トップ > 特集・連載 > あの人に迫る > 記事一覧 > 記事

ここから本文

あの人に迫る

里見繁 関西大教授 

写真・佐藤春彦

写真

◆権力が作る冤罪 標的になる弱者

 日本の現代社会に潜むひずみを映像で伝えるドキュメンタリー番組。関西大の里見繁教授(68)は、大阪の民間放送局のディレクターやプロデューサーとして二十年以上にわたり約百本のドキュメンタリー番組を制作してきた。中でもライフワークとするのが「冤罪(えんざい)事件」だ。日本の司法制度の問題点やテレビ局内でのドキュメンタリー番組の位置付けを聞いた。

 −冤罪事件に関わるようになったきっかけは。

 大阪府高槻市で一九八六年に起きた公職選挙法違反事件を題材に、「全員無罪」という一時間のドキュメンタリー番組を作った。落選した自民党の有力府議が支援者向けの宴会で投票を依頼して、一部に現金を渡したという筋書きで捜査は進んだ。全くの事実無根だったが、取り調べられた百四十七人全員がうその自白をしていた。地元の商店主だったり、会社の経営者だったり、社会的に地位のある人が、やっていないのに「やった」と答える。裁判で全員が無罪になったが、簡単にうその自白をするんだなと、驚愕(きょうがく)しました。

 −捜査機関はどのように全員にうその自白をさせたのか。

 最初は一人、二人が自白して、そのうわさが地域で広まるたびに増えていった。なかなか自白しない人には取調室で「セミの鳴きまねをやれ」と迫り、次第に「もう無理だ」とあきらめるようになる。今度はすでに自白をした人が、まだ自白をしていない人に電話で「やったことにした方が楽やで」と促すようになりました。

 −その後もライフワークとして取材し続けたのはなぜですか。

 不謹慎な言い方ですけど、冤罪は推理小説より面白い。国家が検察、裁判所と一緒になって無実の人を痛めつけるのは、権力の最悪の表れ方。なぜ無実なのに検察はやったことにし、裁判所はでっち上げられた起訴状を見抜けないのか。どんなからくりを用いているのかを暴くことは、メディアの仕事が「権力の監視」と言われる通りに大切なことなんです。

 −今も冤罪事件は多く発生していると思いますか。

 今も多いと言いたい。強姦(ごうかん)罪で服役して、出所した後、真犯人が見つかった人に「なんで冤罪だと言わなかったんだ」と聞くと「再審請求したってほとんど駄目だし、早く社会復帰した方がいい。人生は短いんだから」と言われた。世間からは「あいつ本当はやってる」と後ろ指をさされ、戦った末に負けるぐらいなら、知らない土地で真っさらな状態から人生をやり直した方がいいと考える人は多い。

 ある意味、それが賢い選択になっているんですよ。映画『それでもボクはやってない』の周防正行監督によると、映画を見た多くの人から「捕まったらすぐに自白しようと思いました」と感想を言われたそうです。人は恐ろしさを知れば知るほど鉢巻きを着けて戦おうとしなくなるんですよ。僕の番組で「顔を出して頑張る」と戦っていた人も結局、再審請求が認められず引っ越した。だから目に見えるより多くの人が「いいやもう、忘れよう」と苦しんでいると思う。

 −どうして冤罪事件がなくならないのか。

 裁判所の罪は非常に重いと思っている。検察は間違っていると分かって進む「確信犯」、裁判所はそれを素通りする「不作為犯」。捜査機関が冤罪を作り出すときには決まって外国人や前科のある人、発達障害のある人など社会的な弱者を狙ってくる。その上で証拠ではなく自白を集めようとします。裁判官はそうして完成した検察の起訴状が仮説であることを忘れ、真実が書いてあるとうのみにする。言っては悪いが捜査機関はもう治らない。ただし裁判所がどんな冤罪事件でも見抜くようになれば、捜査機関はわざわざ事件を作らなくなりますよ。

 −裁判所の現状をどう分析していますか。

 「疑わしきは罰する」、「難しい科学鑑定は検察の利益に」が僕の考える裁判所の理論。裁判官も理系の人間じゃないし、分からないんですよ。だから怪しい鑑定結果でも検察の主張を全面的に支持する。

 −著書で「無実」と「無罪」を使い分けているが、どういう意味か。

 冤罪が晴れた時に涙を流して喜ぶけど、世間はそうとは見てくれない。新聞で書こうと、再審で無罪をもらおうと、最初に逮捕されて判決がでたら、世間は「本当はやってる」と思い込みます。実際は事実無根の「無実」と判決が出てるのにね。

 裁判でも、証拠がない「無罪」にしなきゃいけないけど、今はそこまで求める余裕がない。だから少なくとも無実と分かっている人は無罪にしましょうよと主張している。日本は司法に守られた国のように思われているけれど、一歩間違えれば全く人権が守られていないことがよく分かる。

 −番組を作る上で心掛けてきたことは。

 絶対に「疑わしきは被告人の利益に」と最初に言わないようにしていた。「やったか、やってないか分からないから無罪にしましょう」という番組は誰も見てくれない。「こんなにもやっていない証拠があるのに捕らわれている」と出した時、初めて手を止めて見てくれる。テレビはそこまで単純化していないと、お客さんをゲットできない業界なんですよ。だから必ず冒頭で「この人は無実です」と伝えてきた。

 −番組放送後、裁判の風向きが変わったことはありましたか。

 あまりなかった。賞を総なめにしたような番組でも視聴率は2、3%だった。深夜帯にひっそりとやっていたから。ディレクターとしては社会的インパクトのある重大な事件だと思っても、ドキュメンタリーはテレビ局の中では邪魔な存在なんですよ。その代わり賞を取ったときだけ社長は「わが社の力だ」とか言うけど、あれはうそですよね。大スポンサーを批判する番組を作ったら、会社中大慌てしたんですから。あらゆる社会問題が大企業や政権の批判に結び付くこともあってか、会社が喜ぶはずもない。

 −そういう風潮もあって、ドキュメンタリーをミニシアターで上映することもはやっている。

 個人的には賛成じゃないんですよ。もっと会社の中で踏ん張れって言いたいんです。2%の視聴率だって何万人もの人が見ている。そっちを大切にしなきゃいけないのに、つい忘れてしまうのかもしれませんね。

 −メディア専攻の教授として学生たちを教えて気付くことは。

 記者になりたいという学生が減っている。大学に着任した二〇一〇年ごろは百人以上が「将来マスコミに行きたい」と手を挙げたが、今では半分以下になってる。授業で昔作った番組を見せるが、事件そのものへの興味は出ても、記者になって世の中の不条理と戦いたいという学生は年々少なくなっていますよ。悲しいことですけどね。

 <さとみ・しげる> 1951年7月岐阜県生まれ、東京都出身。東京都立大(現首都大東京)法学部を卒業後、大阪の毎日放送(MBS)に記者として入社。25歳からドキュメンタリー番組の制作に携わり、早期退職する57歳までに約100本の番組を世に送り出し、冤罪事件をライフワークとしてきた。現在は関西大教授として映像制作の授業を担当している。91年、高槻市の公職選挙法違反の冤罪を巡る「全員無罪〜147人の自白調書」でギャラクシー賞・奨励賞。91年に浜松市で起き、冤罪と指摘される浜松幼児変死事件の容疑者とされた男性を題材にした「出所した男」(2001年)で02年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門・最優秀賞などを受賞。

◆あなたに伝えたい

 裁判所の罪は非常に重いと思っている。検察は間違っていると分かって進む「確信犯」、裁判所はそれを素通りする「不作為犯」。

◆インタビューを終えて

 学生時代、やっていないのに一度は「私がやりました」と言う冤罪当事者の気持ちがよく分からなかった。当時もし、冤罪で痴漢の疑いをかけられても「違う」と主張を貫き通す気力も自信もあったためだ。

 里見教授の番組や著書を見て、甘い考えだったと気付かされた。何日も刑事に「示談金さえ払えば経歴に傷が付かずにすむ」とそそのかされれば、決意が揺らぎ、うその自白をしてしまう。戦わず、見知らぬ土地で人生をやり直そうという選択も決して悪いことではないのかもしれない。「冤罪は人ごととは言えないんですよ」。里見教授がボソッと発したひと言に重みを感じた。

 (大橋貴史)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索