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平成ダイアリー ある30年

(4)夢のなでしこ ずっといられない

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施設のグラウンドでフットサルに熱中する女の子たち。あやかもこの場所で、ボールを追いかけた

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 情緒障害児短期治療施設。つまり、軽い問題行動などを、入所して治す場所。非行に走る少年少女を早い段階で更生させるのも、目的のひとつ。

 平成十四(二〇〇二)年、中学校に進んですぐに妹の同級生の家に転がり込んでいたあやかは、血のつながらない父や祖父母との暮らしを拒み、この施設での生活を選んだ。生まれたときから数えて、六つ目の「家」。「なんていいとこなんだろう」。第一印象でそう思った。

 なだらかな丘の上、家畜のふんの臭いが、どこからともなく鼻をつく。施設の敷地内に中学校があり、許可なしに、外に出られない。閉じられた空間のはずだが、毎日、友だちと寝泊まりでき、大浴場もあった。授業を抜け、先生とじっくり話ができる週一回のセラピーも楽しみだった。

 この施設は中学までしかいられず、高校進学を控えたあやかは中二の終わりのころ、名古屋市近郊の児童養護施設に移った。

 平成十六年、澤穂希率いる女子サッカーのなでしこジャパンが二度目の五輪出場を決めた。子どものころからボールを蹴るのが好きだったあやかも、その気になった。体育の授業でボレーシュートの筋がいいと褒められ、高校入試の集団面接では「趣味はリフティング」と真顔で答えた。

 高校で、男女関係なく誰とでも仲良くするあやかに、クラスの女友だちは「空気読めないね」と言った。そんな教室での人間関係が煩わしく、高一の一学期の途中から学校をサボるようになった。施設に帰らず、仲のいい同級生の家で過ごし、公園で弁当を食べ、たばこをくわえた。

 週の半分は、学校に行かない。別に、先のことはどうでもよかった。

 夏の日曜日。施設の部活動で打ち込んでいたソフトボールの練習後、男の指導員からベンチに呼び出された。名前はキタガワラ。熱血ぶりから「鬼瓦」とあだ名され、子どもたちに恐れられていた。

 鬼瓦はしかし、穏やかな口調で切り出した。「学校行ってないのか。やめるつもりか」。あやかは「えへへ」と笑ってごまかすだけ。鬼瓦は続けた。「学校やめちゃうと、ここにもいられなくなる。今、セカンドのポジションに穴があくのは、困るんだわ」

 高校の勉強は好きじゃなかったが、それからサボるのをやめた。元来、愛想がいい。トリノ冬季五輪で荒川静香が金メダルをとると、教室でイナバウアーを臆面もなくやってみせ、同級生を笑わせた。友達からルーズソックスを借り、制服デートもした。

 施設という「家」と、高校の間で脇道にそれつつも、それなりに楽しい時間を送っていたが、施設の暮らしは高校卒業まで。高二の夏。施設の高校生が集う交流会に参加した。同世代の仲間は「お世話になった施設の先生になりたい」などと将来の夢を語った。少し考えさせられた。

 進学は、はなから頭にない。格差社会が流行語になっていた。社会に飛び込んで、いったいどうしていこう。施設を出たら、どこに住めばいいのだろう。(敬称略)

 ◆コギャルに人気 <ルーズソックス> 足首のあたりを緩くたるませてはく靴下で、1990年代に都市部を中心に大流行した。茶髪にミニスカートなど流行に敏感な女子高生「コギャル」の間で人気となり、ブームは地方にも波及。2000年代まで続いたとみられる。地面に擦れるほどたるませる「スーパールーズ」も一時流行した。その後、紺のハイソックスなどに取って代わられたが、最近もファッションの一つとしてディズニーランドなどではく若者がみられる。

 

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