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「裁判員」制度10年

 殺人や強盗致死傷などの重大な刑事事件の裁判に、一般市民が加わる裁判員制度がスタートして今月で十年を迎えた。国民の健全な社会常識を反映させる、という当初の狙いは果たされたのか。

 <裁判員制度> 司法制度改革の一環として、2009年5月21日施行の「裁判員法」に基づく。20歳以上の有権者から、くじで選ばれた裁判員6人が裁判官3人と合議で審理にあたる(裁判によっては裁判員4人、裁判官1人)。裁判員には旅費、日当が支給される。

 施行からことし2月末までで6万7419人が裁判員、2万2920人が欠員が出た場合の補充裁判員を務めている。制度が定着する一方、候補となった人の辞退率は増加傾向にあり、18年には3人に2人が辞退している。

周防正行さん

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◆経験者の声、生かそう 映画監督・周防正行さん

 「それでもボクはやってない」を製作していた頃は、まだ裁判員裁判は導入されていませんでした。「供述調書が全て」の閉じた法廷で今何が行われているのか、傍聴人にも被告人にも分からない。そんな刑事裁判を見て「これは職業裁判官だけでは変わらない」と感じました。

 裁判員の導入は賭けと思っていましたが、良い方向に向かいました。検事も弁護士も裁判官も市民に理解できる言葉で話すようになりました。裁判官は法の理念や内容を裁判員に説明する中で、「疑わしきは被告人の利益に」といった裁判の原則にあらためて向き合うようになったと思います。

 そうした変化は、有罪率が異常に高い日本の裁判を変える可能性を持っています。有罪が多いのは起訴の段階で絞られているからでしょうが、裁判官が無罪の判決を書きにくい雰囲気があることも事実です。検察を怒らせた結果、人事面で不遇な扱いを受ける人がいるからです。それくらい人間って弱い。だからこそ、たった一回の裁判に新鮮な気持ちで向き合える人たちが入ってくるのは大きいのです。職業裁判官だけならためらうような判決も出しやすくなっているかもしれません。

 問題は、裁判官と裁判員の情報量の差。裁判官は公判前整理手続きで裁判の争点などを熟知しており、評議をリードします。裁判員がお飾りにならないためには、手続き時と公判時の裁判官を代えるのも一つの手です。裁判官と裁判員の間にある情報量の差がなくなり、対等な議論が期待できる。

 辞退者が約七割いるのも僕は健全だと思っていて、むしろ「私に人が裁けるだろうか」とためらう人が参加することに意味がある。裁判員制度は裁判員各自の倫理観で裁けと言っているのではありません。裁くのは法。そのために市民の人生経験や社会的常識を照らし合わせて議論するのです。

 必要なのは、そうした裁判員経験者の声を反映する仕組みだと思います。今は守秘義務の範囲が曖昧。公の場で議論できるよう、開示してよい情報の範囲を明示すべきです。実際、裁判員経験者でつくるネットワークでは活発な議論が行われている。社会に貢献したいという気持ちが裁判後も続いています。そうした活動を伝えないと、ますます先細りしてしまうと思うのです。

 (聞き手・倉掛雅史)

 <すお・まさゆき> 1956年、東京都生まれ。2007年、刑事裁判を描いた「それでもボクはやってない」を発表。活動弁士が主人公の最新作「カツベン!」が12月に公開される予定。

◆メリット明確に示せ 社会心理学者・白岩祐子さん

 司法の民主化を実現した点で裁判員制度の趣旨は評価できます。それ以前は、多くの人が法律など自分には関係ないと考える半面、司法は社会常識とかけ離れているという違和感も抱いてきました。無関心と違和感。裁判員制度はこの両極端な問題を解消しうるものです。

白岩祐子さん

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 この制度には大きな特徴があります。それはコスト面(=デメリット)が具体的で見えやすいのに対し、意義(=メリット)が抽象的で見えにくく、不確実だということです。

 コスト面は、仕事を休まなければならない、犯罪の悲惨な実態を直視せざるをえない、責任が重いなどイメージしやすい。ところが意義については、自分が役に立つのか、裁判官は耳を傾けてくれるのか、その経験は今後どんな意味を持つのかなど、不透明です。

 このような場合、実証研究が有効です。裁判員になった人は未経験者と比べて司法への関心や信頼が向上しているか、対照比較することです。全国で実施された模擬裁判は、この検証を行う絶好の機会でした。もし効果が得られれば、制度の意義を広く示すことができたでしょう。今からでも遅くない。裁判の前後で裁判員らの意識は変化したか、未経験者と差はあるかなどを検証すべきです。

 こうした手続きはEBPM(エビデンス・ベースド・ポリシー・メーキング)と呼ばれ、エビデンス(実証的根拠)に基づく政策立案として、最近は多くの官庁で導入されています。大切なのはコンセンサス(合意)の形成。この手続きを踏み、結果を周知することで、国民と目的を共有することができるでしょう。今の辞退率の高さを考えれば、事は一刻を争います。

 実証の軽視は、制度の設計にも表れていると思います。当時は、裁判員の感情的な判断を危惧する声が根強くあり、設計上もこの点が考慮されました。しかし、裁判員は感情的だという見解を、実証研究は必ずしも支持していません。私たちの行った模擬実験ではむしろ、理性的でありたいという信念を持つ人が少なくないことが分かっています。

 この傾向がもし実際の裁判に当てはまるならば、制度は今とは違うものになっていたかもしれません。司法を民主化するに当たっては、その進め方も民主化する必要があると考えています。

 (聞き手・大森雅弥)

 <しらいわ・ゆうこ> 1972年生まれ、神奈川県出身。東京大大学院博士課程修了。専門は「公共政策と心理学」など。著書に『「理性」への希求 裁判員としての市民の実像』(ナカニシヤ出版)など。

牧野茂さん

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◆評議の中身、明らかに 弁護士・牧野茂さん

 裁判員制度は刑事裁判に大改革をもたらしました。法律の専門家ではない市民が参加するため、見て聞いて分かる裁判にしないといけない。連続した日程で裁判を開く必要もある。そこで、従来の書面中心の審理から法廷での証言が重視されるようになり、公判前整理手続きも導入されました。

 判決にも市民の常識が反映されています。無罪推定の原則が実現し、被告人の更生や処遇も考慮した判決が増えました。裁判員制度がてこになって、刑事裁判の原則が実現したと考えています。

 一方で、課題もあります。その一つが、裁判員候補者の辞退率の上昇です。これについては悲観論もあります。しかし、対策はあると思っています。最高裁が裁判員経験者を対象に行ったアンケートがヒントになります。裁判員になる前は半数近い人が「やりたくなかった」のに、参加した後は「やってよかった」と感じた人が96%に上っているのです。

 裁判員経験者から私が聞いた話を分析すると、やりたくなかった理由は不安、ためらいです。審理が理解できるか、プロの裁判官の前で意見を言えるか。さらに、人の運命を決めることへの不安。やってよかったと思う理由は、その裏返しです。理解できたし、意見も言えた。人の運命を決めるのは重いことだが、一人で決めるのではなくチームで徹底的に議論して結論を出したので、重要な役割を果たしたという達成感があった。この体験が広く社会に伝われば、自分もやってみようと思う人が増えるはずです。

 ところが、厳しい守秘義務規定がそれを妨げています。守秘義務は、裁判員経験者に話せない苦痛を与えています。さらに、評議をブラックボックス化する弊害も生んでいます。開かれた裁判所を目指して市民の目を入れたのに、外部に目隠しをしている。市民の貴重な声が詰まった宝箱なのに、公表されなければ裁判の改善に生かせない。これは社会的損失です。

 守秘義務は法改正によって緩和すべきです。発言者を特定しなければ、すべて話せるようにする。裁判員の心理的負担の軽減につながると同時に、評議のブラックボックス化もなくなります。よりよい制度にしていくためには、第三者機関を設けて評議を検証する必要もあると考えています。

 (聞き手・越智俊至)

 <まきの・しげる> 1950年、群馬県生まれ。慶応大卒。裁判員経験者ネットワーク共同代表世話人。『裁判員裁判のいま』『取調べのビデオ録画』(ともに共著)など著書・論文多数。

 

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