トップ > 特集・連載 > 考える広場 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

考える広場

あと1年、東京五輪の別解

 チケット抽選の当たりはずれに一喜一憂した読者も多いだろう。東京五輪まで残すところ一年。続く東京パラリンピックも八月二十五日に開会する。五十六年ぶりの日本での五輪夏季大会を成功させたいと願う人は多いが、一歩引いた別の見方もあるのでは?

 <東京五輪・パラリンピック> 五輪は来年7月24日から8月9日まで、史上最多の33競技339種目が42の競技会場で行われる。パラリンピックは、8月25日から9月6日までの13日間で、22競技540種目。昨年12月に東京2020組織委員会が発表した予算バージョン3では、委員会の経費は6000億円。東京都と国が負担する、恒久施設建設費などの経費は7500億円で、総額は1兆3500億円。

◆共生考える世の中に 元マラソン選手・有森裕子さん

有森裕子さん

写真

 五輪はアスリートにとって、自分がやってきたことを表現する最高の場です。自分の生きる道が開ける可能性を持つだけでなく、自分たちを通して社会がより良いものに変わる可能性も持っている。五輪の理念や目的ですが、心身ともに健全であることを人々に促し、開催地を栄えさせ、関わった人たちを幸せにし、そして世界に平和をもたらすきっかけとなる。

 この理念は変わらないと思いますが、どう実現するかは時代とともに変わります。東京大会はどうでしょう? 東日本大震災の復旧復興の真っただ中で開催に手を挙げた。多くの人が「優先順位で五輪の方が上?」と思いながら、復興に弾みがつくならと賛成した。私も期待した一人。何に人、金、思いをかけるのか、ちゃんと考えたかったし、意見を聞く場がほしかった。でも、そこがクローズドになった。全てを出せなんて言いませんが、共有するものがほしいですね。

 予算もどんどん増えました。低コストという流れができてきた中で東京はそれに逆行する形になってしまった。時代の流れはあっても、五輪開催そのもののコストが増えることは、国際オリンピック委員会(IOC)にとって一つの懸念材料です。実際、五輪に手を挙げる所がなくなってきていると聞きます。

 東京五輪の開催そのものに反対しているのではありません。開く以上、その意義をしっかり、いろいろな角度から考え、開催時、開催後、レガシー(遺産)として何を生み出せ、どう生かせるかが大事だと言いたいのです。競技場の利用策だけではなくて、スポーツ振興、青少年の健全育成、経済発展などいろんな面で。IOCも五輪開催後の各都市の状況を調査して公表すべきではないでしょうか。

 あと一年、終わった後の夢を語る機会を増やしてほしい。新国立競技場で小学校の運動会を開くとか。特にパラリンピックを通しては、多様な社会の中に共生共存するとはどういうことかを当たり前に考えられる世の中になってほしいと思います。そのようなことがレガシーになれば開いた意義はある。

 そのように社会に思いを致すことは、アスリートにとっても大切です。アスリートである前に社会の一員なのですから。競技の次のステージで何ができるかを考える機会にすべきです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <ありもり・ゆうこ> 1966年、岡山県生まれ。バルセロナ五輪で銀メダル、アトランタ五輪で銅メダル。現在、スペシャルオリンピックス日本理事長、IOCスポーツと活動的社会委員会委員。

◆公正な総括こそ遺産 スポーツ哲学研究者・島田哲夫さん

島田哲夫さん

写真

 五輪とは何か。そして、自分は五輪とどのように関わっていくか。スポーツ哲学は、そこから考えます。

 五輪とは、スポーツ、ビジネス、国家が混然一体となって行われる世界的な巨大イベントだと私は考えています。スポーツの本質は、自分の欲望を満たすために他者と競争して勝つことです。ビジネスの世界では、競争の中で最終的に利潤を得ようとします。競争と欲望充足という本質は国家も同じです。

 競争は、他者がいなければ成り立ちません。だから他者の尊厳は尊重されます。しかし、競争である以上、手の内は明かしません。そのため、見えない部分が多くなります。スポーツ、ビジネス、国家と、不可視の領域が三乗になる。それで、五輪はどこか不気味なものになります。そういうイベントが、夏季、冬季を合わせると二年ごとに立ち現れてくる。強迫的で、圧迫感もあります。

 五輪はブラックホールのように、すべてを吸収します。五輪に関心がない人、関係ないと思っている人も知らぬ間に取り込まれています。例えば、あなたが飲んでいるお茶。メーカーが五輪のスポンサーだとしたら、あなたがお茶を買ったときに払ったお金の一部は、スポンサー料という形になって大会運営に使われます。気付かないうちに五輪に関わりを持たされているのです。それならば、巨大で不気味な五輪とどう関わるか自分で考え、決める方がいいですよね。その前提として、五輪とは何なのかを自分で考える必要があります。

 五輪との関わり方という意味では、あす投開票の参院選も無関係ではありません。議員の中には「支援者に頼まれたから、五輪の入場券を回してくれ」と大会関係者に言ってくる人がいるかもしれません。そういう人を選ばないこと、頼らないことも五輪との関わり方です。

 大会を開くからには成功してほしいと思っています。ただ、より重要なのは終わってからです。東京五輪はどうだったのか。大会終了後、しばらくの間は、それぞれの人が冷静にじっくり考える。そして一年後、オープンな場で公正、公明に議論して総括する。それを次の五輪の関係者にしっかり引き継いでいく。それが本当の意味で東京五輪のレガシー(遺産)になると思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <しまだ・てつお> 1962年、広島県生まれ。同志社大卒、兵庫教育大大学院修士課程修了。出版社勤務などを経て国内外14のプロサッカークラブの運営に携わる。著書に『スポーツ哲学入門』(論創社)。

◆「障害は魅力」発信を 全盲の弁護士・大胡田誠さん

大胡田誠さん

写真

 東京五輪は、ミーハー的に興味あります。チケットも申し込みましたが、全滅でした。でも、私はやはり、障害者の立場で考えますから、東京パラリンピックの方が関心がありますね。

 一九六四年の大会は「障害があっても共に暮らし働ける」というメッセージを残したと思います。さらに二〇二〇年は「障害は魅力的なもの」というポジティブなメッセージを世界に届けられたら素晴らしいな、と。

 でも、祭典の足元では、残念ながら、むしろ逆行するようなことがたくさん起きています。

 五月下旬、視覚障害者の女性が盲導犬を連れて東京都立川市の百貨店内にある飲食店に入ろうとしたところ、店に断られてしまう、ということがありました。同行の男性から相談を受けた視覚障害者団体が抗議して、最終的には百貨店のビル管理会社も店も改善してくれたということです。でも、このようなことは最近でも普通にあります。

 私の妻も盲導犬同伴で宿泊しようと関東のある駅周辺のホテルを探したところ、軒並み断られてしまいました。都心の有名コーヒーショップに入れないこともありました。盲導犬の入店拒否は「不当な差別」として障害者差別解消法で禁じられているのに。そもそも、アジアはまだ微妙なところがありますが、少なくとも欧米の方がこのような扱いを受けたら大問題になるでしょう。

 立派な競技場ができても、海外から来られた選手や観客が飲食店に入れなかったり、宿泊できなかったりしたら、東京や日本のイメージはがた落ちです。

 それから気になるのが、五輪をきっかけに、コンビニに成人雑誌を置かないようにした、という動き。都合の悪いものを排除するということが、五輪という看板が付いた瞬間になんでもOK、となる怖さがあります。

 それでも、期待もあります。私が大学生の時、講義中に点字でノートをとる音がうるさいからと、教授に「隅に移りなさい」と言われたことがありました。すると、周囲の学生が「移らなくていい」と弁護してくれたのです。健常者の中に障害者が入るということは、摩擦を伴うかもしれないけれど、その先にお互いを理解するというプロセスがある、と信じています。今回の五輪やパラリンピックがそのきっかけになれば。でもあと一年、課題は少なくありません。

 (聞き手・増田恵美子)

 <おおごだ・まこと> 1977年、静岡県生まれ。先天性緑内障により12歳で失明。全盲で司法試験に合格した3人目の弁護士。東京マラソンにも出場。家族は全盲の音楽家の妻と小学生の子2人。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索