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中世坂本の集落確認 水晶の破片やひも付きの荷札木簡発見

 大津市教委は23日、同市下阪本の坂本城跡周辺の発掘調査で、同城築城前の15世紀後半〜16世紀前半の、集落の遺構や遺物が見つかったと発表した。今回の発見により、中世の坂本集落が、これまで考えられていたよりも広い範囲に展開されていたことが分かった。また、全国的にも珍しいひも付きの荷札の木簡も見つかった。

遺構や遺物が発見された調査現場=大津市下阪本で

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 調査地は877平方メートルで、宅地造成のために昨年10月から今年1月まで調査している。すでに集落跡が発見されていた1983年の調査地点より、約400メートル南に位置している。

 調査地からは、家屋などを建てるための多数の礎石や、石組みの井戸も見つかり、多くの人々が生活していたと推測される。また、用途は不明だが、L字形や方形などの石組みも見つかった。

 全長2〜3センチほどの水晶の原石の破片や数ミリの細片と、砥石なども出土。こうした状況から、水晶を数珠や装飾品に加工する職人がいたと推測される。五輪塔の一部や食器なども見つかり、石工などさまざまな職人が暮らしていたことが確認された。

出土した水晶の原石の破片(左側)や、砥石(右側)=大津市下阪本で

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 ひも付きの木簡は全長13センチ、幅2・5センチで、送り先や中身の詳細などを記入し、荷物にひもで結びつけて使用していたとみられる。当時の坂本地区が、東日本から京都に向けた物流の一大拠点だったことを裏付ける証拠となりそうだ。

発見された、ひも付きの木簡。中央付近の白っぽい物がひも=大津市下阪本で

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 今回発見された遺構や遺物は16世紀前半までのもので、戦国武将・明智光秀が坂本城を築城した16世紀後半のものは発見されなかった。16世紀後半には、坂本城築城に伴って人々が移住したか、織田信長による比叡山焼き打ちなどの戦火から人々が逃れて去った可能性が大きいという。

 市教委文化財保護課の西中久典さんは「集落の範囲が広く、人口も多かったことは文献で示されていたが、発掘調査によって裏付けされた。遺物の発見によって、どのような人々が暮らしていたかも分かった」と話した。

 市教委は25日午前10時半から、一般向けに現地説明会を開く。調査地は、下阪本小学校から約400メートル南で湖西バイパスやJR湖西線に隣接している。同課=電077(528)2638

(中日新聞・柳昂介)

 

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