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種子法廃止を問い直す 飯尾歩・論説委員が聞く

 ミカンにしてもブドウにしてもスイカにしても、何だか種は邪魔者扱い。だからでしょうか、日本の主食を守ってくれていたはずの種子法がこの春ひっそり廃止になっても、関心はいまひとつ。でも、当たり前のことですが、種がなければ秋の実りもありません。元農相の山田正彦さんに聞きました。種子法廃止で、種はどうなる? 

◆自治の力が試される 元農相・山田正彦さん

山田正彦さん

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 飯尾 やれコシヒカリだ、ななつぼしだ、ゆめぴりかだ、ひとめぼれだ、新之助だ、だて正夢だと言いながら、私たちは、その「種」のことは、ほとんど気にしません。そもそも、おコメ自体が種なんですが…。だからでしょうか、種子法廃止は、衆参両院合わせてわずか十二時間足らずの審議で、あっさり、ひっそり決まってしまったし、農家はともかく、私たち消費者にどのような影響があるのか、ないのか。事の重大さをなかなか実感しづらいようですが…。

 山田 そうやって私たちはこれまでずっと、日本の伝統的なおいしいコメを食べてきたじゃないですか。長い年月をかけて、苦労して、それらをつくり出してきたのが都道府県。種子法八条に「当該都道府県に普及すべき主要農作物の優良な品種を決定する−」と、書いてあったからなんです。種子法廃止の趣旨は結局、このように安価で安全な「公共の種子」をなくすということ、民間企業と市場に任せなさいということです。自治体が「原種」づくりから手を引けば、私たちは選択肢を奪われます。

 飯尾 改正水道法もそうですが、主食の種子は、いわば“命のタネ”でもあるはずです。市場の原理、企業の論理に委ねてしまっていいのでしょうか。

 山田 そう。食料を売らない、水道の蛇口を閉めると言われれば、私たちは生きていけなくなるわけです。「食料を制するものは世界を制す」と、レーガン大統領時代の農務長官も言っていますが、米国にとっては武器にも匹敵する最重要の“商品”です。モンサントのような多国籍企業は二十世紀の終わりごろから、日本のコメ市場に狙いを定めています。種子法廃止で「食料支配」への門戸は大きく開かれました。

 モンサント・バイエル、シンジェンタ・化工集団、ダウ・デュポン−。世界の種子市場の七割は、これらその多国籍企業による寡占状態です。日本の野菜は九割が、すでに彼らの支配下です。野菜には、種子法が及ばなかったからなんです。四十年ほど前までは100%国産の固有種でした。次は、いよいよ野菜の七倍から八倍の市場規模があると言われるコメ、麦、大豆の番なんです。

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 ちなみに、価格決定権が海外の企業に移ったことで、野菜の種の値段は随分高くなりました。

 飯尾 遺伝子組み換えのコメとか麦とかも、「歓迎します」ということですか。

 山田 日本市場を狙った遺伝子組み換えの稲も、すでに用意されています。そもそもこの国は、世界で最も遺伝子組み換え作物に寛容な国なんです。欧州連合(EU)やロシア、中国の習近平さんも「作らせない」と言いだしました。ロシアでは遺伝子組み換え作物の輸入も一切禁止されています。日本では遺伝子組み換えの農作物の栽培認可件数だけで三百件以上、当の米国よりはるかに多い。環太平洋連携協定(TPP)の批准後に承認件数を激増させました。

 その上、日本の環境省は今年八月、米農務省に続いて「ゲノム(全遺伝情報)編集は遺伝子組み換えではない」との見解を出しました。ゲノム編集技術は未知のもの、環境や人体への影響も定かでない。だからEUでは予防原則に基づいて、遺伝子組み換えと同じ扱いをすることになっています。日本と米国は、世界の潮流に取り残された、かなり異質な国なんです。

 飯尾 誰も「食料を売らない」とは言わないまでも、「その食料しか売らない」と言われれば、それを食べざるを得なくなる。知らず知らずのうちに食卓から選択肢が消えていく。例えばいくら遺伝子組み換え食品は不安だと思っても、ほかになければ仕方がない。それが食料支配。種が消えれば、どうなるか−。私たち消費者の、選択肢も消えるんだ。

 山田 種子法廃止に続く第二弾というわけではないんでしょうが、来年の通常国会には、種苗法の改正案が出てくるとみています。

 農家が買い入れた種や苗を増やして使う「自家増殖」。一九九一年に結ばれた「UPOV(ユポフ=植物の新品種の保護に関する)条約」は、「育成者権」の保護を名目に、原則これを禁じています。種や苗は企業の知的財産だから、勝手に増やしてはいけないというわけです。しかしさすがに日本の種苗法は、自家増殖を「原則容認」として、“例外的に”禁止するべき作物を省令で定めてきた。それを「原則禁止」に百八十度転換すると言うんです。

 飯尾 人気の高いシャインマスカット(ブドウ)の種が中国へ流出したことが、問題になりましたよね。そういう事態を防ぐためだと聞いていますが−。

 山田 昔はコメも大豆も、種は自家採種だったんですよ。コメは公共の種子が普及して、今は一、二割、麦は六割、国産大豆はすべて自家採種なんですよ。多国籍企業の狙いは、だから−。

 飯尾 「国産」の牙城を崩すためには、種子法という外堀と種苗法という内堀が邪魔だった。

 山田 (種子法で守られてきた)コメも大豆も麦も種の自家採種を禁止して、遺伝子組み換え技術で作った種子を、日本の農家に作らせる。農薬と化学肥料をセットにね。これが米国の、多国籍企業の狙いではないのかな。それには、種子法と種苗法が邪魔だった−。

 飯尾 それにしても分からない。なぜ、種といい、水といい、漁業権を開放する海といい、この国にとってかけがえのない“命のタネ”を、政府というか、政権はいともたやすく、他国に売ろうとするのでしょうか。

 山田 よく分かりませんが、沖縄に見るように、政府の上に米国がいて、さらにその上に多国籍企業がいるんでしょうか。

 だからというか、私たち「日本の種子(たね)を守る会」は、“地方”の議会や消費者に呼びかけているんです。都道府県の議会に対して、種子法に代わる条例をつくろうと。

 これを最初に新潟県議会がやったんです。兵庫県でも酒米が危ない、酒の味が変わってしまうと、種子条例を制定してくれました。埼玉では農家出身の自民党議員が中心となって「埼玉県主要農作物種子条例」を通し、山形が通し、富山が通し、北海道がやる、長野もやる。国の種子法が廃止されても、各県がそれをつくってしまえば、それで十分賄える。それが二十も三十も広がれば、政府としても、予算措置をせざるを得なくなるはずです。

 飯尾 “地方”の力が試される?

 山田 “国”だって本当は分かっていると思うんです。先の通常国会に、野党六党が種子法廃止撤回法案を共同で提出したんです。わずか三時間ほどですが、与党も審議に応じてきたんです。法案は、与野党一致で継続審議になっています。まだ、生きているんです。

 <やまだ・まさひこ> 1942年、長崎県五島市生まれ。69年司法試験に合格するも、故郷で牧場を開業。400頭の牛を飼い、年に8000頭の豚を出荷した。しかし、オイルショックで経営を断念。農業の大型化、企業化に疑念を抱き、農政を志す。93年初当選し衆院5期。2010年、菅政権で農相。弁護士。

 <種子法> 主要農作物種子法。1952年の制定。先の大戦の反省に立ち、「国民を二度と飢えせてはいけない」と、稲、大豆、麦類の優良な種子の開発と安定的な提供を、都道府県に義務付けた。これを根拠に都道府県は公費を投入、その土地の気候風土に合った奨励品種を開発し、農家に安価に提供し続けてきた。「民間の種子開発意欲を妨げる」と、今年4月に廃止。 

 

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