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あの人に迫る

松本光一 「性」と向き合うベンチャー起業家

写真・山田英二

写真

◆隠すことはない 表通りに商品を

 何ごとにも表があれば裏がある。セックス、性に関わる物事は人目をはばかる裏の代表選手と言えそうだが、そこに光を当てようとしているのが性関連商品メーカー「TENGA」社長の松本光一さん(52)だ。幼いころから心に宿すものづくり魂で「新しい価値観」の創造に挑んでいる。

 −原点は、ものづくりへの興味なんですね。

 小さいころから工作好きでした。故郷の静岡県焼津市にはプラモデルメーカーの「ハセガワ」があって、いつもプラモデルを作ってましたね。

 決定的だったのが、小学生の時に地元で開かれたスーパーカーショー。黄色いランボルギーニを見て、完全に車に気持ちが入っちゃいました。中学校を卒業したら、すぐにでも整備士になりたいと思ったんだけど、ちょうど装置がコンピューター制御に変わるころで、勉強のために工業高校に入ったんです。その後、整備士になるための専門学校に進みました。

 −卒業後、愛知県で念願の整備士になった。

 スーパーカーの整備や、クラシックカーを解体して、お客さんの好みに沿って組み立てる仕事をやっていました。お金を目的に働いているわけではなくて、車が真剣に好きなお客さんが来てくれる、喜んでもらえるのがうれしい。ものづくりに対する思いがどんどん膨らんでいった。でも、会社の経営状況が悪かったのか、結果的に半年かそれ以上、給料をもらえないこともあった。

 −ものづくりの情熱がアダルトグッズに向いたきっかけは。

 生活苦で結局、静岡県に戻って中古車販売会社の営業職に就いたんです。常にトップの成績だったんですが、やっぱり、ものを作りたくてしょうがない。ほんと、理屈じゃなくて、今、世界にないものを作って世界中の人に喜ばれたいという気持ちがどんどん、でかくなっていった。

 どうやればそんなものを作れるのか。お金がなくてものを買えない生活が長かったので、ものに関する知識がない。勉強のため、休日は朝から晩までホームセンターとか家電量販店とかで商品を見てました。問い合わせ先とか、パッケージとか、メーカーがユーザーさんのことを考えて、便利にしたいと思ってものを作っていることがよく分かったんですね。

 そういう生活を一年して、ある時、ビデオショップの奥のアダルトグッズコーナーに行ったんです。何度も行ったことがある場所ですが、鍛えられた目で見ると、すごく不安な気持ちというか、違和感を覚えた。例えば会社名がない。ブランド名がない。いやらしい絵が描かれた外箱を見たときに、マスターベーションは卑わいで、わいせつで、特殊なことだっていうメッセージを感じた。

 でも、それって全然間違ってるんじゃないかなって。給料を払ってもらえなくて家賃も税金も払えないような生活をしていたとき、人間がもともと持っている食欲とか性欲とか、そういうことは根源的でとても大事なものだと思えるようになっていたんです。マスターベーションとか僕の周りは大体してますし、卑わいでもわいせつでもない。そもそも性欲って根源的な欲求なのに、アンダーグラウンドな状況にあるわけですよ。一般のものとしての性的な商品がないなら、僕が作ろうと決めました。お金を一千万円くらいためて、朝六時から夜中の二時まで毎日、研究と自主製作をしました。二年間で試作品ができ、その後の一年間、東京に一軒家を借りて、二、三人の仲間と量産化を準備したんです。時折カレーとか、炊き込みご飯とか、僕が母に習ったやり方で鍋に大量に作って、みんなで食べました。

 −最初に発売した男性用アダルトグッズのキャッチコピーは「オナニーの未来が、やってきた。」だった。

 新聞でも「オナニー」って言葉は使いませんよね。当時は「オ●ニー」って書くとか伏せ字が当たり前でした。そうすることで商品が卑わいでわいせつっていうメッセージを発してしまうことになる。

 TENGAは「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」というビジョンを創業時から打ち出していたのに、そこで「オ●ニー」って書いていたら、後ろめたいことだと認めてしまうことになるんですね。周りに「隠さずに出したら問題にならないか」って言われましたが、あえて隠しませんでした。

 最初に出した五種類は五万個を用意したんですが、予約だけで完売。一年で百万個が売れました。

 −従来のアダルトグッズと何が変わったのか。

 TENGAの商品は「ものの在り方を変える」というすごいテーマを持っています。アンダーグラウンドの市場で売れることを目指してるわけではなくて、一般の製品として、性生活を豊かにする新しい価値とジャンルをつくるというのが目標なんですよ。

 一般的なものって、品質やアフターサービスがしっかりしてますよね。だから、製品は高い次元にして、お客さんに届ける。今までは性的な商品はアンダーグラウンドの位置付けに置かれていた。それを変えて、人がもともと持っている性欲というものを、ちゃんとコントロールしたり、満たしたりできるのは健康的なことだっていう新しい価値観をつくりたい。

 −目指しているところは。

 僕がランボルギーニの車を見て「こんなすげーものがあるんだ」って衝撃を受けたように、知識と技術と、プライドをかけて作ったものが世界に広まっていくわけですよ。今見てもすごく美しいと思う車を四十年前に見た。

 それから、整備士として車に触れる中で、目指す価値観をゼロから生み出しているメーカーへの尊敬がどんどん強くなっていった。TENGAも、ゼロから性生活がより楽しくなるものを提案している。潜在的に人が欲しがっているけど、想像もしていなかったものを作っている。今までになかった、少し未来のものを作りたい。未来過ぎても分かんなくなっちゃうでしょ。ちょうどいい距離感が目標です。

 −今、見えている少し未来は。

 二〇一六年に、医療関連の別会社「TENGAヘルスケア」を設立しました。スマートフォンで精子を観察できるようにする妊活のための商品や、射精障害を治すためのトレーニング用の商品を開発、販売してきました。

 性的な欲求は、高齢者や障害者を含めたほぼすべての方が持っている。でも、自力でマスターベーションできなかったり、しないと思われていたり、性的なことをしづらい環境にいる。デイサービス会社や自立支援センターと協力して、手でもてない人のための補助具を作ったりもしている。

 今後は未成年も対象にした性教育もしたい。生物学的な話の前に、人同士の思いの形としてセックスがあるということから教えるべきだと思う。そういったすべての人の性生活を豊かにし、皆さんを幸せにしていきたいですね。

 <まつもと・こういち> 1967年、静岡県焼津市生まれ。小中学校は市内で育つ。小学生の時に、スーパーカーショーでランボルギーニ社の自動車を見て車に憧れを持った。静岡工業高(現・科学技術高)、三菱自動車整備専門学校(当時)を卒業後、自動車整備士や中古車販売などで約14年間自動車業界に携わった。ビデオショップで見たアダルトグッズコーナーに違和感を覚え、約3年間の製作期間を経て2005年に「TENGA」を設立。13年には女性用ブランド「iroha」を創設。16年には医療関連アイテムの「TENGAヘルスケア」を立ち上げる。同社は20年に、国際性機能学会のメインスポンサーを務めるなど、活動を広げている。

◆あなたに伝えたい

 一般の製品として、性生活を豊かにする新しい価値とジャンルをつくるというのが目標なんですよ。

◆インタビューを終えて

 松本社長は「一般」という単語をよく使う。TENGAといえば、従来と比べ、おしゃれなアダルトグッズというイメージが強いが「それだけじゃない。(性に関する商品を)一般のものとして新しいジャンルをつくりたい」と訴える。

 私はバイセクシュアル(両性愛者=LGBTのB)で、友人に性的指向を説明する時はいつも言い方に困る。性的な商品を「一般」化しようとしている松本社長の話を聞くうち、TENGAは性に関する偏見を無くそうとしているようにも感じた。

 今はまだ話しづらいデリケートなことでも、TENGAのように性に真正面から取り組む企業が増えれば、私のような性的少数者の生きづらさも減るのではないか。そうなることを願っている。

 (糸井絢子)

 

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