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「安保法制」違憲を問う声は 桐山桂一・論説委員が聞く

 安全保障関連法を「違憲だ」と問う訴訟が全国各地で起きています。歴代内閣が守ってきた「集団的自衛権は行使しない」という判断を、安倍晋三内閣は閣議決定で覆してしまいました。憲法学者から「法学的なクーデターだ」との声も上がりました。その危機意識から湧き起こった訴訟の意義について、原告弁護団の一人、杉浦ひとみ弁護士に聞きます。

◆戦争しない日本守る 東京訴訟・原告弁護団 杉浦ひとみさん

杉浦ひとみさん

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 桐山 どのくらいの人々が安保法制の違憲訴訟を起こしているのですか。

 杉浦 東京や大阪、名古屋など全国の二十二地裁で二十五件の裁判を起こしています。国家賠償請求の訴訟と法の運用の差し止めを求める行政訴訟の二パターンがありますが、原告の数は七千五百十六人に上っています。

 空襲や原爆の被害者、自衛官の親、基地周辺住民、戦場ジャーナリストや海外NGO職員、憲法学者や教員もいます。「誰の子どもも殺させない」というママの会の方たちや、戦争が起きたら逃げられない障害のある方も多数います。名古屋訴訟では、ノーベル物理学賞の益川敏英さんも原告です。

 桐山 ただ日本には憲法裁判所がないので、具体的な被害事実が裁判では必要ですね。

 杉浦 安保法制自体が国民に大きな被害を与えていると考えています。

 桐山 憲法では、前文で平和的生存権をうたい、一三条で包括的な人権を保障しています。とりわけ九条の平和条項はその制度的な裏付けとなっています。

 杉浦 集団的自衛権による武力の行使や、他国の軍隊の武力行使を日本が支援することは、憲法解釈では不可能です。それを可能とした安保法制によれば、日本の領域外に出向いて武力行使もできます。九条の下では生じなかったはずの戦争に巻き込まれる危険と機会を増大させることになります。

 日本が他国軍隊の攻撃に加担すれば、敵対する他国からの攻撃やテロリズムの対象となること、戦争の当事者となることも覚悟せねばなりません。この状況にあることが被害なのです。例えば戦争で孤児になった人は寄る辺ない孤独と苦しみ、深い心の傷を負いましたが、それはかろうじて平和と引き換えでした。人生の終末にこの平和さえも奪われる無念は筆舌に尽くしがたいものです。

 原爆の被害者が見たこの世のものとは思えない地獄絵図は、今も鮮明に彼らの脳裏に残っています。そして自らも放射能の影響と差別に苦しんできたのです。戦争になる恐怖は体に刻み込まれた戦慄(せんりつ)を呼び起こすのです。平和に生きる権利は、こういった原告の人格と一体となっているのです。

 また、本来憲法に反する法律を作るなら、まず憲法自体を変える手続きを取らねばならないはずです。その手続きが踏まれていれば、原告らは憲法を変えさせない活動をしたはずで、国民の憲法に関与する権利、つまり憲法改正決定権(原告側の造語)の侵害だと訴えています。

 桐山 戦争をしない憲法が自己の誇りであり、生きる支柱である人はまさに人格権を侵害されたというわけですね。法廷ではどう原告の権利侵害の証明をしているのですか。

 杉浦 原告の証言です。ただ、その証言内容を裏付けるためには証人の証言が必要です。たとえば本当に戦争になる危険があるのかについては自衛隊や軍事に詳しい証人が有用です。

 戦時下の悲惨さ、戦後の苦しさについてはそれを知る者の証言が必要です。前者には軍事評論家の前田哲男氏ら、後者には作家の半藤一利氏の尋問を請求しました。これまでの政府の憲法解釈については元内閣法制局長官の宮崎礼壹氏を証人申請しました。このように八人の証人申請をしましたが、裁判所は七月に却下してしまいました。

 桐山 なぜでしょう。

 杉浦 必要な証人のはずです。社会的な反響を恐れたのではないでしょうか。危険性が法廷で顕著に示されたり、立法過程の手続きの問題点などが法廷でリアルに再現されるとインパクトを持ちます。国民の注目が集まることを恐れたのではと思わざるを得ません。また裁判官の問題も感じています。

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 杉浦 国家賠償訴訟では、提訴から一年十カ月あまりの間に裁判長の変更が三人目、右陪席の変更は四人目、左陪席は二人目。短期間に次々と代わっています。担当から外れた裁判官がなお東京地裁に在籍し、同じ部にいる人も。実におかしい。

 裁判は法廷で直接、審理するという直接主義という原則があります。その趣旨からすれば直接尋問を聴取した裁判官が判断に当たるのが望ましいはずです。そのほか裁判長が記録もまだ読めていないかと思われる着任早々の協議の際に「証人は不要」の意思を示したこともあり、私たちは裁判官の忌避の申し立てをしました。

 桐山 そもそも集団的自衛権の問題のとき、政権はいわゆる砂川判決を根拠としました。しかし、この判例は個別的自衛権について述べたもので、集団的自衛権など視野にもありませんでした。憲法学の世界でもそれが常識です。政府見解でも長く「集団的自衛権は憲法上、許されない」と公式に述べています。それを二〇一四年七月に一政権限りの閣議決定でひっくり返してしまった。法秩序の連続性を転覆させた。だから、法学的なクーデターであるという指摘がなされ、立憲主義に反すると大きな声が上がりました。

 杉浦 今のところ国側は「違憲」との指摘への反論はしていません。裁判所も違憲と判断するのも、合憲とするのも大変、つまり憲法判断を避けたいのではないでしょうか。でも、今の政治は内閣の専断、議会の多数決の横暴による立憲主義違反です。これを正すのは司法しかありません。憲法の核心部分をゆるがせにせず、裁判所にはこの事件に正面から向き合って、毅然(きぜん)とした態度を示してほしい。

 裁判所の判断の仕方としては、憲法判断を一切しない、傍論で「違憲」と記す、「合憲」とする−のパターンがあります。でも、違憲か合憲か分からない中途半端な状態で、もし自衛隊が交戦状態になったら、どうするのでしょう。一刻も早く安保法制を違憲とし、この法制を廃止してもらいたいと思います。

 桐山 杉浦さんは軍隊を持たないと憲法に明記した中米のコスタリカをこの夏に訪問されたそうですね。

 杉浦 ノーベル平和賞を受賞したアリアス元大統領と面談をしました。「紛争は平和的に解決すること」が国民に根付き、再軍備を望む国民は皆無だそうです。「平和の配当」つまり軍事に使わない資源を人間の一番本質的なところ、教育、健康、環境、グローバルな社会における競争力の向上などに回すべきである、とも。

 武力の行使は不幸と怨恨(えんこん)を拡大しますが、平和の配当は国内外の人々に富を分け、国際的な称賛を広げます。今の憲法こそ日本を生かす道なのです。また、コスタリカでは憲法改正では少なくとも二つの政権で検討すると定めています。憲法はそれだけ重要な規範で、慎重な検討が必要なのです。

 <すぎうら・ひとみ> 1956年生まれ。愛知県岡崎市出身。中央大法学部卒。子育て中の主婦だった39歳の時、司法試験に合格、弁護士に。少年事件やいじめ、体罰など学校問題、障害者や犯罪被害者の問題、女性の権利、憲法問題などに取り組む。48年に軍隊を放棄した中米コスタリカに学んで平和をつくる市民の活動を2003年から行う。安保法制違憲訴訟の会・共同代表。

 <砂川判決> 米軍立川基地(東京都)拡張反対運動の中で駐留米軍の合憲性が争われた事件。「わが国が存立を全うするために必要な自衛のための措置を取り得ることは、国家固有の権能の行使」との最高裁の判示(1959年)をとらえ、安保法制に際し、「自衛のための措置」に集団的自衛権も含まれると政府が解釈。72年の政府見解では「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」としていた。

 

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