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私の「ちびまる子ちゃん」

 漫画家、エッセイストのさくらももこさんが亡くなった。突然の逝去は日本中に大きな喪失感をもたらした。それほど、さくらさんの作品「ちびまる子ちゃん」は国民的漫画だったといえる。一九七〇年代の小学生を描いた作品が、なぜ多くの人を引きつけるのか。

 <さくらももこ> 1965年、静岡県清水市(現静岡市)生まれ。84年に漫画家デビュー。86年から雑誌「りぼん」で、自身の少女時代に想を得た「ちびまる子ちゃん」の連載を開始。学校や家族、社会などを子どもの目から時に厳しくユーモラスに描き、人気を呼ぶ。後にアニメ化され、国民的な人気を得る。2007年から11年まで、本紙でも4こま版を連載。エッセイストや作詞家としても活躍。今年8月死去。

◆子ども装い、世間斬る タレント、新潟食料農業大客員教授・大桃美代子さん

大桃美代子さん

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 さくらさんと私は同年同月生まれ。地方にいながら東京を近くに感じ、テレビに出ているキラキラした西城秀樹さんにあこがれ、歌番組の物まねをするという同じ経験をしてきました。

 「ちびまる子ちゃん」を読むと、同い年の友達が集まって「そんなことがあったよね」と言い合うみたいに、おりのようにたまった沈殿物をふわっとかき混ぜてくれます。テレビにレースのカーテンを掛けていたよね、なんて。昭和四十年代、家庭にテレビが入ってきて神格化されていた、高度成長期で物が少しずつ増えていったことを思い出させてくれます。

 さくらさんは、核家族化が進んでいくころの三世代家族を描きました。「サザエさん」の家族も三世代ですが、もう少しヒエラルキーがはっきりしています。「ちびまる子ちゃん」の家族はそれが崩れて、かみなりおやじのいない、友達家族になっていく途中。「クレヨンしんちゃん」までいくと、逆転してしまって、お母さんを「みさえ」と呼び捨てにしますが。

 一九七〇年代を描いた「ちびまる子ちゃん」がなぜ今も人気なのか。今は子どもが子どもでいられない時代。やることがたくさんあって、外で遊ぶ時間も空間もない。今の子どもたちは、子どもらしいまる子をうらやましく感じるのでしょう。

 また、子どもが大人に対して抱く複雑な感情など普遍的な心の機微が描かれています。今、NHK「チコちゃんに叱られる!」のチコちゃんが人気。あれは新しいちびまる子ちゃんだと思います。ちょっと辛辣(しんらつ)で鋭くて、子どもっぽさを装いつつ正論を言う。今後も、幼児性を見せつつ哲学者のように語り、世間の矛盾を斬っていくキャラクターが出てくると思います。

 「ちびまる子ちゃん」にも登場した西城さんが亡くなってすぐ後にさくらさん。本当に昭和が終わったことを痛感します。私たちの青春を彩った歌謡史に区切りが付き、キラキラしたテレビの世界も色あせた。さくらさんの逝去で平成さえ終わる。そして来年から新しい時代=年号が始まる。たそがれを感じます。

 だから、「サザエさん」も「ちびまる子ちゃん」もずっと放送されてほしい。あの時代がずっと現在進行形で存在し、私たちが小学校時代に感じていたものが過去ではなくなるから。

 (聞き手・大森雅弥)

 <おおもも・みよこ> 1965年、新潟県生まれ。ニュース、料理、クイズなどの番組で幅広く活躍。農業にも関心があり、地元新潟で古代米作りに取り組む。著書に『ちょっと農業してきます』など。

◆同じ時代過ごせ幸せ 漫画家・柊あおいさん

 同じ一九八四年に「りぼん」でデビューしました。集英社の新年会で知り合い、年代も同じ新人同士、仲良くなり「ももこ」「あおいちゃん」と呼び合っていました。

 ももこは好奇心旺盛で、誰とでも仲良くなれる子。「ちびまる子ちゃん」の世界に通じるんですが、通り過ぎてしまえば何でもないようなことも、ももこが注目すると面白くなってしまうんです。「ちびまる子ちゃん」は、ももこの人柄そのまま、という感じですね。

 連載の当初から「サザエさんみたいに地道に続けたい」と言っていました。だからこそ大人社会の縮図、万人に受ける小学生時代を描いたんだと思います。漫画家としてすごいと思うのは突出したキャラクターを作れること。(大金持ちの同級生の)花輪君なんて、なかなか考え付かないですよね。普通の少女漫画とは違うから、この路線ではかなわない、と思いました。

 ももこは最初は静岡県の実家に住んでいたので、文通もしていました。月に二、三回。ネタが尽きない人でした。当時からエッセーも書きためていたようで、「こんなの本にしたら誰が買ってくれるの」「十冊ぐらい売れるかな」なんて冗談を言っていました。それがベストセラーになるとは。

 その頃、ももこが一目見てどうしても欲しくなり、お金をためて買ったピエロの絵がありました。華やかではなくて、ちょっとシャガール的な絵です。好きで好きで、じっと見ていると泣けてくる、と言っていたのが印象に残っています。

 お互いに連載作家になってからも、締め切り前には手伝いに行ったり来たりしました。いろいろ話しながら、夜通し描くんです。「あおいちゃん、人も描いて」なんて言うんですけど、さすがにそれは…(笑い)。ももこは下描きもペン入れも一緒のような感じで、背景なんかはその場で考えながら描いていましたね。一緒の時代を過ごせて幸せでした。

 国民的な作品で、あらためて魅力を語るまでもないのですが…。人は毎日の日常生活の中で、いろいろな喜怒哀楽があり、支え合いながら生きていく。言葉だと薄っぺらですが、人間ってこういうものよね、という作品ではないでしょうか。彼女も作品も、私の中にあります。これからもずっと一緒にいると思います。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <ひいらぎ・あおい> 1962年生まれ。栃木県出身。85〜89年連載の「星の瞳のシルエット」は「りぼん」黄金期を代表するヒット作品。「耳をすませば」はスタジオジブリが映画化した。

◆愚かさを笑い飛ばす 哲学者・土屋賢二さん

土屋賢二さん

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 「ちびまる子ちゃん」を初めて知ったのはテレビのアニメです。普通の子どもが出てくるそれまでの漫画とは全く違う。そこが面白くて毎週見るようになりました。そのとき勤めていた大学の教員の中にもファンがたくさんいました。

 そんなある日、突然さくらさん側から対談したいと連絡がありました。僕が書いたエッセーの文章を気に入ってくれたようです。さくらさんは三十代半ばでしたが、考え方や話す内容は、ちびまる子ちゃんがそのまま大きくなったような方でした。何度か対談し、ご自宅にも伺いました。ご両親は、アニメに出てくるお母さんと(父親の)ヒロシにそっくりでしたね。

 さくらさんがすごいなと思うのは、誰でも経験するような日常生活の中からいろいろな笑いを発掘しているところです。普通の人にはない能力です。人間の滑稽さ、おかしさを発見するために生活し、生涯を懸けていたようにも見えます。

 ちびまる子ちゃんは、漫画に出てくる子どものイメージを覆しました。汚れなく清らかで純粋で素直…。そんなイメージだったのが、誰でも自分の子ども時代を思い出せば分かるように、子どもはわがままで計算高く、欲深く、自分の都合のいい理屈をこねて大人を批判する。でも、その批判が自分にも当てはまることに気付いていない。ちびまる子ちゃんはそういうふうに描かれています。

 作品の仕組みとして画期的なのは「天の声」のようなあのナレーションです。ちびまる子ちゃんが「大人はずるい」とか「ばかばかしい」と言う。それに対して天の声がすかさず「おまえだってばかじゃないか」と言い返す。お互いに突っ込み合いのようになっている。それが二重に面白いんです。

 人は愚かだと指摘されると怒ります。ところが、巧みな仕方で指摘されるとなぜか笑えるんです。笑いには攻撃的な面もあります。しかし、笑いの攻撃は批判とは違って攻撃の矢が自分にも向かいます。さくらさんは、人類みな愚かという感じで世界を見ていたと思います。もちろん自分も含めて。でも、それを批判するのではなく笑い飛ばそうとしていました。

 愚かさを鋭く見いだし、巧みに表現する。笑いの天才ですが、才能の上に努力や工夫を積み重ねた天才だと思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <つちや・けんじ> 1944年、岡山県生まれ。東京大大学院博士課程中退。お茶の水女子大名誉教授。さくらももこさんとの対談をまとめた『ツチケンモモコラーゲン』(共著)など著書多数。

 

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