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あの人に迫る

野沢和之 映画「がんと生きる言葉の処方箋」監督

写真・木口慎子

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◆生きた言葉には本当の愛がある

 今や二人に一人が、がんになるとされる時代。映画「がんと生きる 言葉の処方箋」を監督した野沢和之さん(65)も大腸がんと診断されて手術し、病気と生涯を共にすることを受け入れた一人だ。映画には、今この瞬間もがんと向き合っている患者や家族らの姿が映し出されている。がんと生きるとは、作品を通して伝えたかったことは何かを野沢さんに聞いた。

 −映画「がんと生きる 言葉の処方箋」の製作は、「がん哲学外来」の提唱者・樋野興夫(ひのおきお)先生の講演を聞いたのがきっかけになったそうですね。

 映画の企画プロデューサーが「面白い『がん哲学』を言う人がいる。ちょっと会ってみないか」と。会った最初から映画を作ろうと思った。がん哲学という言葉にすごく引かれた。哲学とは何か。好奇心が大きく揺さぶられた。多くの場合はテレビにしてしまうが、これはテレビ的ではないなと思いました。

 −映画化を進める中で大腸がんと分かり、その方向性などは変わりましたか。

 当初は、「明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」というのが映画のタイトルだった。企画書を書いて資金集めをしたが、がん哲学のドキュメンタリーをどうするのかは困難を極めた。シンプルに樋野先生を主人公にしようと思ったが、彼は講演会に行っても同じことの繰り返し。喜怒哀楽が少なく、プライベートを明かさない。その中で諦めました。

 (そんな中)調子が悪いなと病院に行ったら腸閉塞(ちょうへいそく)で即入院。調べてもらったら大腸がん細胞があって、それが腸を詰まらせ、ステージ3でリンパ節などに転移していた。まさかと思ったがしょうがない。がん哲学を勉強したおかげかな。それほど取り乱すことはなかった。一生がんと生きる。僕の体験が、この映画を生んだといっても間違いじゃない。

 退院する前と後で、がん患者に対応する取材も自然になった。それまでは自分は健常者。どうしても(がん患者に)同情していた。暗に僕自身が健康であることを喜んでいたのかもしれない。がんになると、存在そのものが対等。僕自身も吹っ切れて、「がんと生きる 言葉の処方箋」という映画タイトルになった。つまり、がん哲学がテーマではなかった。

 −取材対象者はどうやって決めましたか。

 (名古屋の)中村航大君と(長野県の)シングルマザーは直感で「あなたは主人公だよ」と。航大君は、がんを体験しながら、あの天真らんまんさは価値がある。どこに出してもこの存在は本物だと思った。がん哲学を深く実践している医師を何人か当たった。福井県済生会病院医師の宗本義則さんは本物感が強くてフィットした。ドキュメンタリーは本物を出さないと、作った人は心が腐ってしまう。本物の人を出さないと、作る方が致命傷になる。全員が本物だと思いました。

 −今作を通して伝えたいことはありますか。

 いっぱいある。がんになる前の二、三年は、韓国に通っていた。ハンセン病の病の偏見と差別の事実を伝えたかったからだ。「がん=死」という病の持つ偏見。これはまさにハンセン病と一緒なんです。風邪ならなんとも思わないが、がんだというと特殊な意識を持つ。「文化偏見」がずっとドキュメンタリーのテーマだった。

 がんという病はつながっている。みんな死ぬんです。それは全員に訪れる。ではどうするか。怖がるのではなく覚悟なんです。映画をどう見るかは、見る人の自由。そういう意味では(映画に)いろんなメッセージが入っている。映画は多様性がある。病の偏見。それはいたずらに怖がらなくてもいいんだよ。

 −自身が受け取った言葉の処方箋はありますか。

 大腸がんで入院する時、パソコンに向かって樋野先生の本から言葉の処方箋を書き出して、あいうえお順に並べた。それを持って入院し、自分に言葉の処方箋を与えていた。数百の言葉があった。最初にノートに書いたのは「目下の急務は忍耐あるのみ」。この言葉を、ことあるごとに唱えていた。

 −どんな作用がありましたか。

 がんにかかって言葉の処方箋を受けたとしても、不安は消えないんです。入院していると夜中の二時、三時に目が覚める。とっても不安ですよ。寂寥感(せきりょうかん)というか。あの孤独感は、がんの問題じゃない。言ってみれば、存在の理由ですよ。あるでしょう、さみしい時が。愛する人や家族がいてもいなくても。人間という動物の孤独感。それはあって当然。

 では、天寿をまっとうするにはどうすればいいか。今を生きるしかない。今を悔いなく生きるしかない。樋野先生のがん哲学はそこにある。哲学って生きるための道具なんです。がん哲学の本質は、いろんな状況にありながらも、今できることをしっかりしろという言葉。これが天寿をまっとうするということ。

 −ドキュメンタリー映画の使命とは。

 社会を良くしようとか、社会のためになるとかでなくて、僕らの使命は一つ。事実を伝えること。これはドキュメンタリーの本質。裏付けを持って体を張るしかない。僕の映画は全て精神の浄化ができるようにしないとダメだと思っている。落ち込む映画は見たくない。それは映画の使命。見る人が絶望を感じるような映画は見たくないし、作りたくない。

 言葉の処方箋は、うそも方便ではないからね。がんで明日死ぬのに、「君、怖がらなくていい」と言うのは違うと思う。処方箋にはならない。樋野先生が言葉の処方箋を出す時の、誰にも言っていない注意事項がある。それは、口幅ったいけど愛。本当の愛であなたのことを考えている人が言うと、言葉が生きるの。

 それはむやみに、えらそうな人が言っても、うそっぱちなんですよ。処方箋を出す人が、その人のことを本当に心から思う。これが本質だって。それがないと言葉だけ。政治家がどんなに良いことを言っても信用しないのと同じ。樋野先生は言っている。「to doよりもto beだ」。何をするじゃなくて、存在そのものだって。存在そのものが良い人があなたに言うと、どんな言葉でも効く。存在そのものが問われる。

 −監督にとっての存在とは何ですか。

 自分の人格を良くしようとしていますね。相手を認めるようにしていますよ。早口も治らないし、せっかちも治んないけど、良い人になろうとしてもすぐに見透かされる。助監督たちを尊重し、助手たちへの否定は一切ない。それが自分の存在。自分の存在は人を認めること。

 −撮りたい題材はありますか。

 日本発祥の踊りがある。それの若い兄ちゃんがいて、応援しようと思って撮った作品が完成した。主人公は沖縄出身の大道芸人の知念大地。新宿で踊る、駅の構内で踊る、川で踊る、路上で踊る、神社で踊る。街を歩いてもみんな無視している。日本人は無関心で足を止めることもしない。揚げ句の果てに警察官が来るだけ。日本は思いやりとかいたわり合いとか、もっとなくなっている。大地の踊りを見れば分かる。思い出してくれる。無関心の本質はひどい。全部が他人ごと。そのうち自衛隊がどっかに派遣されて死んでも遅いよ。

 <のざわ・かずゆき> 1954年、新潟県南魚沼市(旧南魚沼郡六日町)出身。立教大・同大大学院で文化人類学を学び、大学院時代に記録映画の助監督を経験。短編映画、テレビディレクターを経てドキュメンタリー映画の世界に入る。大学で文化人類学を学んだ経験から、文化社会の周縁にいる人々を見詰める作品が多い。在日韓国人の半生を描いた「HARUKO(ハルコ)」は全国の映画館で上映され、話題を集めた。フィリピンのストリートチルドレンを題材にした「マリアのへそ」は初の劇映画監督作品。テレビ作品では「涙の川 野宿の夫婦愛」と「引き裂かれた在日家族」で、いずれもギャラクシー賞に。最新作の「がんと生きる 言葉の処方箋」は全国で順次上映中。

◆あなたに伝えたい

 僕の映画は全て精神の浄化ができるようにしないとダメだと思っている。落ち込む映画は見たくない。それは映画の使命。

◆インタビューを終えて

 野沢さんの取材を終えるまで、言葉の処方箋は、がん患者にのみ効く魔法の言葉だと思っていたが、すべての人に届けることができるらしい。

 自身はポジティブな性格ではない。誰かの言葉に深く傷つくこともあれば、救われることもある。心無い言葉で傷つけていることもある。違いは何か。それは愛だという。確かに、相手に本当の愛で接する人の言葉は、温かければじわじわと染みて、たとえ厳しくても胸を打つ。

 取材を終えた帰り道、途中の駅まで野沢さんと一緒にいる間、力強いエールをもらった。じわりと効いた。言葉の処方箋とは違うかもしれないが、その作用を少し実感することができた。

 (清兼千鶴)

 

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