トップ > 特集・連載 > 考える広場 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

考える広場

ロックと社会 ウッドストックから50年

 ロックの魂は今も燃えているか。伝説となった音楽の祭典ウッドストック・フェスティバルから半世紀。時代は移ろい、社会も変わった。ロック音楽に込められていた反骨精神は、まだ生きているか。

 <ウッドストック・フェスティバル> 米ニューヨーク州ベセルで1969年8月15日から3日間の日程で開かれた野外コンサート。「愛と平和」のスローガンの下、ヒッピーらが詰め掛け、入場者数は40万人以上ともいわれている。ジョーン・バエズ、ジャニス・ジョプリン、ザ・フー、ジミ・ヘンドリックスなど30組以上が出演した。ウッドストックは芸術家や文化人が集まる芸術の町。コンサートは近くの町ベセルの農場で開催された。

◆僕も時代を歌いたい ミュージシャン・後藤正文さん

後藤正文さん

写真

 ウッドストックのコンサートが開かれた時、僕はまだ生まれていませんでした。正直、実態も当時の空気もよく分かりませんが、ウッドストックが体現したとされる「ラブ&ピース」は今も有効だと思います。

 「どこかの軍隊が攻めてきて家族に銃が突きつけられても、同じことが言えるのか」というような批判が来るでしょうか。でも、それは極論だし、そうした破滅的な選択を迫られないために、この言葉があると思います。実際に部屋に兵隊が入ってくる瞬間を少しでも押し戻している言葉だと。

 そんなことを言うと「(現実を見ないで)お花畑にいる」と言われるけれど、何が悪いのか。現実と理想は両輪。現実は絶対、理想の側に引っ張られるから、理想は高い方がいい。理想家の反対の「現実家」たちも、ある種の青写真を持っていないと悪い方向に行くでしょう。

 ロックがこの五十年で、音楽や世の中を変えようというスピリット(精神)をなくしたと言う人がいます。単に踊るための音楽になったと。でも、「魂の解放」という本質は変わっていない気がします。ウッドストックのころだって会場にいた人たちはただのヒッピーで、騒いでマリフアナを吸っていただけ。でも、そこに時代があった。

 僕は「音楽は社会の中で鳴る」と思っているんです。だから、サウンドも言葉遣いも強烈にその時代の色を持つものに引かれます。ビートルズもクイーンもその時の最先端の音作りをし、その年代のことを鮮烈な言葉と曲にした。

 僕もなるべく時代のこと、今の社会を歌いたい。人々が豊かか貧しいかということも音楽に関係するのです。僕は、社会問題について自分は関係ないという態度はできません。実は、同じように思っているミュージシャンは多いんですが、どこで何を言っていいのか分からないというのが現実です。言ったら仕事が減ると、臆病になっている人もいるかもしれない。

 五十年前にあった「反体制」という雰囲気が今はないからです。「批判するのは悪」という空気ができているのはどうかと思います。それは権力を持っている人間を利することになる。批判すべきことはちゃんと批判した方がいい。声を上げないと変えられないことはたくさんあるはずです。

 (聞き手・川本薫乃(ゆきの)=南山大四年)

 <ごとう・まさふみ> 1976年、静岡県生まれ。ロックバンド・ASIAN KUNG−FU GENERATIONのボーカル&ギター担当。最新アルバム「ホームタウン」が販売中。

◆「もっと遠くへ」継承 社会学者・南田勝也さん

南田勝也さん

写真

 一九六九年のウッドストックが伝説化して語り継がれているのは、青年期にさしかかったベビーブーマー世代の夢がすべて詰まっていたからでしょうね。

 野外フェスが日常化した現在の視点で振り返ると、かなり劣悪なイベントだったと思います。入場ゲートは車と人の長蛇の列でふさがれ、会場にはトイレが不足し、雨が降っても隠れる場所を探すのも難しい。泥だらけの足元はぬかるみ、おそらくかなりの悪臭を放っていたと思います。そこで三日間過ごさなければならない。

 しかし、そんな劣悪な環境でも、いや、だからこそ、参加者たちは自由を謳歌(おうか)しました。ヌーディストが出現し、マリフアナを回しのみし、ブルージーなロックに酔いしれる。当時の三大ロックスターであるビートルズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズは出演していません。しかし、それは必要なかった。ブルース、フォーク、カントリーに根ざしたロック音楽があればそれでよかった。

 当時の新興ジャンルであるロックは、自由を求めて旅をしてきた彼らを優しく迎え入れました。窮屈な規範に縛られ、高圧的な体制に抑え込まれ、抑制が美徳とされる、そんな日常からなるべく遠くへ逃れたい。彼らが反体制の意を込めて唱えたラブ&ピースは、非日常的で不便極まりないウッドストックでようやく実現したのです。

 ロックには「もっと遠くへ」という衝動があります。今いるところを遠く離れ、異なる世界にたどり着きたいという願望です。誕生から半世紀以上たち、定義もずいぶん変容しましたが、このロック観は継承されているのではないかと思います。

 今の日本においても、メジャーとは言えないかもしれませんが、社会や政治への違和感を訴えかけるミュージシャンがいれば、いじめを受けた経験を歌詞にするミュージシャンもいます。疎外や剥奪を原動力とする「もっと遠くへ」の衝動がロック音楽に仮託されているのです。

 ウッドストック五十周年のイベントが米国で八月に開催されることが決まりました。世代は移行し、二〇〇〇年以降に成人になったミレニアル世代の祭典になるでしょう。彼らが何を考え、どういう行動をしているのか。そのモデルであり、象徴するイベントになります。それを見てみたいと思っています。

 (聞き手・越智俊至)

 <みなみだ・かつや> 1967年、兵庫県生まれ。関西大大学院博士課程修了。武蔵大教授。専攻は音楽社会学。著書に『ロックミュージックの社会学』『オルタナティブロックの社会学』など。

◆まねができない熱量 音楽評論家・萩原健太さん

萩原健太さん

写真

 ウッドストックのことはテレビの情報番組や音楽雑誌で知りました。よく分からないけど、すごく人がたくさん集まり、いろんな人が出演したコンサートがあって、ぐしゃぐしゃだったんだなという印象でしたね。実際、あそこに集中した熱は素晴らしかったけれど、イベントとしてはひどかったようです。それが、翌年にドキュメンタリー映画が公開され、美しい記憶にすり替えられた。

 現実には、ウッドストックをピークとして「音楽で世の中が変えられるんじゃないか」という共同幻想は空中分解してしまいます。時代が終わったという認識、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の歌詞にあるように一九六九年以降、スピリット(蒸留酒=魂)を失ってしまったという認識は誰もがどこかで共有していて、今さら砂漠に井戸を掘る必要があるのかという感じでそれ以降の音楽業界は続いていきます。ある意味、その方が音楽の本質に向き合えて良かったかもしれません。

 でもね、今になっても六〇年代半ばの混沌(こんとん)とした音楽が力を感じさせてくれるのは、彼らがあきらめてないからですよ。今聴いても、ここまで本気で音を作れていた時代だったんだなと。ばかだなと思うんだけど、もう俺たちにはできないというジェラシーを覚えてしまう。

 今はコンピューターでどんな音でも作れますが、昔はできることが限られていて、自分の頭の中に鳴っている音を具現化するにはどうすればいいかという、今では必要のない試行錯誤や工夫をしてきました。そこで生み出された音の熱量だけは今もまねできません。これこそがロックの真実じゃないかと思いますよ。

 気を付けないといけないのは、簡単に「最近はロックの影が薄い」と言ってしまうことです。昔は、今では信じられないくらい幅広い音楽をロックと呼んでいました。ウッドストックで一番見るべきものも、その雑種性です。ロックというフォーマット(仕様)があるわけではなく、振れ幅こそがロック。大衆文化の本質にある、権威に盾つくという反骨精神はジャンルでくくれない。それが皆で一つのところに向かって突き進んでいったゴールがウッドストックだったとして、そこからまた皆で拡散していった。それぞれの道ができていく限り、ロックは続いていくと思います。

 (聞き手・大森雅弥)

 <はぎわら・けんた> 1956年、埼玉県生まれ。『はっぴいえんど伝説』『70年代シティ・ポップ・クロニクル』など著書多数。近著は『80年代 日本のポップス・クロニクル』(Pヴァイン)。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索