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あの人に迫る

田中城太 ウイスキーブレンダー

写真・袴田貴司

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◆時の流れ見据え、後進に原酒残す

 複数の原酒を混ぜ合わせて魅力的なウイスキーに仕上げる「ブレンダー」。キリンディスティラリー富士御殿場蒸溜(じょうりゅう)所(静岡県御殿場市)で、責任者のマスターブレンダーを務める田中城太さん(57)は二〇一七年、業界の国際的な表彰「アイコンズ・オブ・ウイスキー(IOW)」の世界最優秀ブレンダーに選ばれた。ウイスキーづくりへのこだわりを尋ねた。

 −IOWの賞を受けた時の感想は。

 驚きの出来事だった。コンペによる審査などがあって選ばれたわけではなく、なぜ受賞したか、明確な理由は分からない。ただ、大変名誉ある賞をいただき、とてもうれしかった。蒸留所の操業開始から四十五年以上にわたって、キリンのウイスキー事業に携わってきた人々の努力や英知、技術、情熱のたまもの。世界からの大きな期待の証しだと受け止めています。

 −ブレンダーとはどんな仕事ですか。

 一日中、試飲をしていると思われがちだが、実際は業務のほんの一部。将来のための原酒の開発や、製造計画の策定も非常に重要な仕事です。「天使の分け前」と呼ばれる熟成中に蒸散で減っていく量も踏まえて、十年後にこの原酒がこのくらい欲しいというのを逆算し、計画を練っています。

 ウイスキーは原酒を数十種類ブレンドすることで商品の味を守り続けています。原料や製法、熟成年数の違いによって、原酒は味や香りが大きく異なる。熟成庫にある原酒の香味や量を把握し、それらが数年後にどう変化しているのかなどを考えながら原酒を選び、ブレンドの比率を決めていきます。味を守るだけでなく、よりおいしく、新しい価値のウイスキーを創ることも大事です。

 −普段の生活で大切にしていることは。

 香りや味わいに敏感であり、おいしいものや新しいものに貪欲であることです。よく「刺激物や味の強いものは飲まないでしょ」と聞かれるのですが、いつも否定しています。大切な試飲の前には控えますが、実は甘いものや辛いものも好きだし、コーヒー、紅茶もよく飲む。仙人のような生活をしていてはおいしいものは体験できないし、つくれない。腐ったワインなど、みんなが飲みたくないものも意識的に口に含んできました。

 また、常に食べ物のにおいや味わい、おいしさを感じ取り、それを言葉で表現する訓練をしています。テイスティングセミナーのお客さまにはあえて「どんな香りがしますか」と聞きます。個々のウイスキーが持つ香りや味わいに気づいてもらうきっかけになる。自分の体験として、飲み物や食べ物の香味を表現できるようになると、おいしさや楽しみがより一層広がります。

 −富士御殿場蒸溜所で造る「富士山麓シグニチャーブレンド」が人気と聞く。どんなコンセプトのウイスキーですか。

 熟成の頂点を迎えた原酒を厳選して、絶妙なバランスでブレンドしました。原酒には、本来持っている香味の特長や個性が最もよく表れるマチュレーションピークというタイミングがあります。熟成年数の長さは、確かにウイスキーの品質を決める指標の一つで、値段も高級になりますが、長く寝かせればいいというものでもない。大事なのは熟成の度合いで、熟成しすぎると原酒の特長が弱まってしまう。

 キリンのウイスキーの歴史の中で、私たちが築き上げてきた技術を全て注ぎ込み、集大成という思いで造った作品。ただ、これが最高、究極という意味ではないし、まだまだ満足していない。

 −原酒を造る時に意識していることは。

 今、私たちが仕込んでいる原酒が商品に使われるのは、十年後や二十年後かもしれない。自分が造った原酒がどのように熟成し、どんな商品として日の目を見ることになるのか。自分で確かめられないものがあることを残念に思うこともあるが、これがウイスキー造りの宿命。後進のブレンダーがおいしいウイスキーを造れるように、ブレンド材料として魅力的で、特長ある原酒を残せるように心掛けています。お客さまに喜んでもらうため。もちろん、自分自身が将来、おいしいウイスキーを楽しむためでもあります。

 −国産ウイスキー人気の一方で、原酒不足が問題になっている。キリンも一部の商品を終売した。業界として、原酒の確保で考えが変わったことは。

 考え方は変わってはいないし、変えてはいけないと思っています。これまでどおり、ウイスキービジネスは、中長期視点で市場動向や原酒の在庫を考えなければならない。十年前には、業界全体がこのような原酒不足の状況になるとは全く予想できなかった。

 ウイスキーは「時間のお酒」と呼ばれます。造るのに長期間を要し、その時々の消費動向で、在庫過剰や過少が起きることは長年の課題。ブームはまだ続くでしょうが、三十〜四十年間の大きな流れを見据え、定期的に計画の見直しを行うことで、われわれのこだわりを切らすことなくお客さまにお届けしていきたいですね。

 −日本のウイスキーの評価の高まりをどのように受け止めているか。

 海外のイベントなどで来場者と話をすると、ジャパニーズウイスキーに対しての評価や関心の高まりを驚くほど実感します。今日の世界的な評価は、熱い思いを持った先達の努力のたまものです。海外のものを単に模倣するだけでなく、より良いもの、おいしいものを造ろうと品質を追求してきた。各社が創意工夫を重ねて多様な原酒造りをし、日本人ならではの探求心や細部にこだわる気質も相まって、繊細でオリジナリティーあふれるスタイルができ上がってきました。

 −今後、日本のウイスキーの立ち位置はどのようになっていくか。

 高評価は間違いなく続くと思いますが、課題は業界全体として、いかに安全、安心で、支持していただける商品を提供し続けていけるか。最近は小規模な蒸留所が数多くできてきており、ウイスキー市場が活性化しています。皆が基本を押さえて、しっかりといいものを造っていけば、ますます日本のウイスキー業界全体が発展し、世界から注目されるでしょう。

 心配しているのは、この流れに乗って、いろんなことをやり始めている人たちがいることです。参入企業が増え、質より量を追ってしまうことで、日本ではウイスキーと呼べないようなものを海外で売っている。日本のウイスキーの評価やイメージを損ねてしまうのではと懸念しています。

 −これから、どのようにウイスキー造りをしていきたいか。

 これまでは、日本人の好みに合った、繊細ながら複雑で味わい深いものを造ろうとやってきました。ただ、人がおいしいと感じるものは、気候や文化の違いによって少しの違いはあっても、世界共通。自分たちは、日本人に合うウイスキーだと思っていたけど、結局はおいしいものを造っていたのです。

 私は二十年後、キリンのウイスキーが世界中から愛されるようになるビジョンを思い描いています。一人でも多く、愛してもらえるほど魅力的なウイスキーを造りたいですね。

 <たなか・じょうた> 1962年、京都市出身。北海道大院農学研究科修了後、88年にキリンビールに入社。米国ナパバレーのワイナリーに勤務後、カリフォルニア大デービス校大学院修士課程を修了。95年に帰国し、ワインやその他の洋酒業務を担当する。02年に再度渡米、ケンタッキー州のフォアローゼズ蒸溜所でバーボン製造や商品開発に携わる。09年に帰国し、キリンビール商品開発研究所でウイスキーのブレンダー業務に従事する。10年にチーフブレンダー、17年にマスターブレンダーに昇任、キリンのウイスキー造りをけん引する。富士山麓の良質な水を使って開発したウイスキーは、世界最高峰のグレーンウイスキーに認定されるなど高い評価を受ける。

◆あなたに伝えたい

 日本人ならではの探求心や細部にこだわる気質も相まって、繊細でオリジナリティーあふれるスタイルができ上がってきました。

◆インタビューを終えて

 「武道のように無心の一本はない」。どの組み合わせで味や香りの性格が生まれるのか。謎解きと答え合わせの経験値を積み重ねて酒造りの表現力を高める。「店でもお皿に顔を近づけてにおいを嗅ぐ」とは同僚の談。花が咲いていれば鼻を突っ込み、妻の料理の工夫を真剣に探る。ひげをたくわえ、貪欲に味の秘密を追い求める姿に求道者のような雰囲気を感じる。

 度数の変化で香りを立たせるのがウイスキーの面白みという。香ばしさや果実っぽさなど、少しの水で薄めると、アルコールに溶けた個性が表面に飛び出し、一口目とは違った顔を見せる。毎日の食卓でも意識を少し変えるだけで、楽しみ方が変わってきそうだ。

 (竹田弘毅)

 

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