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考える広場

大きいことはいいことか?

 石油元売り、地方銀行−。企業の経営統合が続いている。経営環境が厳しさを増す中、規模の拡大で生き残りを図る戦略だが、大きさだけが企業の力か。あえて規模を追わない会社もある。

 <企業の経営統合> A社とB社を統合する場合、さまざまな手法がある。合併では、A社を存続会社とするとB社は清算する。買収では、A社がB社の株式の大半を取得して傘下に収めるが、B社は存続する。持ち株会社を作り、A社、B社がその傘下に入る方法もある。友好的な場合が多いが、ときには敵対的なケースもある。

江上剛さん

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◆その場しのぎは限界 作家・江上剛さん

 高度成長期や人口が増えている時代、合併は会社が大きくなってシェアを広げるという夢や希望に満ちたものでした。今の時代、合併は守りです。競争を回避して生き残りを図るための。グローバル化の中で勝者の総取りが進み、大きくないと投資もできない。日本企業は今まで自前主義でしたが、それでは遅れるという認識が広まっています。だから、時間を買おうとするのが今の合併です。

 銀行出身なので金融機関の話をしますと、最近は地方銀行で合併が相次いでいます。マイナス金利などによる収益の悪化に加え、ITと金融が融合した「フィンテック」などの新技術への対応で経営強化が必要なためということは分かります。

 しかし、現場の気持ちは複雑です。金融庁から早く合併のメリットを出せと言われ、店舗を廃止したり人員を削減したり。その結果、従業員のモラールは下がり、お客さんとの長い付き合いが切れてしまう。みんなから「何のための合併だったのか」という声が上がっているそうです。「結局、リストラのため? 生き残って何をするの?」と。展望が見えない。これが本当に守りになるのでしょうか。

 逆に言うと、合併で消費者、顧客がないがしろにされつつあるともいえます。セブン&アイ・ホールディングスの最高経営責任者(CEO)だった鈴木敏文さんは「上から目線の『お客さまのために』ではなく、お客さまの立場になってビジネスをしないと間違える」と言いました。

 クラウドファンディングを取材したことがあります。「資金需要がない」なんて偉いさんは言いますが、山ほどニーズが舞い込んでいました。出資者は利子の代わりに、社会貢献をしたという満足感が得られます。これって頼母子講(たのもしこう)みたいなもので、金融の原点なんですよ。でも、今の銀行は自分の利益のためだけに動いているから、こういうニーズに全く応えようとしていない。

 結局、ビジョンのない合併でその場をしのいでも、いずれ限界が来ます。未来を提示しないと。経営者が考えるべきは、自分たちを時代に合わせてどう変化させていくか。それは消費者の立場になって、消費者から見た時に自分たちの産業、事業がどう見えているか、消費者が何を求めているかという原点に返るということではないですか。

 (聞き手・大森雅弥)

 <えがみ・ごう> 1954年、兵庫県生まれ。銀行員時代の2002年に作家デビュー。『隠蔽指令』『ラストチャンス 再生請負人』など著書多数。近著は『会社人生、五十路の壁』(PHP新書)。

◆消費者にも利益還元 元企業財務アドバイザー・中村聡一さん

 企業の合併・買収(M&A)にはいろいろな形態があります。昔からある同業他社の救済合併や、経営権を争う敵対的M&Aは別として、経営戦略の一環としてM&Aが日本で本格的に行われるようになったのは二〇〇〇年前後からです。不良債権を抱えた金融機関の淘汰(とうた)・再編という形で始まり、バブル崩壊後の不況の長期化で構造改革が必要になった他業種にも広がっていきました。

中村聡一さん

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 経済が順調に成長を続けているとき、企業は他社と合併しなくても自力で成長できました。しかし、経済が成熟化して停滞してくると、自力では成長できない。新たな成長戦略が必要になります。他社と手を組んで成長を目指そうとしたとき、一つの選択肢がM&Aです。いま、日本での年間件数は、大小合わせて三千件ほどあり、経営戦略として定着したと思います。

 M&Aの目的は、新事業への参入であったり、選択と集中であったり、事業承継であったりとさまざまですが、どんな目的であれ企業価値の向上につながるものでなければなりません。企業価値とは、財務の健全性と中長期的な意味での収益性の向上です。

 そういうM&Aで新たな企業価値が創出されれば、企業は株主、社員、消費者といったさまざまな利害関係者(ステークホルダー)に対して、それを還元できるし、企業とそれぞれの利害関係者がウィンウィンの関係になれます。特定の利害関係者、例えば消費者が虐げられるような構図を中長期的に維持するのは難しいでしょう。

 M&Aで巨大な企業が誕生した場合、その会社が利益をすべて持っていってしまって、消費者や取引先企業につけが回る危険はないか。そんな疑問があるかもしれません。しかし、今はネットが高度に発達した時代です。仮に消費者がないがしろにされていると感じればネットで告発することができます。そういう状況で、企業は消費者への分配に以前より配慮せざるを得なくなっていると思います。

 いくつかの基幹産業で、M&Aによる構造変化が実際に起きましたが、その過程で消費者がつけを払わされたとは聞いていません。むしろ、消費者へのサービス向上や、顧客満足の獲得によって企業価値を高めようという方向に経営者の意識が変わったと感じています。

 (聞き手・越智俊至)

 <なかむら・そういち> 1964年、神奈川県生まれ。米コロンビア大大学院修了。国際会計事務所KPMGに勤務。国内外で多くのM&A実務に携わる。現在は甲南大専任教員。テニスの元日本代表。

矢入賀光さん

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◆小さく保ち品質重視 ヤイリギター社長・矢入賀光さん

 三十人の職人が岐阜県可児市の工場でギターを作っています。職人の数は、長い間変わっていませんし、今後も増やすつもりはありません。一日に作れるギターはせいぜい二十本です。海外メーカーの中には一日八百本も作っているところがありますが、機械化して増産しようとは思いません。今の人数で、できる数の製品を丁寧に作っていきたいと考えています。

 先代社長の矢入一男は生前「会社は大きくしてはいけない。小さくていい」と、常々言っていました。東海地方は昔から楽器製造が盛んな地域で、ギターメーカーも数多くありました。輸出が好調だった時代、大量生産と販売、設備投資を重ねて大きくなった会社もありました。ところが、そういう会社は、ほとんど姿を消してしまった。それを見ていたので、大きくしてはいけないと考えたのでしょう。業績がよく利益が上がっているときには、大きくする方が簡単です。あえて小さく保つのは難しいことです。

 会社の規模や生産本数より大切にしているのが品質です。スローガンは「高品質より我ら生きる道なし」。ヤイリギターは基本的にすべて手づくりです。ギターの材料は木材なので、一枚一枚違います。同じものはありません。その材料の性質、性格を職人が見極めて、それぞれの材料に合った接着剤を選び、補強材の厚さや強さを決めます。こういう仕事は、機械にはできません。

 アフターケアも大事にしていて、ユーザーには永久品質保証をしています。期限は設けず製品にトラブルがあれば格安で修理しますし、弾きにくくなったら調整します。ギターがユーザーの手に渡ってから長いお付き合いが始まります。修理・調整を希望するギターは一日に四、五本工場に届きます。永久品質保証は、大量生産ではないからできるサービスと言えます。

 米国の大手ギターメーカー、ギブソンが五月に経営破綻しました。ギブソンは音響機器メーカーなどを買収して多角化を図ろうとしていました。本業の業績は悪くはなかったのに、多角化がうまくいかず破綻したと聞いています。

 当社は、買収とか合併とか考えたこともありません。先代社長は「ヤイリは面白い」が口癖でした。そういう会社であり続けたいと思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <やいり・よしみつ> 1961年、大阪府生まれ。中日本自動車短期大卒。自動車ディーラー、輸入車の中古パーツ販売会社に勤務した後、2005年にヤイリギター入社。14年から社長を務める。

 

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