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考える広場

バスケの世界

 今、日本のバスケットボール界が元気。米国のプロバスケリーグNBAにも日本人選手が相次いでデビューしそうな勢いだ。バスケの魅力は何か。日本のスポーツシーンを変えそうか。

 <日本のバスケ> 米NBA入りは日本人選手にとって夢の世界だったが、昨年、渡辺雄太選手が田臥勇太選手以来、日本人2人目のデビューを飾った。今年も八村塁選手が今月下旬のNBA新人ドラフトで上位指名されそう。国内では2016年、プロのトップリーグ・Bリーグが発足し、バスケ人気を広げている。

◆得点シーン楽しんで NBAを目指すバスケ選手・富永啓生さん

富永啓生さん

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 東京五輪に出ること、NBAの選手になること。それが目標です。NBAは小さい頃からの夢でしたが、高校三年だった去年の夏、U18日本代表に選ばれてアジア選手権に出場してからは目標に変わりました。

 目標に近づくため、米国の大学への進学を目指しています。日本の大学よりも米国に行く方が成長できると思ったからです。今はバスケの練習をしながら家庭教師の先生に英語を教えてもらっています。進学先はまだ決まっていません。まず大学進学の準備をするための学校に行って、バスケをしながら英語も勉強し、バスケの強い大学に入りたいと思っています。

 米国には今年二月に行きました。国際バスケットボール連盟(FIBA)などが主催する合宿で、世界各国から若い選手が集まっていました。日本からは三人が参加しました。一流の選手は、やっぱり身体能力が違うなと感じました。当たりも強い。それでも、練習や試合でシュートは決めることができたから、そこは自信が付きました。

 両親がバスケの選手だったので、生まれたときからバスケが身近にありました。試合を見に行ったり、遊びでバスケをしたりするうちに自然に好きになっていました。バスケの魅力は、攻守の切り替えが速く、スピード感があって点数がよく入ることだと思います。シュートが決まる場面は、見ていても面白いと思います。

 自分の最大の武器は3点シュートです。ディフェンスが間を詰めてきたときにドリブルで抜き去ってゴールに迫るドライブも得意です。課題は、ディフェンス力とフィジカルの強化です。ディフェンス面では脚力を高める必要があります。フィジカルでは、高校時代は体が成長過程だったので無理には行わなかったウエートトレーニングにも今後は取り組むつもりです。

 高校三年間を振り返って、一番印象に残っている試合は去年の暮れにあった全国大会の準決勝。負けた試合です。前半は自分が31得点し、リードして終わりました。でも、後半は相手のリズムになってしまい、勝ち切れなかった。悔しさもあって印象に残っています。

 もうすぐNBAのドラフトです。候補になっている八村塁選手はすごいなと思います。将来は自分もそういう選手になれるよう頑張ります。

 (聞き手・越智俊至)

 <とみなが・けいせい> 2001年、愛知県生まれ。今春、桜丘高(同県豊橋市)を卒業。昨年末の全国高校バスケットボール選手権で得点王に輝き、同校を過去最高の3位に導いた。身長185センチのシューター。

◆3人制、若者に受ける 芸人、バスケチーム共同オーナー・大西ライオンさん

大西ライオンさん

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 中学校時代、人気だった漫画「SLAM DUNK(スラムダンク)」に影響され、バスケットボールを始めました。部活動は先輩に誘われて野球をやっていましたが、休日は校外で友達とバスケです。

 漫画も面白かったですが、やるともっと面白かったんです。走り回るのが楽しいし、試合展開がスピーディーで飽きないし、野球やサッカーと違って点数がいっぱい入る。すっかりはまって高校ではバスケ部に入りました。

 芸人になってからも、「麒麟(きりん)」の田村(裕)さんに誘われ、仲間とバスケを楽しむようになりました。そこで知り合った人たちとの縁で、プロのチームに関わることになりました。東京五輪の新種目に採用された三人制のチームです。

 二〇一四年にプロリーグ「3×3.EXE PREMIER(スリーエックススリードットエグゼ プレミア)」が発足し、東京都渋谷区をホームとするチーム「TOKYO DIME(ダイム)」の共同オーナーになりました。ほかに、田村さんとプロバスケ選手の岡田優介さんがオーナーです。

 共同とはいえ、なぜ個人でオーナーになれるのか。画期的なことに「EXE PREMIER」では毎年数百万円の負担でオーナーになれるのです。優勝すれば賞金が出るし、スポンサーを見つけたり、グッズを売ったりする道もある。チームはリーグ登録の選手で作れるので、自分で選手を探してくる必要もありません。

 三人制は大きな体育館やスタジアムが要らない。それこそ街の広場でも試合ができる。試合中、音楽をずっと流し、実況中継も行われるなど、若者にも受けそう。始まったばかりですからチーム間格差が大きいといった課題はありますが、バスケの魅力を広げ、日本のスポーツシーンを変える可能性を持っていると思います。

 小中高校の部活動で一番選手が多いのはバスケだそうです。なのに年齢が進むと先細りしてしまう。プロ選手になるという夢を育てる必要があります。その点で、一六年に発足した五人制男子のプロリーグ「Bリーグ」への期待は大きい。知名度はまだ低いですが、各チームの本拠地では子どもたちが試合を見に来るようになったそうです。

 バスケはお年寄りから子どもまで、みんなが楽しめるスポーツです。米国のように国民のスポーツとして定着してほしい。

 (聞き手・大森雅弥)

 <おおにし・らいおん> 1979年、大阪府生まれ。吉本総合芸能学院東京校5期生。劇団四季の「ライオン・キング」の物まねでブレーク。ラジオ日本「後藤麻衣の心配ないさぁ〜!!」に出演中。

◆NBA挑戦、後に続け 「月刊バスケットボール」元編集長・島本和彦さん

島本和彦さん

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 ようやく日本のバスケットボールが世界のスタート地点に立てた。今そう思います。

 バレーボール専門誌から移って「月刊バスケットボール」を創刊した四十六年前、日本男子が三大会連続で五輪メダルを取っていたバレーに比べ、バスケットの世界はおとなしかったですね。国際大会で勝てない悲哀なのか、元気がない。体は大きいけど動けない、しかし(ゴールの高さの)三百五センチになるべく近ければ通用する。そんな理由で選んだ選手もいました。

 バスケットの日本男子が五輪に出たのは一九七六年のモントリオール大会が最後です。その後、五輪にも世界選手権にもほとんど出られず、長く低迷しました。日本人がNBAに入るなんて五十年後か百年後、自分が生きている間はとても無理だろう、と考えていました。

 田臥勇太選手が二〇〇四年にNBA選手になったのは驚きました。もし日本人に可能性があるとすれば(NBAドラフトで指名されたが入団しなかった)岡山恭崇さん並みの高身長で、かつ走れる選手だと思っていましたから。注目の渡辺雄太選手、八村塁選手もNBAでは当たり前の身長です。

 日本のバスケットが少しずつ変わってきたのは、八七年にテレビ東京で、その後NHK衛星放送で、NBAの試合が放映されたことが大きい。九〇年には井上雄彦さんの漫画「SLAM DUNK」も始まり、NBAとシンクロする形でバスケットムーブメントが起きました。

 昔の野球少年は長嶋茂雄さんの送球フォームをまねしてうまくなったでしょう。結局、広い意味での教育と文化であることが大切。子どもたちがあらゆる機会を利用してバスケットを楽しみ、一流のプレーに憧れ、見よう見まねで練習する。まさに渡辺選手がそうだったんです。東京五輪や今夏のワールドカップでも、日本はメダルを考えるより、子どもたちが見ていることを意識してほしい。

 今後も米国進学やNBAを目指す日本人選手は増えるでしょう。英語で生活し、勉強も頑張らないといけない。八村選手も日本にいたとき「すごいな」と思っていたが、米国でもあれだけアジャスト(適応)できるとは予想しませんでした。挑戦することで大化けする選手はいるんです。「思い込める」選手が出てくれば、後に続くと思います。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <しまもと・かずひこ> 1946年、東京都生まれ。73年に雑誌「月刊バスケットボール」(日本文化出版)を創刊。NBAは78年から現地取材し、88年からはNHKで解説者を務めた。

 

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