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あの人に迫る

岡原仁志 山口・周防大島の医師

写真・五十住和樹

写真

◆ハグで魂を結び 笑顔の旅立ちを

 山口県・周防大島で医院や介護施設などを営む医師岡原仁志さん(59)は「思いやり、笑顔、ユーモア」をモットーに患者や家族とハグをして人間関係を結び、外来や往診で「医療を楽しい思い出に」を実践する。診察室で誕生日を祝ったり、仮装して往診したり。自宅での看取(みと)りでは、逝く人も送る人も笑顔でいっぱいの時間になるよう支えている。

 −東京の大学病院から移った静岡・伊豆の病院で、初めて在宅医療にかかわった。

 大学病院では約十年、消化器外科医として手術に明け暮れ、がんのワクチン研究もしていました。高い技術を身に付け、命を救いたいという思いです。でも「病気を診れども、人は診ず」。単にがんと向き合うのであれば、患者さんその人を知らなくてもできる。

 伊豆に赴任して在宅の患者さんを診て、入院時とは別人みたいに生き生きしている姿に衝撃を受けました。自宅は安心して暮らせる、自分らしくいられる場所。病院はまったくのアウェーなのです。

 訪問看護の看護師に「先生、自分からしゃべっては駄目」とくぎを刺されました。病院では患者さんが自由に話すのは制止して、こちらの質問に答えてもらうのが普通。助けを求めてくる患者さんに対して、医師が主役です。でも在宅医療はまったく逆。患者さんが自分のことを話すのを「待つ」のです。患者さんに信頼されることがすごく大切。大学病院では患者の満足イコールがんを取り除くことでしたが、在宅では「この医師に診てもらおう」という一歩二歩踏み込んだ顧客満足を心がけるようになりました。

 −患者や家族とハグをするのはなぜでしょう。

 伊豆で在宅医療を始めて五年、どうしたら患者さんといい関係を築けるか悩んでいました。その頃、愛とユーモアの医療を実践する米国の医師パッチ・アダムスさんに会い、セミナーでハグを教えてもらった。最初は抱き締めるだけだったのですが、しばらくして患者さんに抱き締められていると気付きました。ハグはお互いの魂のコミュニケーション。患者さんとの距離を縮め、人間関係をつくります。病院では人間関係などなくても医療は成立しますが、在宅医療では失敗になってしまう。

 余命一、二週という末期がんの男性を診てほしいと奥さんに頼まれました。その短い時間で信頼関係を築かねばなりません。ベッドに上がってハグすると、それを見ていた家族もハグし始めた。亡くなった後、男性の日記が出てきて「俺の人生、幸せだった」。奥さんも「主人を思い出すのがすごく楽しくて」と。その人が家族と満足していい時間を過ごせたかが一番のポイントです。医療は黒子としてサポートするのです。

 −家庭医としての研修を重ね、四十三歳で故郷の周防大島に戻り父親の医院を継ぎました。

 「思いやり、笑顔、ユーモア」をモットーに医院を改装し、待合室を三倍の広さにして、二階を気軽に筋トレやリハビリができる場所にしました。皆が楽しく集まって過ごせる、地域の一部にしたかったのです。マスコットキャラクターをつくり、横たわって治療を受ける部屋の天井には満天の星を描くなど、楽しい内装にこだわった。医院は患者さんには緊張する場所。それを楽しい思い出になるような場所にしたかった。

 当初は月初めの一週間は職員と仮装してたんです。私は看護師姿で往診したり。仮装して一緒に撮った写真をカルテに挟んで次の診察の時にプレゼント。患者さんは大喜びです。電子カルテの会社に頼み、誕生日前後の診療時に「ハッピーバースデートゥーユー」とメロディーが流れるソフトを特注しました。これを聞くと手の空いているスタッフが集まってきて「お誕生日おめでとう」と言う。高齢の患者さんには誕生日のお祝いは想定外のサプライズです。メモリアルな日の積み重ねがその人の人生になる。医療でもそういうことをしたい。

 「次は何があるの。診察や往診が楽しみ」と言われました。笑いやユーモアがある診療なら、リラックスして言いたいことを言ってもらえる。アウェーから自分の家みたいになります。

 病気が治らなくても心を元気にすることができると知りました。大学病院では病気に勝つか負けるか。在宅では患者さんや家族に寄り添えるかどうかです。

 −二〇一二年には廃校となった校舎を無償で借り受け、高齢者住宅やカフェ、介護サービスの複合施設を開業しました。

 患者さんが医院の待合室から帰ろうとしない。聞くと「家に帰っても一人だからここにいる方がいい」って言うんです。また、病院を紹介した患者さんがなかなか島に帰ってこない。家に帰っても食事が一人でできないから島外の施設に入っちゃったって。周防大島町の高齢化率は53・53%。ちょっとした買い物の手伝いや食事を出せる場所があったら島で安心して暮らせる、と思ったのです。

 −逝く人も送る人も皆笑顔で最期の時を迎える。そんな看取りがあってもいいと言っています。

 亡くなる人も、楽しく過ごしたいという気持ちは最期まであるんです。だんだん家族と距離を詰めて診療してきて、いろんな家族から「亡くなったことが楽しい思い出になっている」と教えられました。最期を楽しむってこういうことか。じゃあ、その楽しみをつくるきっかけを私たちがつくって、それを支援しようと。

 終末期を迎えた母親に、娘さんたちが「何かやりたいことがない?」と聞いた。「漬物を漬けたい」との言葉に、娘たちがたるや石、白菜を持ってきて漬けてもらって。何をやりたいかというところにその人らしさが出ます。その人らしさを家族やスタッフが探して、少し医療的に手助けをします。本人がやりたいっていう意思表示が、支援の方向性になるんです。

 看取りって魂のレベルからすると、一通過点。いわゆる旅立ちで、行く人は「ありがとね」と言い、後ろから私たちは「ありがとうございます。またね」と。旅立つ前に、自分の人生やしたいことを語ってもらう。私たちの特色は、それを引き出すのにハグをしてるってことです。患者さんや家族とハグをして、その関係性や楽しさの中で、患者さんが語り出します。

 −外に出ようとする認知症の人も、ハグをすると落ち着くそうですね。

 そもそも認知症って、通常の理解力や記憶力のある私たちが勝手に線を引いているだけ。ハグをすることで、私たちはこの境界を越えていける。認知症の人には、ハグをする瞬間の記憶が残るんです。ハグで魂同士が結ばれる。魂がいったん記憶したものは忘れません。ハグで毎日がメモリアルな日となり、思い出に残っていく。

 終末期での効果も同じです。ベッドでハグをしてもらったら心地がいい。それを家族にしてもらえたら、すごくうれしい。ハグによる魂の「結び」は、亡くなった後もずっと続きます。

 寝たきりの人には何もできないと思う人はいっぱいいる。医者も結構そう言いますけど、そんなことないですよね。手を握るだけでもさするだけでも違う。「そばにいるよ」と伝えようと思ったら、触る、抱き締める。ハグには、言葉では伝わらないものを伝える力があります。

 <おかはら・ひとし> 1960年、山口県生まれ。医療法人おかはら会理事長、おげんきクリニック院長。医師、介護支援専門員。順天堂大医学部を卒業後、同大で消化器外科医として勤務。95年から静岡・伊豆保健医療センターで在宅医療に取り組み、総合診療医となるため地域密着医療で知られる佐久総合病院(長野県佐久市)などで研修。2004年に同クリニックを開いた。12年、訪問介護、訪問看護やサービス付き高齢者向け住宅、グループホーム、デイサービスなどを備えた「おげんきハグニティ」を開設。著書に「奇跡が起きる『仁』の医療」。岡原さんの取り組みを描くドキュメンタリー映画「結びの島」が、20年秋の公開に向けて撮影中。

◆あなたに伝えたい

 だんだん家族と距離を詰めて診療してきて、いろんな家族から「亡くなったことが楽しい思い出になっている」と教えられました。

◆インタビューを終えて

 作家佐野真一さんが「大往生の島」で題材にした周防大島町。超高齢社会を先取りしていると言われた島では、岡原さんによると、年間死者数四百五十人前後のうち四、五十人が孤立死で見つかる。「この島の人たちは息絶えるまで頑張って自分で生活しているから」という。

 取材後夕食を取った店の七十代のおかみさんは、「一人で食べるのは寂しいと来るお客さんがいるからね、店を開けるのよ」と言った。息子や娘たちは島外に出て、静かな瀬戸内の島は本当に静かだ。岡原さんの取り組みは、介護や医療を超えた「地域の力」を保ち続けるための挑戦。日本の近未来を映す島の今に、注目したい。

 (五十住和樹)

 

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