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発生50年 終わらないカネミ油症事件

 国内最大の食品公害といわれるカネミ油症事件で、最初の患者が確認されてから五十年。患者は今でもさまざまな症状に苦しみ、被害は次の世代にも及んでいる。油症事件はまだ終わっていない。

 <カネミ油症事件> 長崎、福岡両県を中心に西日本一帯で起きた大規模な食品公害。1968年10月、最初の患者が確認された。カネミ倉庫(北九州市)が製造した米ぬか油で調理した料理を食べた人に皮膚障害、頭痛、手足のしびれなどの症状が出た。発症した女性から皮膚に色素が沈着した「黒い赤ちゃん」が生まれた事例も。製造過程で混入したポリ塩化ビフェニール(PCB)が原因とされたが、後にPCBの加熱によってできるダイオキシン類、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)が主因と判明。

◆今も続く被害の拡大 次世代被害者の女性

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 私は事件当時、生まれていません。それでも油症患者です。昨年三月にやっと患者として認定されました。カネミ油症では被害者の子どもや孫、ひ孫にまで、ダイオキシン類による健康被害が出ていることが分かっています。いわゆる「次世代被害」です。五十年後も事件は終わっていないどころか、いまだに被害が生まれ、若い世代が苦しむ現実を知ってほしいです。

 母は長崎県出身。十五歳の時にカネミ油を食べて三カ月寝たきりとなり、生死の境をさまよいました。私を産んだのは十一年後。「油をまったく口にしていない子どもにまさか影響が出るとは」と驚愕(きょうがく)したそうです。

 物心ついてからずっと、「健康な状態ってどんな感じなんだろう」と思って生きてきました。頭痛や吐き気、倦怠(けんたい)感が常にある。成人してからはさらに悪化しました。皮膚がぼろぼろはがれ落ちる乾癬(かんせん)、爪のはがれや変形、子宮筋腫も複数ある。弟と妹にも油症と思われる症状が出ています。弟の皮膚症状は私より深刻ですが、認定されていない。知る限り、新たに次世代で被害認定された話を聞いたことがありません。

 なぜなら、新たな患者を認定しようとしないシステムがあるからです。患者の検診は年一回だけで、基本的にすでに認定された人向け。私は血液中のダイオキシン濃度が異常に高かった。でも当初は認められず、数年がかりで認定されました。

 母が患者に認定されたのも、わずか七年前です。私は母から話を聞いたから知ることができたけれど、次世代被害者は自分が油症と知らずに苦しむ人が多いのではないでしょうか。

 認定後は油症研究班の中心となっている九州大に治療に通い、医療費補助で高額な乾癬の新薬も飲めるようになった。つらさは続くけれど、ほんの少しだけ安心できた。弟や妹も含めて、被害者たちにせめてそのくらいの対応をしてほしい。

 私はただ、普通の人のように、普通の生活をしたいだけです。出産するにはギリギリの年齢に差しかかっていますが、結婚に踏み切れない。子どもに影響したらと思うと…。実際に油を口にした第一世代が亡くなったら、次世代の被害は消されてしまうのではと怖いです。国にはまず次世代被害の実態調査をしてほしいです。五十年たって一区切り、ではないんです。

 (聞き手・出田阿生)

 1979年、福岡県生まれ。会社員。2017年3月に検診で患者と認定された。18年3月末現在の認定患者(死亡者を含む)は2322人だが、次世代被害の患者数を厚生労働省は調べていない。

◆救済システム不十分 社会学者、立正大教授・堀田恭子さん

堀田恭子さん

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 カネミ油症事件の特徴を社会学の観点でいうと、地域集積性がないことに尽きます。新潟水俣病の調査をしたことがありますが、患者は阿賀野川流域に住み、生活環境を共有していました。油症の患者はほとんど共有していない。同じ食品公害である森永ヒ素ミルク事件の被害者も生活環境はばらばらですが、乳幼児という属性は同じ。油症患者にはそういう同一性もない。ただ汚染油を食べたという点でしかつながっていません。

 私にとって油症は新潟での経験が全く通用しませんでした。新潟では患者として認定されると救済が受けられました。ところが、油症では認定されてもほぼ意味がない。食品公害は法律上、公害病の対象外なので国の救済は得られない。原因企業のカネミ倉庫の見舞金は経営不振を理由に滞りがちでした。

 救済システムも不十分で、また油症に関する情報もないため、患者は自らの被害を隠さざるを得ない。油症がダイオキシン類による被害で、世代を超えて被害を及ぼしていることも関係しているでしょう。被害が差別につながりやすい。

 つまり、油症は被害の実態がほとんど明らかになっていない。水俣病は今世紀になっても終わっていませんが、油症はそれ以上に終わっていない。

 油症は「食中毒」と「公害」のはざまにあります。食中毒なら作成されたはずの報告書はなく、公害なら国から受けられる救済もありません。ようやく二〇一三年に患者・企業・国の三者協議会が始まりましたが、国はオブザーバー的立場です。

 実は台湾でも一九七九年に油症事件が起き、一五年に健康ケアサービス法ができました。身体的被害だけではなく社会的被害などにも踏み込み、患者のプライバシー保護や差別禁止などを盛り込みました。また、事件発生時から現在にいたるまで患者リストを作って世代を超えて追跡調査をしています。

 新潟水俣病の経験では、患者たちは運動やそれに伴う新しい出会いなどによって少しでも現状を打破しようとしていました。油症でも患者会が複数できています。そこでの新しい出会いと情報の共有が一つの力になるのではないでしょうか。そのためにも国は、少なくとも当時届け出をした約一万四千人の追跡調査をして、被害の実態を明らかにすべきだと思います。

 (聞き手・大森雅弥)

 <ほった・きょうこ> 1965年、埼玉県生まれ。専門は環境社会学・地域社会学。著書に『新潟水俣病問題の受容と克服』など。油症事件では、長崎県、台湾などで調査研究を実施。

◆国の実態調査が必要 摂南大名誉教授・宮田秀明さん

宮田秀明さん

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 カネミ油症は日本国内で唯一、人体への曝露(ばくろ)量がはっきり分かっているダイオキシン類の汚染事件です。どこまで影響が続くのか、究明する必要がありますが、十分ではありません。

 私はカネミ油症が起きた時は大学生でした。最初はPCBが原因物質と言われましたが、トランス工場などの職業的なPCB汚染者と比べると症状が重すぎるのが謎でした。実験を繰り返し、計測機器も良くなって、原因がPCDFとコプラナーPCBだと判明したのは一九八五年ごろ。時間がかかりました。

 カネミ油症の特徴は長期残留毒性です。疲れやすいなどの神経毒性、病気になりやすい免疫抑制、妊娠しにくいなどの生殖毒性が長く続く。これは、胎児毒性にも強く関係しています。

 数年前に長崎県の五島列島で、子どもが小学校を休みがちだというお母さんの話を聞きました。本人は小さいときに油症原因油を口に入れましたが、だいぶ時間がたって、体内の原因物質の濃度が低くなっているはずの時に生まれた子どもです。にもかかわらず、胎児には毒性の影響がはるかに強く出てしまう。少なくとも十倍、もっと強いかもしれません。さらに次の世代はどうなるのか。

 同様の油症が七九年に起きた台湾では、患者の子どもの発育が悪い、知能指数が低い例などをきちんと調べていますが、日本ではあまり研究されていません。特に、認定されなかった人やその子どもは関係ない、と。

 私も九州大の油症治療研究班に十年ほど参加しましたが、研究班は、治療研究よりも学問的な研究が主体でした。典型的とされる症状だけを取り扱い、それ以外の症状は門前払いです。もし被害者に対して真剣に取り組めば、神経毒性や免疫抑制、胎児毒性など、いろいろなことが明らかになったはずです。

 黒いにきび状のできもの(クロルアクネ)などの皮膚症状が出ず、認定されていなくても、ずっと体調が悪い人がいます。むしろ、被害としては大きいのかもしれない。皮膚症状は原因物質の排出とみることもできるからです。

 PCDFの中で特に毒性が強いものの半減期は、六〜三十六年と相当長いのです。数十年たっても、半分より少し減った程度です。大事なことは、未認定患者も含めて、現状はどうなっているのか。国も一度、洗いざらい調べないといけないと思います。

 (聞き手・谷岡聖史)

 <みやた・ひであき> 1944年、大阪府生まれ。専門は環境化学、食品衛生学。大阪府立大大学院修了。カネミ油症の原因物質に関する研究で農学博士。著書に『ダイオキシン』など。

 

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