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平成ダイアリー ある30年

(6)特別な年の瀬 私、幸せもんだった

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顔も声も覚えていない父との間を結ぶLINE。やりとりはほぼ毎日続いている

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 平成最後の−。平成三十(二〇一八)年、あやかの師走は、そんなイベントじみた感傷には浸る暇がないほど、慌ただしく過ぎていった。

 店長として切り盛りする理容室の電話が、ひっきりなしに鳴る。手書きの予約帳は、大みそかまでほとんど埋まっていた。午後九時半に営業を終え、照明を落とす。後片付けを終えて一息つくと、頭をよぎる心配ごとがあった。「ママ、大丈夫かな」

 ママとは、愛知県豊田市でスパゲティ屋をやっていた吉木美子(49)。小学校を卒業してすぐ、義父と祖父母に厳しくあたられる日々に耐えかね、家を飛び出したあやかを引き受けてくれた。ママは一年二カ月前、「余命一年」と宣告される末期がんを患っていた。

 店が休みの月曜日。病院へ見舞うと、ママは緩和ケアの病室でベッドに横たわり、全身に転移したがんの痛みに耐えていた。雨上がりの空にかかっていた虹の写真をスマートフォンで見せると、表情が少し和らいだ。

 両親の離婚に母の死、血のつながらない家族との暮らし、そして家出。でも、施設の生活や就職した後も、いつも近くに支えてくれる人がいた。

 「振り返ると、私、幸せもんだった」

 ママを見舞う前、八歳で亡くなった実母の墓参りに立ち寄った。あやかは墓前で、「ごめん」と心の中でつぶやいた。その数時間前、二歳で生き別れた実の父から頼まれた伝言だった。母と別れる際、子どもたちといっさい連絡をとらないと約束していた父の「ごめん」。

 父の所在は三十年近くわかっていなかった。あえて捜しもしなかったが、中日新聞の取材を受け、自分の携帯電話の番号を託していた。十二月のある夜。仕事を終えて部屋でくつろいでいると、突然、ショートメールの着信音が鳴った。

 二十七年前 親の都合で悲しく辛(つら)い思いをさせて本当にごめんなさい

 今まで苦労した分これからは誰よりも幸せな人生を送って欲(ほ)しい

 泣きながら文面を追った。返信するまでに、一時間かかった。

 生きてて良かったです!

 あやかは、母の死や、姉妹の近況を少し報告した。父も、もどかしかったのだろう。

 ショートメールだと文字数が限られるからLINEでもいい!?

 いいよ!!

 空白の時間を一気に埋めるように、お互い、言葉があふれだす。幼いころ、あやかは父親似だった。父は、後の名古屋グランパスとなるトヨタ自動車のサッカー部に推されるほどうまかった。あやかも、サッカーが得意だったと伝えた。父はずいぶん前に、新しい家族ができた…。スタンプや写真で距離を縮め、やりとりは、日付が変わるまで続いた。

 そして、平成最後の年の瀬を経て、迎えた正月。父とはほぼ毎日、LINEでやりとりするようになった。

 今日から又、店長として無理のない様に頑張って下さい

 年始の休みが終わり、店に立った五日も、また新しいメッセージが届いていた。=敬称略、終わり(この連載は、細井卓也、斎藤雄介が担当しました)

 ◆スタンプ 人気に <LINE(ライン)> 利用者同士がメッセージの交換や通話を無料で楽しめる、主にスマートフォン向けのアプリ。平成23(2011)年に国内でサービスが始まって以降、スタンプと呼ばれる絵柄のやりとりが人気を呼び、急速に普及した。一度に送信できる文字数は1万文字。グループで一斉に交流できる機能は職場などで活用されているが、複数人から言葉の攻撃を受ける「LINEいじめ」が社会問題化している。

 

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