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あの人に迫る

鈴木大裕 教育研究者、高知県土佐町議

写真・坂本亜由理

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◆市場原理導入は公教育崩壊招く

 高知県土佐町議会が、全国学力テスト(学テ)の実施見直しを求め立ち上がった。中心となったのは同町議で、「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」の著書がある教育研究者の鈴木大裕さん(46)。テストの点数に基づく学校の序列化や、ビジネス化する教育…。日本にも公教育崩壊は忍び寄っていると警告する。

 −学テは、どこが問題か。

 土佐町議会は昨年十二月議会で全員参加式の学テを抽出式に変更するよう求める意見書を可決した。目的は、公教育の市場化を止めること。公教育にビジネス理論を導入し、教育を数値化し、テストで子どもや教員を競わせれば教育はよくなるという考えは間違っている。米国では点数で学校が序列化され学校の「塾化」が進み、義務教育における格差が拡大した。民主主義の根幹となる「公」そして「教育」という概念そのものが崩壊を起こしている。日本でも同じことが起こりつつあるように思う。

 学テは第一次安倍政権の二〇〇七年から小六と中三を対象に行われているが、民間企業に年三十億〜五十億円もの税金を投じて実施されてきた。民主党政権では抽出式になったが、第二次安倍政権は再び全員参加式に戻し、成績を開示可能にした結果、自治体、そして学校間の点数競争を引き起こしている。都道府県の約七割、政令市の八割以上が独自のテストも行い、政令市の中で学テが二年連続全国最下位だった大阪市長は、結果を教員評価や学校への予算配分に反映させる制度まで作ろうとした。多忙な教師たちは点数アップの事前対策に追われている。

 米国では〇一年にブッシュ政権がテストによる教育の徹底管理と標準に到達しない学校への制裁を義務付けた。貧困地域では学力低迷を理由に公立校が閉鎖される一方で公設民営の「チャータースクール」が新設され、学校は生存をかけて点数の取れる生徒を奪い合う結果になった。

 私は長年米国で暮らし、貧困家庭が集まるニューヨークのハーレム地区の公立小学校に娘二人を通わせたが、学校には体育、美術、音楽などの教師がいなかった。低学力の学校は、算数や国語などテスト教科の準備に時間を割き、テスト対象でない教科は省略されるからだ。親は学校を選び、学校は生徒数が減ると予算が減らされ、優秀な教師が他の地域に逃げていくという悪循環だった。

 −日本でも公教育民営化は進むのか。

 一三年に当時の下村博文文部科学相は、定例会見で米国のチャータースクールをイメージして公設民営学校の普及を進めたい考えを示しており、大阪では既に始まっている。ここ数年教育への関与を急速に強めている経済産業省の動きにも注視が必要だ。経産省は一八年に「未来の教室」という実証事業を立ち上げ、教育とテクノロジーを組み合わせる「EdTech(エドテック)」を導入、学校外のオルタナティブ(代替)教育サービスや学校の働き方改革などを進めてきた。

 私は、学校業務の民間委託を加速する経産省主導の「学校における働き方改革」で、公教育民営化の波が一気に押し寄せる危険性がある、と講演の度に警告してきた。だが、「未来の教室」事業の事務局が、米国で公立学校の大規模な閉校と公設民営学校の拡大による公教育民営化を推進してきたボストン・コンサルティング・グループという企業だと知った今、その懸念は増すばかりだ。教育への介入を強めれば、子どもの教育はしだいに経済界の要求に服従するようになるのではないだろうか。

 政府は総額約四千億円をかけて、小中学校で子ども一人に一台パソコンを配布する方針も示している。だが、教員不足が全国で深刻化する中で、パソコンにお金をかけている場合なのか。テストやテクノロジーに莫大(ばくだい)な金をかける前に、まずは私たちの子どものために基本的な教育環境を整える責任がある。いったい誰による誰のための教育「改革」なのか?

 −なぜ土佐町議に。

 一つには小さな地方議会の高齢化の問題がある。健康保険などの社会保障は一切なし、手取り月十六万円程度の議員報酬、当選するかどうかもわからないとなれば、子育て世代でわざわざ会社を辞めて出馬する人はいない。誰かが変えるきっかけをつくらないと、と思った。議員の前は教育関係のNPOで働いていたが事業委託の予算を文科省から引っ張ろうとすれば、学テすらオープンに批判しにくくなる。NPO職員としての仕事と、教育研究者としての仕事の間に齟齬(そご)が生じ始めた時期でもあった。

 私は、新自由主義的なモノ・カネの価値観に対するアンチテーゼは、都会からは生まれないと思っている。「勝ち組・負け組」の生きづらい競争社会で人々がつながりを失い、豊かさを見失いがちな今こそ、貨幣は少ないが暮らしは豊かなこの土佐町で、日本の方向性を刺激するような興味深いモデルケースがつくれないかと思っている。

 文科相と財務相宛ての学テ見直しの意見書は、信頼する教育法学者・高橋哲埼玉大准教授、労働問題に詳しい菅俊治弁護士、教育条件整備に詳しい公立小学校教諭の山崎洋介さんらと作った。学テ廃止ではなく抽出式へ変更を求めたのは一つでも多くの議会で可決されるようにとの戦略的なチョイス。高知県教育長は土佐町が意見書を可決した直後に、「高知県としては毎年度悉皆(しっかい)(全員参加式)で実施することが有効だと考えている」とコメントを出した。国への忖度(そんたく)か、他の市町村議会への圧力なのかわからないが、学テの目的が本当に調査であるなら抽出式で十分だ。

 三月町議会では、教員に一年単位の変形労働時間制を適用しないことを県に求める意見書も提出予定だ。変形労働時間制の導入は教員らの強い反対があったにもかかわらず、政府は昨年末の法改正で導入を決めた。平日の無賃残業を認める代わりに夏休みなど休みのまとめ取りが可能になったが、教員の労働環境の抜本的改善とは言い難い。教員の労働環境は子どもの学習環境だ。教員が子どもと過ごす時間が十分に取れず、翌日の授業準備の時間も確保できない状況で、子どもの学習権を保障できていると言えるのだろうか。

 −教育をどう変えていけば。

 友達にも実情を話せないような極貧家庭の子どもたちがいる。だが、政府は自己責任論に甘んじるばかりで、大事な教育予算はどんどん民間企業へと流れている。大学入試の英語民間試験問題が浮上した際、国会答弁で実施団体の一つのベネッセ関連法人に文科省から天下りしていたことも明らかになった。しかし、萩生田光一文科相の「身の丈発言」が象徴するように政府は格差拡大を是正するどころか是認しているようにすら見える。教育が格差を再生産する社会的装置になって良いはずがない。

 町の存続を次世代の教育にかけると決めた土佐町で、教育をよくしたいと願う人たちの輪を広げていきたい。年に二回、教育関係者、政治家や市民らが集まる教育合宿を開いており、一月には全国から約八十人が集まり学テ問題や変形労働時間制などを話し合った。合宿を機に立ち上げた「全国学力調査を抽出式に!」というフェイスブックのグループには、北海道から沖縄まで七百人以上が参加している。全国の人と人、会話と会話、動きと動きをつないでいくことに大きな希望と手応えを感じている。

 <すずき・だいゆう> 教育研究者・高知県土佐町議員。1973年、千葉市出身。16歳で米国ニューハンプシャー州の私立全寮制高校に留学し、97年コールゲート大教育学部卒、99年にスタンフォード大大学院修了(教育学修士)。帰国後、通信教育で教員免許を取得し2002年から6年半、千葉市の公立中学で英語教諭として勤務した。市場型教育改革について学ぼうと08年に再渡米し、フルブライト奨学生としてコロンビア大大学院博士課程に入学。公教育の市場化と格差拡大を目の当たりにした。娘2人が通ったニューヨークの公立小学校では保護者会会長も務めた。16年に一家で高知県土佐町に移住し、昨年4月に土佐町議会議員選挙でトップ当選。著書に「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」(岩波書店)。

◆あなたに伝えたい

 貨幣は少ないが暮らしは豊かなこの土佐町で、日本の方向性を刺激するような興味深いモデルケースがつくれないかと思っている。

◆インタビューを終えて

 政府は小中学生にパソコン一人一台を配備する方針を示しているが、「本当に必要?」と思ってしまう。経産省の「未来の教室」のホームページを見ると、AI教材を利用した「個別最適化学習」などの文字とパソコンに向かう子どもたちの写真が。だが保護者の一人としては先生がゆとりを持って授業でき、子どもが互いの意見に触れて刺激しあえる環境の充実を望む。

 点数至上主義を招く学テについても、鈴木さんの話を聞いて「本当に必要?」との思いを強くした。税金は民間企業に流すのではなく、先生を増やすために使ってほしい。鈴木さんと、仲間たちの提言に賛同する。

 (細川暁子)

 

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