のために国際紛争が起きなかったという論理を組み立てることもできません。憲法九条があるから他国が攻撃してこなかったとは言えません。

 本来は、戦争が起こらないようにするために、われわれは何ができるのか、そして起こっている戦争が拡大しないようにするために何ができるのかという課題として考えるべきです。それが、なぜ戦争が起きなかったのかという問題に置き換えられ、日米同盟のおかげとか憲法九条のおかげという議論になってしまいました。日本で行われている議論と、現実に世界各地で繰り返されてきた紛争との間には落差があります。

 現在の国際情勢を見ると、米中、米ロが対立する中で、中ロは軍事的連携を強めています。大国同士の戦争がすぐに起こる状況とは思いません。ただ、危険な地域はあります。直面しているのがイランです。限定的とはいえ軍事行動が既に見られます。有志国連合は紛争を拡大させることにしかなりません。日本は加わるべきではないと思います。北朝鮮も危険ですが、それ以上に戦争のリスクが高いのは台湾です。中国が軍事行動を取った場合、米中戦争の可能性を真剣に憂慮しなくてはいけない事態になるでしょう。

 紛争の回避においては、一般論ではなく、具体的な措置が必要になります。イランではまず、核合意を復活させることです。中国に対しては、台湾に武力行使することで全面戦争になれば、共倒れだという認識を共有し、常に確認していくことです。これは外交努力です。

 リスクはありますが、まだ戦争は起きていません。大事なことは、戦争が起こる可能性がある地域で、それを回避する手だてがないか考えることです。日本は憲法を変える必要はありません。現行憲法の下で、個別の状況で具体的に判断し、世界の紛争回避のために協力していくことが重要だと考えます。

 (聞き手・越智俊至)

 <ふじわら・きいち> 1956年、東京都生まれ。東京大大学院博士課程修了。専攻は国際政治。東京大未来ビジョン研究センター長。著書に『戦争を記憶する』『平和のリアリズム』『戦争の条件』など。

◆「平和」押し付けない 漫画家・今日マチ子さん

(C)今日マチ子

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 戦争物を幾つか描いてきましたが、実は戦争を描いた本や映画が小学生のころから嫌いでした。平和教育で読まされたりしたのですが、小さいころは人が死ぬ話が怖くて傷ついたし、大きくなってからは絶対的な正しさみたいなものを押し付けられ自分たちで考える余地がないのが嫌でした。一方で強く興味を引かれる部分もあって、何とも言えない感情がありました。

 編集者の勧めで戦争物に取り組むようになって、一番心掛けたのは平和教育のような伝え方はしないということです。「平和が大事」と押し付けない。笑ってはだめみたいな退屈なものにしない。今の人たちが読んで違和感のないというか、昔のように見えるけれど、今のようでもあり、もしかしたら未来の話かもしれないみたいな空気感、リアリティーを大事にする。

 何よりも、答えを出さない。自分も確固たる答えは持ってないし、時代によって何が正しいかは変わるかもしれません。答えはいろいろあるんだろうなと思いながら掘っていく。そうやって描いている時点で自分がどう感じているかを残せればいいなと思って描きました。

 平成が戦争のないまま終わり、令和はどうなるか。小学生の時は二度と戦争は起きないと思い込んでいましたが、ひめゆり学徒隊に想を得た「cocoon」を十年前に描き始めたころから、どうやらそうではないかもしれないと思うようになりました。人類の歴史を見れば戦争がなかった時代はない。避けようと思う姿勢は大事ですが、起こり得ることだというのは絶対頭の中に置いておかないと。

 実際、「cocoon」を出版した時は「若いのに太平洋戦争のことを掘り起こして偉いね」みたいな言われ方をしましたが、二〇一三年に舞台化した時は「昔の話というよりは、これから起こることのように感じる」と言われたんです。たった数年で皆の意識が変わったことに時代のうねりを感じました。

 今は政治的な分断が進んでいますが、ここでも私は答えはないと思うのです。右か左かと聞かれても、それは状況の中で変わるでしょう。自分自身がフワフワしていて責任を持てないから断言だけは避けたい。私ができるのは、何か目に見えない大きなものに苦しみ、あらがえないところにいる人たちを描くことだけです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <きょう・まちこ> 東京都生まれ。2008年、『センネン画報』でデビュー。戦争を題材にした作品も手掛ける。「グランドジャンプめちゃ」誌で、家出少女たちを描く「かみまち」を連載中。

◆世界市民が道を開く 上智大教授・寺田俊郎さん

寺田俊郎さん

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 ドイツの哲学者カントは一七九五年に『永遠平和のために』という著作を出版しました。日本語訳の文庫本で百ページほどの小さな本の中に、カント哲学の全体が反映されています。国連や憲法九条の源流となり、冷戦終結後、新しい世界秩序の構築が議論されたときにも参照されました。二百年以上前の著作ですが、現代的意義が非常に大きいと言えます。

 この著書でカントは、常備軍について、時とともに撤廃されなくてはならないと主張しました。ただ、市民が自発的に武器を取ることは認めています。同時代に起きたフランス革命戦争が念頭にあったはずです。戦争になった場合でも、再び平和が訪れたときに互いに不信が残るような手段を用いてはいけないとも言っています。

 世界平和を確実にするための体制として、国家に求められるのは共和制、現代の概念で言えば民主制です。国際体制としては、諸国家連合を提唱しました。それは国際連盟、国際連合として二十世紀に実現しました。さらにカントは、世界市民(コスモポリタン)という画期的な構想を提示します。世界市民には複数の定義が示されていますが、その一つは「理性を公的に使う人」です。特定の集団の立場からではなく、独立した一人の個人として思考し、発言する人のことです。

 では、誰が世界市民なのか。一例として、国際的な非政府組織(NGO)で活動している人たちを挙げることができます。国境を超えて平和や人権、環境問題などに取り組む人たち。二〇一七年の核兵器禁止条約の採択に貢献した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)もその一つです。今、国連の会議はNGOなしでは成り立ちません。世界市民の集まるNGOが、諸国家連合である国連を補う形で永遠平和への道を開いている。そう言っていいと思います。

 このような現実を目の当たりにしたとき、憲法九条をどう考えるか。守るべきだと私は考えます。第一次大戦後のパリ不戦条約の流れをくみ、国連の集団安全保障の理念とも完全に合致する。成立の経緯はどうであれ、内容は崇高な理念にかなっています。大切にすべきです。カント風に言えば、歴史もそれを後押ししてくれています。憲法九条は日本にとって、世界にとって恵みであり、貴重な遺産です。

 (聞き手・越智俊至)

 <てらだ・としろう> 1962年、広島県生まれ。京都大卒、大阪大大学院博士課程修了。専攻は哲学・倫理学。著書に『カントを学ぶ人のために』(共著)『どうすれば戦争はなくなるのか』など。

 

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