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さようなら高木守道さん

プロ野球を代表する二塁手として活躍し、現役引退後は二度にわたって中日の監督を務めた高木守道さんが17日死去した。78歳。岐阜県出身。

1959年11月14日、中日ドラゴンズに入団した高木守道選手(左)=岐阜市出身=と高木一己選手(右)=大垣市出身。後列中央は当時の平岩球団代表

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1960年5月7日、中日―大洋7回戦の八回にプロ入り初ホーマーを放つ高木守道選手

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1965年、日本の最先端と称された高木守道選手(右)と一枝修平選手の二遊間コンビ

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1974年、晴れやかな顔、顔、顔…20年ぶりの優勝に涙、笑顔で声援を送るファンにこたえ、星野仙一、高木守道を先頭にトロフィー、ペナントを引いて場内を一周するドラゴンズナイン

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1977年6月14日、中日×大洋10回戦 高木守道選手は1回に続き2回にもソロホーマーを放ち、通算して阪神戦から4打席連続ホーマーの快挙を達成。総出で迎えるナイン「いやー恐れ入りました」の表情=ナゴヤ球場で

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1978年4月5日、広島―中日2回戦で2000本安打を放つ高木守道選手=広島市民球場で

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1980年11月8日、第2回セ・リーグオールスター東西対抗で引退を惜しむファンの声援を背に帽子を振りながらグラウンドを後にする王貞治さん(左)と高木守道さん

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1981年3月29日、中日×阪急オープン戦で行われた引退試合で満員のスタンドに応える高木守道選手

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1991年10月18日、就任会見で抱負を語る高木守道・中日新監督=名古屋市中区のクラブ東海で

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ドラゴンズOB会で握手する高木守道監督(右)と星野仙一前監督=1991年11月24日、名古屋市中区の名古屋国際ホテルで

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ヤクルト×中日26回戦 帽子を振り、球場を去る高木守道監督=1994年10月4日、神宮球場

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2004年11月23日、県岐阜商創立100周年記念祝賀会のトークショーに出演し笑顔で高校時代を振り返る和田一浩選手(左)、高橋尚子選手(中)、高木守道さん(右)=岐阜市ので愛ドームで

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野球殿堂入りの表彰を受ける高木守道氏(左)と山田久志氏=2006年7月21日、神宮球場

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2011年12月2日、就任会見で、「Join us ファンと共に」と書かれた紙を手に来季の抱負を語る高木監督=名古屋市中区の中日パレスで

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2012年1月21日、こども記者たちから取材を受ける中日ドラゴンズの高木守道新監督=中日新聞社で

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中日−楽天、交流戦3回戦 ベンチから戦況を見つめる高木監督=2012年6月8日、ナゴヤドーム

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ノーヒットノーランを達成した中日・山井を祝福する高木監督(左)=2013年6月28日、横浜

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2015年10月31日、少年野球教室で子どもたちに捕球方法を指導する高木守道さん=岐阜県山県市の市総合グラウンドで

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「立浪和義氏野球殿堂入りを祝う会」に出席する高木守道さん=2019年12月5日、名古屋市内のホテル

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