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あの人に迫る

藤嶋昭 光触媒反応を発見した東京理科大栄誉教授 

写真・岩本旭人

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◆知り、好きになり、楽しめたら本物

 光を当てるだけで他の物質の化学反応が促進される「光触媒反応」を一九六七年に発見した、東京理科大栄誉教授の藤嶋昭さん(77)。抗菌や脱臭、汚れ防止など幅広い分野で応用され、ノーベル化学賞の候補にも名前が挙がる。一方で、小中学生に易しい内容で理科の面白さを伝える「出前授業」にも力を入れ、読書などを通じて得られる「教養の大切さ」を訴えている。

 −東京大大学院在学中に、光触媒反応を発見しました。

 酸化チタンという材料を水の中に入れて、光を当てるとガスが出てくるという実験です。当時、半導体を水の中に入れて、光を当てるとどんな反応が起きるのかという実験は、世界中の人がやっていました。でもどの半導体も溶けてしまう。皆、溶けない半導体を探し回っていました。

 私も最初は他の人が書いた論文の実験を繰り返し、検証していました。そこで「他の人がまだ使っていない、溶けない半導体はないか」と、酸化チタンの単結晶で実験してみると、酸素が出てきた。しかも酸化チタンの表面は少しも溶けていない。酸素はどこから来るかというと、水からしかあり得ない。光だけで水が分解できたということです。酸素が出た時は感動しました。

 でも日本の学会で発表しても、「いいかげんなこと言うんじゃないよ」と誰も信用してくれません。まだ光がそういったエネルギーを持っていると思われていなかったのです。

 −その後、英科学誌「ネイチャー」で論文を発表したのですね。

 ネイチャーに論文を出すのは非常に大変なことです。大体が審査自体されなかったり、審査されても却下されたり。ところが送ったら、「すぐに印刷します」と言われ、本当に驚きました。七二年に掲載され、世界中の皆が評価してくれるようになりました。

 翌七三年にはオイルショックが起きた。石油の価格が急上昇したのです。その時、欧州の国際会議で私のネイチャー論文を話題にしてくれました。論文に「酸素だけでなく水素も出る」と書いておいたら、「クリーンエネルギーの水素を用いた燃料電池が使える。石油がなくなっても大丈夫かもしれない」と。

 それを聞きつけた朝日新聞の記者が七四年元日の新聞一面に掲載した。そこから、国内での評価もがらりと変わりました。

 −海外での評価が逆輸入された、と。

 本当に驚きました。でも、高価な単結晶を使っているわけですから、エネルギー問題には寄与できるはずがない。すぐに安価なチタン板をバーナーであぶって酸化させて実験しました。水を分解して水素を取り続けることはできましたが、量が十分でなく、エネルギー問題を解決するのは難しかったです。

 そこから、微量でも人々が困っているものを分解しようと思いました。光で水を分解できるなら「他の有機物も分解できるだろう」と考え、殺菌する、臭いを取る、油汚れを取る、この三つをターゲットにしました。

 例えば、トイレの臭い。菌が便器に付いていると、アンモニアに変化し、臭いの原因になる。そこで殺菌しようと、酸化チタンをコーティングしたタイルを使って基礎実験をやったら簡単に菌が殺せた。大腸菌なども殺菌できました。

 次にたばこの臭いを取ろうと、酸化チタンが含まれるフィルターに光を当てて、臭いのもととなるアセトアルデヒドを分解する空気清浄器を作りました。東海道新幹線などの喫煙室にも使われています。

 油汚れを取る実験では、透明な酸化チタンのコーティングを使いました。実験の中で、酸化チタンは光触媒反応で水になじみやすくなる性質、超親水性があることも発見しました。つまり、汚れを取りたい材料の上にコーティングをして、雨が降れば自動的に水膜ができて、表面がきれいになる。壁や屋根に塗ることで、きれいに保てるのです。

 −光触媒には他にどんな可能性があると思いますか。

 可能性はたくさんありますが、一番はウイルス問題。インフルエンザウイルスで、学級閉鎖になることがありますよね。ウイルスに対しても光触媒はすごく効果がある。光触媒の殺菌効果を応用したエアコンを学校に入れてほしいと思っています。

 −化学者として教養が大切だと言っていますが、光触媒の応用のアイデアもそこから生まれるのでしょうか。

 いろいろなものに知識や関心を持っていないと、次の発想が生まれません。本を読むことが一番大事だと思います。

 研究は本物しか生き残れません。それまでに分かっていることを少し変えて、次のことをやってみる。すると、予想と違う結果が起きることがある。

 その時こそが発見です。今までの延長線上でない現象の可能性があります。普通はそれを捨ててしまったり、非難されてやめたりするけれど、本物だったら新しいラインに乗る。そこにチャンスがあると認識しておかないといけません。

 発想の転換をして、なぜかをよく考えて、新しい現象に気がつかないといけない。それには広い知識が必要だから、広く関心を持つことが大事なのです。

 −藤嶋さんにとって研究者とはどういう職業ですか。

 一番いい面は、論文として履歴書を世界中の図書館に残せることです。研究者というのは、いい論文を出せば世界中の図書館に名前が残るでしょう。残るっていうのが一番の目的ではないですが、結果的に残るのが、研究者という職業だと思います。

 −小中学校での出前授業にも力を入れていますが、若い世代へのメッセージはありますか。

 小中学生に「伝記を読んでいますか」と聞くと、皆「読んでいません」と答える。本を読んでもらうには、その面白さを理解してもらうことが重要です。身の回りの面白い現象を説明している本なども読んでほしいと思います。

 例えば、セミ一つを取ってもすごく面白い。「素数ゼミの謎」(吉村仁著)という本を知っていますか。十三年か十七年に一度、大量に出てくる米国のセミの話です。

 普通、セミは七年ずっと地下にいると言われています。地下のどこにいて何を食べているのか。私は毎朝、ラジオ体操に行きます。そこにある桜の木の下に、セミが出てきた穴がいっぱい開いている。セミは卵を木の幹に産み付けて、かえると下に落ちる。幼虫は地下に潜って、木の根の先まで行って樹液を吸っているのです。

 では、何で地上に出てくる七月を知っているのでしょうか。それは本には書いてありません。私は「樹液の温度だ」と考えます。七回目に樹液の温度が高くなる七月、「出よう」となる。セミが地中から出てくると穴ができる。つまり、穴の分布は木の根の先の分布を示している、というのが私の発想です。

 基礎を勉強するということも大事です。「これを知る者はこれを好む者にしかず。これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」という論語の言葉があります。まずは知る、好きになる、そして楽しくなるという三つの段階がある。嫌々ながら勉強しても身に付きません。一生懸命知って、好きになって、その後で楽しくなるという境地までいけば、本物ということですね。

 <ふじしま・あきら> 1942年3月、東京都生まれ。戦時中の幼少期に、父の実家があった愛知県の旧足助町(現豊田市)に疎開し、小学校卒業まで過ごした。66年に横浜国立大工学部を卒業。71年に東京大大学院工学系研究科博士課程を修了した。

 神奈川大工学部専任講師、東大工学部教授などを経て、2005年に同大特別栄誉教授。10〜18年は東京理科大学長を務めた。現在は同大栄誉教授で、同大光触媒国際研究センター長。

 自身が理事長を務める公益財団法人「東京応化科学技術振興財団」の活動として、子どもたちに良い本を届けたいという思いから、科学関連の図書の寄贈を行っている。

◆あなたに伝えたい

 それまでに分かっていることを少し変えて、次のことをやってみる。すると、予想と違う結果が起きることがある。その時こそが発見です。

◆インタビューを終えて

 昨年九月、愛知県豊田市に住む藤嶋さんの小学校時代の同級生を取材すると、藤嶋さんが子ども向けに執筆した科学の本を貸してくれた。「空はなぜ青いのか」「セミはなぜ大きな声で鳴けるのか」など、身近な疑問に藤嶋さんが答えていく内容。いざ聞かれると分からない、考えたことがない問いばかりだ。

 インタビューでも「雑草の種類をいくつ言えますか」と聞かれたが、答えられなかった。「十種類、二十種類と覚えると面白くなるんです」と、藤嶋さんはうれしそうに続けた。知っているか知らないかで、世界の見え方は大きく変わってくる。まずは雑草の名前を一つずつ覚えることから始めてみよう。

 (生津千里)

 

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