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平成ダイアリー ある30年

(番外)28年ぶり並んだ父娘

28年ぶりに再会した実父の髪を切るあやか=名古屋市内で(岡本沙樹撮影)

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 平成が間もなく終わる今月中旬の昼下がり。二十八年ぶりに娘に会うために、男性が名古屋市内の理容室を訪れた。「こう見ると、顔の輪郭似てるね」。店長を務める娘はこう言った。

 二人は、本紙で一月に連載した「平成ダイアリー」の主人公「あやか」と、その実父(52)。平成元(一九八九)年に生を受けたあやかは、すぐに父と生き別れた。長い空白を埋めるように、鏡越しの会話が続いた。

 父も鏡の中のあやかに目をやり、はにかんだように「思ったより顔が小さいね」。父の髪にはさみが入る音が、小気味よく響いた。

 二歳で両親が離婚し、母に引き取られたあやかに、父の記憶はない。その母ともすぐに死別。血のつながらない義父や祖父母との生活は、厳しいしつけや家事で息が詰まりそうだった。小学生で家出を繰り返し、中学生から児童養護施設に入った。

 そんな境遇を描いた本紙連載の取材をきっかけに、あやかと父は昨年末からLINE(ライン)で連絡を取り合うようになった。

 父が、最初に送ったのは謝罪の言葉。「親の都合で悲しくつらい思いをさせて本当にごめんなさい」。離婚時に決めた「子どもたちとは会わない」という約束を守り、あやかと一つ下の妹がどんな境遇を歩んできたか、知るよしもなかった。気になってはいたが「幸せに暮らしているはず」と言い聞かせてきた。

 互いの仕事の都合で、この日の対面は、それから四カ月後。「平成が終わる前に会いたい」という、あやかの強い願いだった。

 互いの写真を送り合っていたが、父と顔を並べるのは初めて。鏡の中の二つの顔を、それぞれが見つめる。散髪、シャンプー、毛ぞり…。少し緊張気味に、でも終始ニコニコして手を動かすあやかに、父が言った。「素直に笑えるってことは、幸せだよ」

 散髪中、あやかはこれまで支えになってくれた人たちの名前を挙げ、父に報告した。その中には、小学生時代にいつも気に掛けてくれていた学校職員の女性がいた。今年一月、知人の葬儀で再会し、缶の貯金箱を二つ渡された。姉妹が施設に入ったことを知り、二人のために貯金し続けてきたものだと伝えられた。

 「すごい人が周りにたくさんいたんだね」

 「今思えば、恵まれてた」

 髪を切り終え、店を出ようとする父に、あやかはハグを求めた。応じた父の、長い、長いハグ。翌日、妹も含めて父娘三人のグループLINEができた。また会う約束もした。明くる朝、あやかは何げなく、メッセージを送った。

 「いい事ありますよーに」 =敬称略

 (斎藤雄介)

 <「平成ダイアリー」のあらすじ> 平成元(1989)年、愛知県豊田市で女の赤ちゃんが生まれた。名はあやか。物心つく前に両親が離婚した。母はあやかと年子の妹を連れて再婚したが、病に倒れ、帰らぬ人になった。あやかは血のつながりのない父や祖父母との暮らしの中で居場所を失い、小6の終わりに家を飛び出した。手を差し伸べたのは妹の同級生のスパゲティ屋さん。新たな生活の場となった児童養護施設では周囲に支えられながら成長し、社会に出た。理容師として慌ただしく過ごしていた平成最後の師走、実の父からメールが届いた。

 

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