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考える広場

「おもてなし」の国 日本

 東京五輪、パラリンピックを一年後に控えた日本。海外からの観客をどう出迎え、満足してもらうのか。訪日外国人旅行者数が激増する中、フリーアナウンサー滝川クリステルさんの招致演説で一躍、流行語となった「おもてなし」の源流と現状を考える。

 <「おもてなし」> 2013年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京五輪招致のために使われ、「今でしょ!」「じぇじぇじぇ」などとともに同年の流行語大賞に選ばれた。

 訪日外国人旅行者数は東日本大震災のあった11年に622万人と落ちこんだが、それ以降右肩上がりで18年は3119万人に達した。政府は新たな目標値として20年に4000万人、30年に6000万人を定めている。

◆「お客さま第一」崩さず 加賀屋おかみ・小田真弓さん

小田真弓さん

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 笑顔で気働き。それが加賀屋のモットーです。お客さまをお迎えし、部屋にご案内してごあいさつする。その間に、お客さまはどんなサービスを望まれているのか、気持ちを読み取るんです。静かに過ごしたいのか、いろいろお世話した方がいいのか。笑顔で接しながら、しっかり頭を働かせます。誰にでも同じサービスをしていればいい時代ではありません。

 正確性とホスピタリティーも大切です。思いやりの心を持って、お客さまのご希望に正確にお応えする。食事では嫌いなものをお出ししてはいけませんし、お酒を召し上がる方とそうでない方では料理を出すスピードも違います。

 私は一九六二年に嫁いできました。サービス業の経験はなく、先代おかみだった義理の母からすべて教わりました。母は加賀屋を日本一の旅館にするという目標を持っていました。母が嫁いできたころ、加賀屋は和倉温泉の中で一番ひどい旅館だったそうです。いつか、日本一に。母の決意は固く、私も一緒に頑張りたいと思いました。

 当時、日本一といわれた旅館は千葉県にあり、母と泊まりに行ったこともあります。でも都会の旅館と同じことはできません。そこで母が考えたのはサービスに徹することです。お客さまに「できません」とは言わない。ないものは買いに行く。夜遅く、酒屋さんの扉をたたいてお客さまのご希望のお酒を売ってもらうという具合です。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館百選」で初めて総合一位の評価をいただいたのは八一年です。その後もお客さまにはよく怒られました。叱られては直す、の連続で成長できたと思います。

 加賀屋を支えてくれているのは現場で働く人たちです。だから従業員も大事にしています。家族と同じですね。昔は料理を運ぶのに階段を上り下りして足腰を痛める人もいました。そこで、料理の自動搬送システムを導入しました。無理をして体を壊し、退社する。そんな会社にはしたくありませんから。

 時代の変化に合わせて変えるべきところもありますが、お客さま第一主義は崩しません。若い方、ご高齢の方、体が不自由な方、外国からのお客さま。すべてのお客さまに「来てよかった」と満足していただけるようなサービスを提供し続けたいと思っています。

 (聞き手・越智俊至)

 <おだ・まゆみ> 1938年、東京都生まれ。立教大卒。06年創業の石川県和倉温泉の老舗旅館・加賀屋3代目おかみ。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続総合首位を記録した。

◆奈良時代の宴源流に 関西学院大教授・佐藤善信さん

佐藤善信さん

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 私はマーケティングの専門家ですが、日本の消費者行動などを研究するうちに、米国発祥のマーケティングという考え方が日本人には合わないと思うようになり、二〇〇五年ごろから「おもてなし」の研究を始めました。日本のマーケティングの基本はおもてなしであり、それは欧米流のホスピタリティーとは違うと考えたのです。

 研究では、おもてなしの源流を探りました。当初、それは茶の湯にあると考えましたが、相島淑美さん(関西学院大非常勤講師)との共同研究で、もっと前、奈良時代の宴(うたげ)にあるということに気付きました。貴族たちが集まって歌を詠む。自分勝手に歌を作ることはご法度です。歌の順番やその日の流れを理解して座を盛り上げなければなりません。短歌や漢詩の教養に加えて、場の空気を読む力が求められる。現代でいえば、接待の宴会でのカラオケを思い浮かべてください。

 ただ、型としてのおもてなしは、やはり茶の湯によって確立したと思います。千利休の言う「一座建立」。あるじも客も関係なく全員で場を盛り上げる。ホスピタリティーが客個人を満足させるためのものであるのに対し、おもてなしは全体の満足を重視します。

 江戸時代初期の僧侶・鈴木正三(しょうさん)の思想「仕事即仏行」も「おもてなし」発展の精神的支柱となりました。お店などでおもてなしに当たる従業員たちが奉仕することに精神的満足を得るようになりました。こうして、日本人は行間、言葉の裏を読むことにたけていきました。

 日本企業の「営業」にもそういうところがあります。米国型マーケティングのように競争で独り勝ちを目指すのではなく、業界全体の発展を目指す精神がある。競争よりも協調。営業は顧客企業と自社の他部署との調整役も担い、製品開発や販売にも関わっていたのです。

 ところが、戦後にマーケティング理論が輸入された際、「セールス」が「営業」と誤訳されます(正しくは「販売」)。マーケティング理論ではセールスはマーケティングの指示に従うものですから、それに倣った企業では営業のポジションが弱くなりました。日本の競争力が落ちたのはそのせいもあるのではないでしょうか。おもてなしを研究することで、失われたその力を取り戻したいと私は思っています。

 (聞き手・大森雅弥)

 <さとう・よしのぶ> 1953年、大阪府生まれ。関西大卒。神戸商科大(現兵庫県立大)大学院経営学研究科博士課程満期退学。2005年から現職。著書に『企業家精神のダイナミクス』など。

◆「日本の特性」違和感 エッセイスト・能町みね子さん

能町みね子さん

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 「おもてなし」って、もちろん悪い言葉じゃありません。個人がお客さんを歓迎したり料理を振る舞ったりして、良い気分になってもらうこと。でも、東京五輪の組織委員会が「すべての日本人が、世界中の人々を最高の『おもてなし』で歓迎」と言うと、私は何をすればいいの、と思ってしまいます。

 滝川クリステルさんが五輪招致のスピーチで挙げた「おもてなし」の実例は、「落とし物が返ってくる」「世界一安全な街」「街が清潔」などでした。治安の良さや道徳心として誇るのなら分かりますが、これって「おもてなし」ではないのでは? 「タクシー運転手が世界一親切」とも言っていましたが、根拠はあるのでしょうか。

 そもそも五輪を何のために開くのか。東日本大震災からの復興なども挙げられていましたが、要は、景気回復の起爆剤です。海外からの観光客でもうけようとすること自体、別におかしくありませんが、それを「おもてなしは日本人の特性」として語ることには違和感がある。何にでも使える「おもてなし」という便利な言葉に、大挙して乗っかっている印象です。

 大上段に構えた名前に中身が伴わないのは、最近の風潮です。政府が就職氷河期世代を言い換えた「人生再設計第一世代」は、フェイクニュースかと思えるひどい名前。「女性活躍」「一億総活躍」もありました。

 具体的な内容より、抽象的なキャッチフレーズが先行する。私たちが撤回を求めているJR山手線の新駅名「高輪ゲートウェイ」も、「グローバルゲートウェイ品川」という再開発事業の一部を切り取り地元住民が要望した駅名案「高輪」と無理にくっつけたようで、奇妙です。

 駅名の発表直後、あるインターネット上のアンケートでは95%以上が「変えた方が良い」と答えました。老若男女問わず、多くの人が直観的に「ダサい」と思ったわけです。でも、私が撤回運動を始めると「おまえは関係ない。文句を言うな」と批判されました。東京五輪の反対運動にも同じような批判が出ます。国や大企業に自分を同化して強くなりたい人たちが「権力が決めたことには従いなさい」と個人に圧力をかけている。

 本来の「おもてなし」は自主的な気持ちのはずです。「すべての日本人がもてなしましょう」と強いるのは、違うと思います。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <のうまち・みねこ> 1979年、北海道生まれ。イラストや小説、ラジオなど多分野で活躍。JR山手線の新駅名「高輪ゲートウェイ」の撤回を求めて署名を募った。

 

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