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考える広場

喫茶店という居場所

 四月十三日は「喫茶店の日」。一八八八(明治二十一)年のこの日、東京・上野に日本初の喫茶店「可否(かひ)茶館」が開業したことにちなむ。全国に広がり、心を和ませ続ける喫茶店の今は?

 <喫茶店の現況>  総務省の統計では、1981年の15万4630事業所をピークに減少一途で、2016年には半数以下の6万7198に。都道府県別では、大阪府が1位で8680事業所、愛知県が2位で7784、東京都は6710で3位、以下兵庫、岐阜県と続く。喫茶代への1世帯当たり年間支出額(14〜16年平均)を県庁所在地別で見ると、東海地方が高く、岐阜市が1万5018円で1位、2位が名古屋市の1万2945円と、全国平均(6045円)の倍以上だった。

濱口優さん

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◆早朝に店開ける両親 タレント・濱口優さん

 両親が大阪で「はまゆう」という喫茶店をやっています。二十人も入ればいっぱいになりそうなちっちゃい店ですよ。自慢はサンドイッチとオムライス。毎日午前六時半に開けてます。駅から近い所でもないので、お客は常連さんばかりです。

 開店したころ、おれは小学生。中学に上がると、店の手伝いもやらされました。それで覚えているのが、客に「いらっしゃいませ」と言うのを親に聞かれるのがすごく恥ずかしかったということです。

 外でのバイトならもちろん仕事ですから簡単に言うてます。なのに自分の家みたいな店の中ではなぜか言えない。外での自分を見せたくないということやったんですかね。喫茶店って家の中みたいに落ち着くけど、いろんな人が来る外の世界でもあるということでしょうか。

 そんな喫茶店の空間で、人生を変える言葉に出合ったんです。高校時代、占いがよく当たるという喫茶店がたまり場でした。コーヒー頼めば、店のおばちゃんがただで見てくれる。そのころおれは芸人になりたくて、今の相方(有野晋哉さん)と一緒に見てもらったんです。

 「売れるんやったら、パパーっと売れちゃう。逆に売れへんかったら、全くなんの芽も出えへん。早く結論が出るから挑戦したら」って言われました。有野は「(濱口さんを)手伝ってあげなさいね」と言われて。その言葉が「よゐこ」結成に重要な役割を果たしたわけです。

 東京でも「はまゆう」みたいな古いタイプの喫茶店に入ることがあります。というか、仕事の打ち合わせはそっちタイプでやることが多いです。やっぱり、落ち着きますよね。回転を上げるために座りにくくしてあるような椅子ではなく、座り心地のいい椅子。たまに、ぼろぼろなのもあるけど。ちょっと薄暗くて、死角になる所もあって。

 ただ、東京はそういう喫茶店が少ない。のんびりしてたら嫌なことを言われて追い出される。客も嫌なやつしかいないような。なんか忙しそうで落ち着きがない。

 両親はずっと店を続けると思います。個人的な意見ですが、喫茶店はもうからないです、絶対に。トントンに持っていけたら上々。じゃあ、なぜやってんのか。答えは、それしかないから、生きてるから。だから明日も六時半に店を開けるんでしょうね。

 (聞き手・大森雅弥)

 <はまぐち・まさる> 1972年、大阪府生まれ。90年に有野晋哉さんと「よゐこ」を結成。現在はNHKEテレ「なりきり!むーにゃん生きもの学園」、メ〜テレ「デルサタ」などに出演中。

◆個性豊かで心地いい 東京喫茶店研究所2代目所長・難波里奈さん

 毎日必ず、どこかの喫茶店に寄ります。コーヒーを飲める場所で特に好きなのが純喫茶。仕事が終わってまっすぐ帰宅してしまうと、会社と自宅が地続きになってしまう。寄り道をしてそこで過ごすことによって、時の流れが止まったようなゆったりした空間に身を置け、気持ちがすっきりして前向きになれます。一日中誰かとつながってしまうスマホはかばんの中にしまって、自分だけのひとときを味わう。そうすることによって心に余白が生まれるのです。

難波里奈さん

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 純喫茶というパラレルワールドの非日常感を演出しているのは「昭和」の薫りが大きいのかも。黒電話にレースをかけていたあの時代の丁寧さ、そのちょっとした「隙」に引かれます。現在のデザインはシンプルで少し物足りない。例えば、コーヒーチェーン店はどこも同じような内装とメニューで安心感はあるもののフラット(平板)な印象があります。純喫茶はお店によってさまざまで、マスターの好み、センス、その歴史が内装やメニュー、BGMに反映されて、個性豊かです。今日の取材場所のショパン(東京・神田)の特徴はステンドグラス。きらびやかですが、書かれた欧文にこっそりスペルミスが潜んでいるところがいとおしい。

 このごろはチェーン店とはまた違った上質さを求める若者たちが純喫茶の魅力に気付き、SNSで発信する盛り上がりも。そして彼らの口からはなぜか「懐かしい」という言葉が出る。体験していない時代のはずなのにそういう感情が生まれるのは、面白いところ。自分の部屋みたいでありながら気分転換もできるすてきなリビング。まるで田舎のおばあちゃんの家にやってきたような居心地の良さがあるからでしょうか。

 さまざまな年代からの関心が高まり、都心ではメディアで紹介されるお店も増えました。けれど、有名無名にかかわらず、人それぞれに一番大事なお店があると思っています。聞き上手な優しいママのいるお店があれば、友達と楽しく話せるお店もあります。通勤通学路を少し遠回りして歩いてみると、お気に入りのお店に出合えるかもしれません。

 純喫茶は年々減少しています。寂しいことですが、時代の移り変わりとともに失われていくものだからこそ、悔いのないように毎日通うことにしています。

 (聞き手・清水萌)

 <なんば・りな> 東京都生まれ。これまでに訪れた純喫茶は2000店以上。著書に『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)など。

◆目的問わない寛容さ 名古屋大大学院准教授・小松尚さん

小松尚さん

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 私は建築が専門ですが「居場所」が建築を見る視点の一つになっています。喫茶店はまさにまちの居場所の一つですね。

 建築の分野で居場所という言葉が注目されるようになったのは一九九〇年代ごろです。古代ローマの時代から建築には「用・強・美」という見方があります。「用」は実用性です。例えば、学校建築や住宅には明確な用途があるように、建築は何かの役に立つことが求められます。それに対して喫茶店は、お茶を飲んだり、おしゃべりをしたりする場所ですが、用途や目的があまりはっきりしません。だから建築学の議論の対象には長らくなりませんでした。

 ところが、建築が充足してきたころ、ちょうどバブルが崩壊したころから、使いやすさというような従来の物差しだけではなく、その建築や場所の持つ意味が意識されるようになりました。そこが好きだとか、居心地がいいとか、愛着があるとか。それが居場所です。喫茶店のような場所の価値が少しずつ見いだされてきたということです。

 二十年近く前、学生が喫茶店を卒業論文のテーマに選び、私も一緒に研究しました。場所の固有性と匿名性、そこに来る人の固有性と匿名性を二つの軸にして喫茶店を分類する。そして、それぞれの場所で何が起こっているのか分析する。近所の常連客が集まる店では、新聞や雑誌を読んでいるのが日常的光景でした。その日常性がそこに来る人たちには心地よく、大事な場所になっていました。

 喫茶店は許容性が高い場所です。パソコンで仕事をしたり、読書をしたり、おしゃべりをしたり。人がいる場所に身を置きたいと思って来ている一人暮らしの高齢者がいるかもしれません。周りに迷惑をかけなければ何をしても許される。よほどのことがない限り「そろそろ出ていってください」とは言われません。とても寛容な場所です。そういう場所は、ほかにはあまり見当たりません。

 最近は、公共施設の中にも喫茶店が設けられています。私が設計などに携わった三重県の小中学校三校にはカフェがあります。曜日や時間を決めて開くと地域の人が集まり、コミュニケーションの場になる。学校や公民館、図書館などの公共施設は実用性が問われる建築です。しかし、それだけでなく、誰かの居場所になり得る公共の場所が今求められていると思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <こまつ・ひさし> 1966年、長野県生まれ。名古屋大大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門は建築計画・まちづくり。著書に『「地区の家」と「屋根のある広場」』(共著)など。

 

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