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あの人に迫る

初沢亜利 写真家

写真・坂本亜由理

写真

◆人間の不条理を美意識高く問う

 きょとん、とこちらを見つめる北朝鮮の若い軍人。ナトリウムランプのオレンジ色がにじむ沖縄の夜空−。写真家、初沢亜利さん(46)=東京都港区=が切り取る世界は不思議で、美しく、思索へといざなう。九月にはデモが続く香港に三週間、滞在し撮影。現場発の話題作を次々と放ちつつ、こだわるのは「フォトジャーナリスト」ではない、「写真家」の独自の視点だという。

 −今回、香港をテーマに選んだのはなぜですか。

 本当のことを言うと、興味本位です。フォトジャーナリストなら、答えは「そこが現場だから」なのでしょう。写真家の場合、なぜ自分が撮りに行くのかが問われる。実は一カ月ぐらい考えていますが、ちゃんと説明できないですね。

 でもまあ、世界でも非常にまれな状況が、日本から近いアジアの国で起きている。とりあえず行って、撮ってみようと思ったんですね。撮影を続ける中で少しずつ、自分に染み込んでくるものがあるだろうと。

 二〇一一年の東日本大震災で発生翌日に被災地に向かった時もそうでした。時代を自分の目で見て、記録したかった。多くの被災者にとっては邪魔ではないかと躊躇(ちゅうちょ)もあった。でも、とりあえず考えることをやめ、行った。現地では被災者との関係をどう深めていくか、を考えていました。

 −香港での撮影初日、フェイスブックの投稿から緊迫感が伝わってきます。防毒マスクをしていても催涙弾で息ができず、肌がやけどのように痛んだ、と。

 死なないとは思っていても、怖かったですね。警官隊が催涙弾をバーン、バーン、バーンと撃ち、目の前は真っ白になる。おびえながらデモを撮影しました。

 デモ隊は流動的です。駅でやっているという情報を得て駆けつけると、そこには誰もいない。地図アプリを見ていると、近くの市民が場所を教えてくれる。そして皆が「日本から来てくれてありがとう」と言う。

 驚いたのは、デモ隊がたくさんの国旗を持っていること。日本の旗もありました。人口七百万人の香港の人々が、十四億人の中国と向き合い、戦っていく。その中で「何とか世界に関心を持ってもらいたい」と助けを求めているんです。

 −一方で、街中でのんびりトランプを楽しむフィリピン人女性らの写真もあります。これも香港だと。

 住み込みの家政婦さんたちですよ。お金を使いたくないので、皆で集まって、おしゃべりをしたり。このすぐ奥で何十万人がデモをやっているわけですよ。

 香港は今後、本腰を入れて取材します。(高度な自治が認められている「一国二制度」の期限が切れる)二〇四七年まで見てみたい。でも、現地の人に「初沢さんが撮り続けたいと思える香港であり続ければいいですけどね」と言われました。彼らにとってこの戦いは勝てるか分からない。切実だな、と思いました。

 −写真家として、どんな指針を持っていますか。

 フォトジャーナリストが対象にするのが不正義だとすれば、写真家が扱うのは不条理。混沌(こんとん)とした人間の存在の問題です。正義と不正義がある報道の現場にも、同時に多様な人間の問題が進行しています。それらをどう束ねるか。

 私の作風は、もともと持っていた世界のとらえ方に、極めてジャーナリズムが生まれそうな場所や状況を合わせて生まれました。その上で、極めて美意識の高い写真を目指す。私の指針は「不条理×不正義×美意識」だと思っています。

 −東日本大震災後の被災地の一年間を撮った写真集「True Feelings−爪痕の真情。」の表紙の写真は印象的です。

 桜がきれいですよね。でもよく見ると、手前には車が水没し、がれきがあふれている。きれいだと思ってしまう自分を疑う、ということです。まずは「この写真はきれいだ」と見てもらう。内側には不正義と、不条理が混在していると、次の段階で気付いていく。

 主題がここにあるかのように見えて、別のところが気になってくる。世界の中心がどこにあるのか分からないという印象を、見る側に与えたい。それが写真の力なんじゃないですか。

 −一〇年以降、北朝鮮への訪問は七回を数えます。「ありのままの姿を日本に伝える」をテーマに、市民の豊かな喜怒哀楽を撮り続けていますね。

 よく「日常を撮っているのですね」と言われますが、そもそも世界には日常しかありません。ただ、北朝鮮みたいな極端な場所を描く上では、どうしても不正義についての要素がウエートを占めます。北朝鮮には日常がある、だけでは済まないわけです。われわれがどうして北朝鮮を「極悪非道である」と思いたいのか、問わないといけない。

 撮り手と見る側が美意識と不条理を共有しつつ、内なる不正義に意識を開いていく。そして、「らしさ」を解体する。こうであってほしいと願う一元的なイメージに、一石を投じていきたいと思っています。

 −一五年に東京で開いた写真展「周縁からの眼差(まなざ)し」では、東日本大震災の被災地と北朝鮮、沖縄の写真を並べました。どのような意図があったのですか。

 それぞれの場所にそれぞれの痛み、怒り、悲しみがあります。並列することには悩みましたし、批判を受ける可能性もありました。ただ、東京に住む私がカメラを通して向けるまなざしは、共通なんです。彼らはカメラにまなざしを返している。見に来てくれたのは首都圏の人が多いのですが、写真の中の彼らから逆にまなざしを向けられている。「あなたたちは何をもってわれわれのことを眺めていますか」というふうに。

 写真を見る人と、写真の中の人の背景にはそれぞれ、中央と地方、旧宗主国と旧植民地といった関係性がある。その上で、私はカメラという暴力装置を使い、何かを収奪していくわけです。その意識はどの現場でも、常にシビアに持っていました。だから、まなざしを返してくる被写体を、納得させる写真じゃないといけない。(撮ることを)「許してやってもいいか」と思ってもらえるかどうか。

 −次の写真集のタイトルは「我々とは、誰のことか。」だそうですね。

 ふっと頭に浮かんだタイトルです。「われわれ」というのは、どこまでの範囲なのか。人間は恣意(しい)的に輪を広げたり、縮めたりします。家族か、知人までか、国民やアジア人まで広げるのか。外部と内部との境界線をどこで引くのか、それは大変危うい問題です。

 価値観を共有している「われわれ」と、理解不能な外部。いろんなレベルがあるけど、一個人の中でも広げたり閉じたりするその辺の感覚に、写真で取り組んでみようと思いました。

 −これから、どんな写真家を目指すのですか。

 日本人に向けて伝えよう、という感じはあります。(テーマの一つである)中央と周縁の問題って、日本の問題ですから。でも、写真の中にある違和感に気づいてくれる人はまだ少ない。これが初沢亜利の写真だ、ともっと分かってほしいし、それが次の写真集での挑戦になるかもしれない。

 それと、やっぱり現場ってドキドキしますね。「撮るのは今、この現場だ」と。危ないからデモの現場には行かない方がいい、というのが常識。でも、行ってみたくなるんですよね。

 <はつざわ・あり> 1973年、フランス・パリ生まれ。上智大文学部社会学科卒業後、撮影スタジオ勤務を経て、フリーとして活動する。2013年東川賞新人作家賞受賞。16年日本写真協会新人賞受賞。写真集は、2003年のイラク戦争前後を撮影した「Baghdad2003」(碧天舎)、東日本大震災翌日から1年、被災地を撮影した「True Feelings−爪痕の真情。」(三栄書房)、10〜12年に北朝鮮で写した「隣人。38度線の北」(徳間書店)、13年末から1年3カ月沖縄に移住して現状を追った「沖縄のことを教えてください」(赤々舎)など。東京新聞(中日新聞東京本社発行)で00年4月から1年半、フォトエッセー「東京ポエジー」を連載した。

◆あなたに伝えたい

 写真の中の彼らから逆にまなざしを向けられている。「あなたたちは何をもってわれわれのことを眺めていますか」というふうに。

◆インタビューを終えて

 学生時代、「北朝鮮にも美人がいる」という扇情的なネットメディアの記事の見出しに釣られて見たのが、初沢さんの写真との出会い。こちらを見てほほ笑む女性の写真に、私の「北朝鮮」のイメージが崩された衝撃を思い出す。それをきっかけに作品に引き込まれ、写真集は全て買うほどのファンになった。

 実はデモが続く香港の現状を見て、初沢さんなら行くのではないかと思っていたら、その通りだった。混沌とした現場を切り取った写真はどこか美しく、やるせなく、考えさせられる。

 「とりあえず、行く」ことが、人の心を動かす何かを生み出すのだと思う。私もとりあえず、香港行きの航空券を買った。

 (下條大樹)

 

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