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あの人に迫る

劉燕子 中国出身の文学者

写真・七森祐也

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◆香港市民の精神 中国に響くはず

 香港で普通選挙などを求める若者ら市民の抗議活動。自由を求める精神は三十年前、一九八九年六月四日の天安門事件の精神が香港市民に脈々と受け継がれてきたたまもの、と話す中国出身の文学者劉燕子さん(54)に現在の香港や中国の人権状況などについて聞いた。

 −昨年八、九月に現地で見た香港の印象は。

 十代の女子大生は「警官隊が押し寄せてきたとき、からだが震えました。怖い。でも今行動しなければ将来もっと怖くなる」と話しました。香港では年々自由や権利を求める意識が高まってきて、今回も市民はやむを得ず街頭に出ました。香港の人は政治的に冷淡で金もうけのことしか考えない、とのイメージが強いが、違う。普段はおとなしいが、肝心なときには声を上げます。

 香港には六四記念館があります。天安門事件の記念館で、世界で唯一です。テナントビルの一室で「香港市民支援愛国民主運動連合会」(支連会)が開設しました。支連会は事件の翌年から毎年六月四日夜に追悼集会を開いてきました。「薪火相伝、接好民主棒(トーチの火を伝えあい、民主のバトンをリレーしよう)」と声をかけあい、若い世代も積極的に参加してきました。私が訪れた時、記念館では天安門事件三十年記念とノーベル平和賞受賞作家で人権活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)の特別展が開かれていました。今の香港市民も天安門民主運動を支援した精神を受け継いでいます。若者は事件を直接知りませんが、親や教師から教えられており、「自由」、「民主」、「公正」という核心的価値の精神は死んでいないのです。そのことを日本の人に知ってほしいです。香港市民は食料、テント、医薬品などでずいぶんと天安門広場の学生たちを支援しました。香港の人たちは大陸の声を出せない人のために声を出し続けているのです。

 −天安門事件からどのような影響を受けましたか。

 当時、地元の教育委員会で働き、天安門事件の時は肺結核で入院していました。民主運動は全国的に広がり、メディアの報道だけでなく、母が見舞いに来ると「市民が自主的に緑豆のスープを学生に差し入れている」など話してくれました。そして「もう来られないかもしれない。学生と市民がバリケードで橋を封鎖しているから」と言い、間もなく、人民解放軍が実弾を発砲したのです。

 その後、すごい閉塞(へいそく)感を感じました。外国へ行きたいと思うようになり、夜間に日本語や英語を学んだのですが、内陸部で外国に行くチャンスがなかなかありません。そんな時に近所の元看護師が大阪にいる日本人を紹介してくれました。戦後も中国に残り、五三年にようやく日本に引き揚げた方で、留学の身元保証人になってくれました。そして日本語学校に通い、大学院を出て、大学で中国語を教えるようになりました。

 実は天安門事件の前は中国が一番自由で開放的でした。事実上の一党体制に疑念を提起した政治評論の同人誌が現れ、芸術の領域に自由の気風が吹き込み、大学のキャンパスでは自主的なサークルが次々に生まれました。天安門事件はいきなり起こったのではなく、このように脈々と浸潤した自由が背景にありました。

 −香港市民は自由を大切にするという意思表示をしました。でも結局は何も変わらないのでは。

 香港の動きが中国の民主化に影響があるかどうか、地殻変動が起こるようには見えないです。でも、土地の強制収容、環境汚染、健康被害などで抗議が多発しています。確かに今日ではビッグデータや人工知能(AI)のハイテク監視で統制が末端まで強まっていますが、長期的に見れば、香港市民の強権に立ち向かう精神が響いて、きっと中国にもひびを入れると思います。すぐに揺らぐことはないでしょう。また一夜でひっくり返るのは逆に危険で独裁が交代するだけのこと。公民の精神、公共性の意識がまだできていないからです。公民の形成のカギとなる非政府組織(NGO)が厳しく取り締まられているのです。今の段階はいわば「土壌づくり」。農業でも作物はよい土壌があってこそ育ちます。

 劉暁波らが民主化による将来のビジョンを提起した「〇八憲章」では、公民という言葉が二十回以上出てきます。まずは公民意識が根づかないといけません。

 そして「私には敵はいない」という言葉で分かるように、劉暁波は最後まで非暴力を貫きました。劉暁波も、私も詩人なのです。詩は戦車を直接阻止できませんが、その力は強靱(きょうじん)で独裁よりも永続するでしょう。

 −チベット、ウイグルの問題については。

 チベットでは焼身自殺をする人が相次いでいます。この十年、内外で百六十人以上になったといいます。万一助かって捕まえられても何も話さないよう、ガソリンを飲んで焼身自殺をする人もいます。それなのに、中国政府はチベット人が何を訴えているか聞く耳を持っていません。チベットでもウイグルでも漢民族の文化の浸透で自らの伝統文化や民族的アイデンティティーが喪失することへの危機感があります。特にウイグルでは大規模な迫害が起きています。内部文書も明らかにされました。

 二〇〇九年のウイグル騒乱ではウルムチでウイグル人と漢人の間で大規模な流血事件が起きました。それで終わらず漢民族に対する怨嗟(えんさ)、憎悪がさらに強まっています。たとえ中国が民主化されても大きな傷痕として残るでしょう。ウイグルはパレスチナ問題のようになりつつあり、出口が見えないと民族問題研究者の友人は指摘しています。中国政府は民の口をふさぐことで、自分の耳をふさぎ、結果として自分の首を絞めている。これでは爆発するとき熾烈(しれつ)になるでしょう。

 −日本国籍を取得してますが、古里には両親がおられ、帰郷するときがあります。中国政府を批判して怖くはないですか。

 怖いですよ。公安が実家に来て老親に圧力をかけます。とても心配です。私にもそうです。「私はもう日本人です。あなたたちに呼ばれる筋合いはない」と言っても、全く無視です。

 私は劉暁波から文章を託されました。劉暁波は日本人に自分の文章がどう読まれるか知りたがっていました。「日本人は誠実で信用できる」とも語っていました。私なりのミッションがあります。文学者は時代の証人であるべきです。

 日中は一衣帯水で友好といいますが、本当の友人なら困った人を助けてほしい。前の戦争の贖罪(しょくざい)意識に陥って物が言えない人が多いのは知っています。でも不正義に黙っていたら、この罪がさらに加わるのではないでしょうか。

 −最後に、日本に伝えたいことはありますか。

 香港の問題は日本にとっても重要だと思います。香港市民は普通選挙など、文字通り命を懸けて必死に求めている。でも日本はどうですか。選挙権を十八歳以上にしても、投票に行かない人は多い。貴重な一票のために世界では多くの血が流れています。香港のデモに参加している六割以上は中学生から大学生だと聞いています。今回のことは日本の若者にとっても民主主義の貴重さ、一票の尊さを考えるチャンスです。自由は空気のように自然で、窒息するときにその大切さを痛切に感じます。その前に分かることが必要です。

 <リュウ・イェンズ> 1965年生まれ。中国湖南省で育つ。祖父は文化大革命で牛小屋に拘禁されて死去。父は北京大学に在籍していた時に「準右派分子」とされ、除籍後に鉱山で労働改造を続けさせられた。師範専門学校を卒業後、地元の教育委員会に勤務していた89年に天安門事件が発生。来日して関西の大学院などで学び、現在は神戸大などで非常勤講師として教えつつ日中バイリンガルで著述・翻訳。2003年に日本国籍を取得。劉暁波氏や亡命作家などの中国では発表できない作品を紹介。天安門事件30年に合わせて「『〇八憲章』で学ぶ教養中国語」(集広舎)を出版するなど著作多数。

◆あなたに伝えたい

 香港のデモに参加している六割以上は中学生から大学生だと聞いています。今回のことは日本の若者にとっても民主主義の貴重さ、一票の尊さを考えるチャンスです。

◆インタビューを終えて

 取材後、劉さんからいただいたインド生まれの亡命チベット人二世、テンジン・ツゥンドゥさんの詩集で劉さん共訳の「独りの偵察隊」(書肆侃侃房)には「この想(おも)いを 分かち合うことに 感謝」との言葉と天安門事件三十年の「令和元年六月四日」との日付が入っていた。

 亡命チベット人と日本国籍を取得した元中国人として、私の理解を超える共通の思いがあるのだろう。そしてその思いを日本人にも知ってほしいと文筆活動しているのだと感じた。

 でも、それは今の日本人に伝わるのだろうか。せめて想像力を豊かに、彼らの思いに寄り添うことができれば、と願う。

 (増村光俊)

 

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