トップ > 特集・連載 > あの人に迫る > 記事一覧 > 記事

ここから本文

あの人に迫る

馬原孝浩 元WBC日本代表投手・スポーツ医療専門家 

写真・高橋貴仁

写真

◆野球界改革には指導者の指導を

 プロ野球界の第一線で活躍し、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の代表にも選ばれた馬原孝浩さん(37)。引退後、指導者や解説者になる選手が多い中、進んだのは九州医療スポーツ専門学校。学生に戻って勉強し、今は柔道整復師や鍼灸(しんきゅう)師の国家資格を取得。他に類のない活動を展開している。高校野球をはじめ少年野球界のあり方にも独自の切り口で発言を続ける。

 −現役引退後、なぜ、九州医療スポーツ専門学校を選んだのでしょうか。

 二〇〇八年に右肩に炎症を負った。パフォーマンスは下がる一方で、自分なりに勉強を始めた。ここがいいと聞けば全国の治療院に行き、専門家のいる大学や病院にも足を運んだ。肩や肘、膝の名医から「こんな考え方があるんだよ」などと教えてもらううちに、体の構造に興味がわいてきた。

 勉強を続け、自分の体に合ったマッサージやストレッチなどの手技を見つけた。そこがスタート地点。自宅に自主トレ施設を造っていたので、引退後は、現役選手を相手に、独自に編み出した手技を還元しようと思っていた。しかし、資格がない人がアスリートの体を触るのは失礼だなと思った。一から勉強し、資格を取って、堂々と選手の体を診る。それがきっかけだった。

 −専門学校では。

 発見だらけでした。解剖学や生理学、衛生学などを網羅するなかで、確かな知識が身に付いた。アスリートは感覚が優れているので、感覚で物事をとらえて、感覚で教える。それがしっくりくる人もいれば、そうでない人もいる。

 自分は感覚にプラスされ科学的な知識が身に付いた。これは最強だなと。例えば、テレビ解説で、モニター越しに選手の動きを見ると、感覚で見ていた時とは違う。けがをしやすいだろうなとか、この投げ方だから、こうなんだなというのが見えてきた。

 実績を残した人で、この道に進んだ人はいない。オンリーワンになったからこそ、パイオニアになりたい。プロ野球の舞台で活躍した人が国家資格を取って、この先教えていく、新しい見方を広げていくのは、ものすごい魅力的じゃないですか。自分自身が探し求めていた姿でもあるんですよ。現役の時に、実績ある人で資格を持っている人がいなかったので。

 −高校時代、平日に計千球の投げ込みをし、土日の練習試合では四完投をしたと聞いています。明らかに投げすぎでは。

 もうめちゃくちゃです。それでも壊れなかったのは誇れる部分としてありますが、けがをした場合は誰が責任を取ってくれるんだって感じ。今では問題になるかもしれませんが、監督の言うことは絶対。普通に暴言を吐かれ、教えられてきて、それが当たり前の中で育ってきている。

 −振り返るとどう思いますか。

 無知の象徴ですよね。思いつきで教えるのが一番怖い。毎日投げろ、とりあえず投げ込め。それでピッチングを覚えるだろうというくらいの思いつきなんです。それで壊れたら、未来がないじゃないですか。これを美学にとらえると、次の世代にとっては危ないと思う。科学的な目線で、どれくらいの球数なら大丈夫なのか、この子の体形なら、これくらいは大丈夫だとか、理論がなければだめだと思う。

 −今夏、大船渡高の佐々木朗希投手が岩手県の決勝で登板を回避し、賛否両論が巻き起こりました。

 表に出ている情報だけでは真相が分かりません。四回戦で百九十球くらい投げているのに、決勝でゼロというのは、どう考えてもおかしい。百九十球投げさせる、無理をさせる監督なのに投げさせなかった。それがよく分からない。そこは、佐々木君と監督の中でしか分からない。

 それを前提にしても、大ブーイング、大バッシングが予想される中で、選手を守った監督の勇気はすごいと思います。佐々木君は肘をしっかりとたたんで投げる投手なので、肘に負担がくる。骨や筋肉の発達状況のピークは二十五歳くらい。それまでは身長が伸びる可能性もあるし、横にも太っていく。骨と筋肉が出来上がっていない中で、百六十三キロを投げるあの出力が一番危ない。

 結果的に、投げさせなかった勇気は素晴らしい。甲子園ではなく、佐々木君の未来を取った監督はすごいと思います。

 −球数制限や熱中症対策など、高校野球は曲がり角にきています。

 日に当たらないほうがいい時代になりつつある。暑さが異常なので。ドームでやれば一番いいが、現実的ではない。時期をずらすか、ナイターでやるしかない。選手だけでなく、応援者も危ない。

 球数制限は難しい問題。投手の力の出し具合にもよるからです。プロでも、全部全力で投げる人もいれば、七、八割で投げる投手もいる。七、八割で投げるピッチングを知っているから、プロでも活躍する。球数制限を導入すると、投手の良さが死ぬんですよ。例えば百球の球数制限ならば、指導者は百球を全力で投げろと指示すると思うんですよ。百球で交代させるのに、なぜ全力で投げなかったんだって、指導者は選手に怒ると思う。それでは意味がない。

 まずは指導者の指導が必要。選手や高校球児のことを思うのであれば、指導者を指導するのが絶対に必要だと思う。野球界の改革ですよね。

 −指導者の指導とは。

 球数制限やタイブレーク制を導入しても、指導方法が変わらなければ、結局、むちゃをさせる。百球の中で、むちゃをさせる。絶対にそうなる。そうではなく、百人に百通りで教えられますかということ。選手の特徴を把握した上で、投げかける言葉に意味を持って指導ができますかと。百人に、一通りの教え方しかできないのが問題。自分の考えを押しつける。昔からそう。で、自分のやり方に従わなければ、おまえは使わないよって。監督になると、次第に腕組みをしてふんぞりかえる。保護者によるお茶くみ当番もあり、指導者がどんどん腕を組んでふんぞりかえる。その風潮はおかしい。本来は「子どもの将来に携わらせてもらう」姿勢でいくべきだ。

 私が(ソフトバンクホークスが運営する子どもの野球チーム)ホークスジュニアの監督をやったときも、トラウマ(心的外傷)になる言葉をかけたらいかんと思った。逆に「あの言葉をかけてもらったから、今がある」と思ってくれたらと一人一人に接していた。「野球教室で王貞治さんにかけられた言葉のおかげで今があります」という若いプロ野球選手もいる。きっかけひとつでがらっと変わるのが子どもたち。将来に携わらせてもらっているのが監督。そこは忘れていてはだめだと思う。

 −全国の野球チームは小中高と数多くあり、意識改革は難しいと思います。

 変えるにはライセンス制しかないと思う。数日の講習で植え付けられるか分からないが、研修を受けて指導をやるべきだ。

 今は世の中が変わりつつあり、ちょうどはざまだと思う。人の本質ってなかなか変わらないので、今でも暴言による指導は多くある。しかし、だんだんと平成生まれの人が指導に当たることになる。そこに希望はあると思っていて、指導方法が変わっていくと思う。未来には悲観していません。この人だったら任せられるという指導者が増えていくと思っています。

 <まはら・たかひろ> 1981年12月生まれ。熊本市出身。小学4年から本格的に野球を始め、投手として活躍。熊本市立高校(現・熊本市立必由館高校)から、九州共立大に進み、2004年に福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンク)に入団。最速158キロの速球とフォークを武器に抑えとして活躍した。06、09年、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表。13年にオリックスに移籍し、15年に引退。通算182セーブ。引退後、北九州市の九州医療スポーツ専門学校に進学し、柔道整復師、はり師、きゅう師の国家資格を取得。現在は、講演、解説、野球教室などの傍ら、オフにはプロ野球選手の自主トレを指導するなど、幅広い活動をしている。

◆あなたに伝えたい

 指導者がどんどん腕を組んでふんぞりかえる。その風潮はおかしい。本来は「子どもの将来に携わらせてもらう」姿勢でいくべきだ。

◆インタビューを終えて

 高校球児だった私は、インタビューをしながら何度もうなずいた。暴言や暴力による指導を少なからず受けてきたからだ。

 指導者が変わらなければならないと思う一方で、高校野球をはじめとしたスポーツ界に根性論がはびこり、変化の兆しが見られないのは、メディアのせいでもあるとも感じる。「厳しい練習や苦難を乗り越えた」というエピソードを、美談としてとらえて報じるからだ。

 指導者だけでなく、メディアも、旧態依然としたやり方を変えるべきだと思う。無限の可能性を秘めたアスリートの将来や夢を、無駄にしないために。

 (高橋貴仁)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索