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水道民営化が問う「公共」

 市町村が担ってきた水道事業の運営を民間にゆだねることができる改正水道法が今年中に施行される。水道事業の経営悪化、施設の老朽化が背景にあるものの、安全性や料金高騰などには不安も。水を巡る「公共」とは。

 <改正水道法> 昨年12月の国会で改正案が可決され、成立した。最大の変更点は、自治体が給水責任、施設の所有権を持ったまま、運営権を民間企業に売却する「コンセッション方式」を選択できるようになったこと(24条)。厚生労働省によると、浜松市など全国で6自治体が同方式の導入に向けて調査などを実施している。関係する政令や手引が今夏ごろまでに出される予定。

◆国の水質研究に疑問 作家・椎名誠さん

椎名誠さん

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 日本は世界でも珍しい「国民皆(かい)水道」の国です。どの家でも蛇口から水が出る。しかも、そのまま飲める。

 さまざまな国を旅しましたが、明日自分が飲む水にストレスのない国はカナダ、ブラジル、インドネシア、アイスランドぐらいです。枯渇や汚染など、水に危惧を抱いている国がほとんど。そこらの川や水たまりから飲み水をくむ国も多いんです。

 日本には梅雨と台風が毎年必ず来ますね。天からの水の供給は、アラブやサハラなどの砂漠地帯から見れば垂ぜんの的です。狭い国土の75%は山で、北海道から沖縄まで約二万五千本もの川が海に注ぐ。時々水害もあるけど、山、川、海と三拍子がそろい、小なりといえども水が循環している国なんです。

 水蒸気が雨になり、山、川を通る。自然の循環過程で、人体に有害な物がかなり除去されている。水道システムをつくる消毒のために塩素と若干の催奇性のあるトリハロメタンが入っていますが、それでも飲める。臭いと言う人もいるけど、僕は水道水を入れたペットボトルをいつも五、六本、冷蔵庫に入れています。十分おいしい。ミネラルウオーターは買いません。

 でもそのことにより、水は永久に、無尽蔵にあると思っている人が多い。人間は、恵まれすぎている物には意識もしなければ、気付くこともない。

 水道民営化も非常に危険ですが、よく理解していない人が多い。国会は十分な検証がない段階で水道法を変え、きちんと知らせようともしない。民営化で、保証された水質をどのくらい確保できるでしょうか。例えば四国と北海道の山では水質も水量も違いますが、全国で均質な水道が維持できるでしょうか。

 もっと怖いのは他国からの水の奪取です。中国や欧州は水に一番困っています。日本は水脈が多く、簡単なボーリングでミネラルウオーターが取水できる。山を売りたがっている地主は多い。民営化になれば、全国各地で外国との合弁企業ができるでしょう。国土の水源を売り渡すことになりかねません。

 政府のやり方は欺瞞(ぎまん)です。水は人の命に関わることなのに、その対応や水質研究があまりにも安易すぎる。その一番の例は、福島第一原発事故による汚染水を海に流したことです。水に関しては、日本は思想性が破綻した愚かな国だと思います。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <しいな・まこと> 1944年、東京都生まれ。小説、エッセーなど著書多数。国内外の旅に基づく作品も多く、水資源や淡水化技術など水問題を取材したルポに『水惑星の旅』がある。

◆地域一丸で答え導け NGO「トランスナショナル研究所」スタッフ・岸本聡子さん

岸本聡子さん

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 改正水道法の議論で、政府は「民営化」ではなく「官民連携」というあいまいな言葉を使いました。水道事業では既に検針など一部で民間委託が行われており、今回の法案で焦点となったコンセッション(公設民営)もその延長と言わんばかりです。

 委託は民営化ではありません。しかし、コンセッションはどうか。運営権を民間に売却する、つまり運営を委託したと思われがちです。しかし、「運営」とは金と物と人を自由にできるということ。それが移るとは、決定権も移るということなのです。これはまさに民営化以外の何物でもありません。

 水道の民営化は世界各地で行われてきましたが、問題が起きて再公営化する例が増えています。二〇〇〇年から一六年末までの十七年間で二百六十七件。再公営化の理由は、民間業者の劣悪な管理運営、投資の不足、水道料金の高騰、民間業者の監督の困難さ、財務の透明性の欠如などです。

 コンセッションには構造的な問題があると言えます。改正水道法でも、コンセッションに関係する二四条以外はいいことが書いてある。二四条だけ異様なのです。そこだけ投資家のために作った条文だからです。

 民営化を進めたい人たちには明確なイデオロギーがあります。新自由主義です。公の役割を小さくして民に任せる。実は、民間の方が公的事業体より効率性が高いという科学的なデータはありません。それでも民営化を進めるのは、資本に富が蓄積するから。水道料金を例に挙げると、民間業者の場合、料金設定の際、投資に対する収益も加えます。この内部収益率を契約書で保証させようとします。

 コンセッションにはほかにも問題があります。安易に料金を上げられないから、収益を確保するために施設更新のコストを削減します。水道を運営する人材も育てません。民間業者の契約は二十五年から三十年。ビジネス契約としては長い。しかし、水道のように世代を超えて守るべき資産を運営するには短い。公共政策で水道を守る以外の解決策はありません。

 民営化で水道の問題が全部解決するみたいなことが言われますが、自治体は変な幻想は抱かず、まじめに地道に、職員や住民と一緒になって解決策を考えていくしかありません。それこそが自治ではないでしょうか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <きしもと・さとこ> 1974年、東京都生まれ。オランダの政策研究NGO「トランスナショナル研究所」で水道などの民営化問題を研究。共著書に『安易な民営化のつけはどこに』など。

◆自治体に適した形を 国連環境アドバイザー・吉村和就さん

吉村和就さん

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 日本の水道事業は三つの課題に直面しています。第一に料金収入の減少です。人口減が最大の理由ですが、節水機器の普及や地下水の利用拡大も要因です。二〇一五年時点で全国千三百八十一の水道事業体を合わせた年間収入は二兆三千億円。十年前と比べて二千億円減りました。三割の事業体は赤字です。

 第二に、水道管など施設の老朽化です。日本では高度成長期から水道の整備が進みました。水道管の耐用年数は約四十年ですから、更新が必要になっています。一キロの水道管を更新するのにかかる費用は一億〜二億円。日本中に張り巡らされた水道管の長さは六十六万キロで、地球十六周分に当たります。更新費用は膨大になります。

 第三の問題は人材です。水道事業に従事する技術者は三十年前には八万人近くいましたが、定年退職と採用抑制で、今は四万五千人です。ベテラン技術者がいなくなり、技術やノウハウの伝承が難しくなっています。

 将来にわたって持続可能な水道システムを構築するためにどうすればいいか。まず考えるべきは広域化と統合です。近隣の地方自治体同士が連携して供給エリアを広げ、規模の拡大でコストを削減する。多すぎる浄水場は統合する。広域化の最終形は「一県一水道」です。宮城県などが検討を始めています。ただ、水源や地形など条件が各県で異なるので、どこでも可能というわけではありません。

 次の手法がコンセッション(公設民営)です。水道法改正で「水道が外資に売り渡される」という誤解もありますが、導入するかどうか決めるのは各自治体です。選択肢はいろいろあります。広島では県と企業が共同出資で作った会社が水道事業を手掛け、成功している例もあります。自治体がそれぞれに適した形を選べばいいのです。

 海外では民間委託した水道事業が再び公営化された例もあります。しかし、だから民間に任せてはいけないということではありません。民間水道の歴史が長いフランスでは、二〇〇〇年から一五年までに再公営化された例は四十九件で、全体の4%にすぎません。

 改正水道法で私が気になるのは、公的なチェック機関の設置が義務付けられていない点です。企業を参入させるなら品質や財務を管理・監督する公的機関が絶対に必要です。

 (聞き手・越智俊至)

 <よしむら・かずなり> 1948年、秋田県生まれ。エンジニアリング会社に勤務後、国の要請で国連本部に勤務。帰国後2005年にグローバルウォータ・ジャパンを設立し代表就任。水ビジネスの専門家。

 

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