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あの人に迫る

阿部恭子 犯罪加害者家族を支援するNPO法人理事長

写真・隈崎稔樹

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◆「個」を確立して偏見をなくそう

 もし、あなたの年老いた両親が、運転中に事故を起こして誰かの命を奪ったら。もし、あなたの子どもが殺人事件を起こしたら−。そんなある日突然、「加害者家族」になった人たちを支援してきた阿部恭子さん(41)。十年以上の活動を通して見えてきたのは、「家族って一体何だろう…」という根本的な問いだった。

 −NPO法人「World Open Heart(ワールド・オープン・ハート)」の主な活動は。

 犯罪加害者家族からの電話相談が主ですね。少年事件ではない限り、捜査段階で警察から必ずしも家族に連絡が行くわけではありません。「家の前に報道陣が来ているが、何が起きているのか」「弁護士と連絡が取りたい」など切迫性の高いものも多いです。

 家族は、インターネット上で誹謗(ひぼう)中傷されたり、職場や住所がさらされたりして、世の中全体から総攻撃を加えられたようなケースもあります。拘束される容疑者本人は司法にのっとってある種守られますが、世間からのいわば社会的制裁によって、加害者家族が自殺に追い込まれることもあり、それを防ぐ活動をしています。

 −活動のきっかけは。

 最初は、犯罪被害者に関心がありました。二〇〇四年に犯罪被害者基本法ができ、東北大(仙台市)の院生だった〇九年には裁判員裁判が始まり、被害者の権利が確立された時代でした。

 そんなころ、たまたま参加したゼミのテーマが加害者家族の話でした。家族をどう保護するかと議論しましたが、結局、解決策はなく、ゼミの授業は終わってしまいました。ですがその後、なぜか妙に引っかかって、忘れられませんでした。

 調べると、加害者家族は生活が一変しますが、国が保護している様子はないし、データも出てこない。置き去りの現状を垣間見ました。当時は大学院生でお金も人脈も何もなかったんですが、それでも加害者家族の苦しみに耳を傾けることならできる。まずは、やってみようとなりました。

 加害者家族と語る会のチラシを市民センターに置くと、地元紙の河北新報が夕刊一面で報じてくれました。記事がネットニュースに流れると、電話が鳴りやまなくなりました。加害者家族を支援する団体は全国のどこにもなかったんです。

 −難しかった支援は。

 関東圏であった詐欺事件の話です。ある時、聴取されていた男性から「妻と子どもを保護して」と連絡がありました。その後、男性は逮捕され、妻の聴取も始まりました。先に逮捕された男性が「妻にそそのかされた」と供述したようで、警察も解明に必死でした。

 妻は、裏切られた思いでひどく傷ついて、追い詰められていきました。刑事は「詐欺をやらせたんでしょ」「自白したら、夜は子どもに会わせるよ」と。これは大変だと、弁護士に連絡しました。「子どもは大丈夫。あなたは闘いなさい」と強く言った時から、妻はわれを取り戻し、誘導されずに無実を訴え通せました。

 ですが、あの時万が一、妻も犯罪に手を染めていたら、かくまったことになるかもしれない。これが捜査段階から支援に入るリスクだと学びました。加害者家族の支援は世界的にありますが、ほとんどは受刑者家族で、逮捕前から支援に入る団体は世界でも珍しい。

 ただ、取り調べに家族を持ち出すのは万国共通のようですね。逆に言えば、家族の安全を整えることが、冤罪(えんざい)の防止にもつながると信じて活動しています。

 −加害者家族支援から見えてきたことは。

 そもそも加害者家族って、誰もが当事者になりうる。もっと「個」が確立した社会にならないと、加害者家族への偏見もなくならない。加害者家族は一体、誰に対してどのような責任を負うのか。親の育て方が悪いとか、あの親の子だからと、血のつながりだけで末代まで言われたりします。

 家族って単なる集団なので、そこに意味付けをするのは第三者ではなく、自分自身の問題です。世の中は家族に対してポジティブなイメージがありますが、実は、ずいぶん実態と離れているんじゃないかなって思います。殺人事件も半数以上は家族の間で起きる。多かれ少なかれ、家族ゆえの問題ってあります。

 −家族は、それほど万能ではない、と。

 人間ってどこかに帰属しないと生きていけない。帰属するところは必要だと思います。ただ、家族と一緒にいて苦しい人は、それを否定していい。家族は絶対的で、不可欠だっていうこの国の根強い前提を、そろそろ崩してもいいんじゃないかなと思います。

 緻密に分析したわけではないですが、問題がある家族に限って家族の密着度が高い気がしています。いがみ合っているのに、距離はすごく近くて、ハリネズミのようになっている。家族がつらいなら、別のコミュニティーでも生きていけるんだよと、加害者家族の活動では伝えています。

 −阿部さんの家族は。

 共働きの両親と祖父母のいる家庭で育ちました。経済的にも恵まれている方で、特に家庭に問題はありませんでした。

 ただ、十三歳の頃、初めて好きになった人が、年の離れた在日韓国人の方でした。複雑な家庭環境で育ったという話を聞いて、その時、初めてこういう家庭もあるんだと知りました。

 彼と接点を持ちたくて、彼も関わっていた、日本語が母語ではない子どもの学習支援ボランティアをしました。問題児も多かったのですが、毎回通っていたら、彼らが心を開いてくれたんです。子ども同士だから話せる悩みもあったようで、うち解けられました。

 その時の成功体験が今の私をつくっています。あの時の彼らも、家族としての連帯の苦しみを強いられていた。そんな存在をほっとけませんでした。

 −現在の犯罪報道について思うことはあるか。

 犯罪報道のタイミングが早過ぎるのではないでしょうか。逮捕段階であんなに報道された事件が、一年ほど経て裁判になると、小さくしか扱われない場合もある。真相は時間をかけないと見えてこないこともある。報道するなということではなく、検証報道をもっと増やしてほしいです。

 加害者家族も、逮捕の時は言えなかったけれど、待てば答えてくれる人もいる。あの時、こう報道されたけれど、実は違うとかね。

 一方で、京アニ放火事件の報じ方を見ると、被害者の匿名報道の議論はすぐに起きますが、同じく人生を大きく左右させられる加害者家族はいっこうに議論にのぼりません。

 −加害者家族の支援でバッシングはないですか。

 被害者の気持ちを考えたことはあるのか、というご意見はあります。ですが、批判が起きるのがデモクラシーです。日本は批判が起きることそのものに、強い抵抗感を持つ方が多いです。私たちの活動に批判が起きたとしても、そこから知ってもらい、議論し、育ち合いたいと思っています。

 −今後の展望は。

 米国で最近、銃乱射事件を起こした息子の母親が本を出版しました。米国でも批判はあったようですが、応援も多く寄せられたみたいです。日本ではまだハードルが高いかもしれませんが、少しずつ、加害者家族が自ら声を上げられる社会になっていけばよいと思っています。

 <あべ・きょうこ> 1977年12月、仙台市生まれ。2009年3月に東北大大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。大学院在学中の08年に、社会的差別と自殺の調査研究を目的とした任意団体「World Open Heart」(仙台市青葉区)を設立。11年に法人格を取得した。現在同NPO法人理事長。15年には韓国で初めて加害者支援団体「児童福祉実践会セウム」が設立され、同団体と連携した活動がある。少年院保護者会や刑務所、自立更生促進センターなどの矯正施設での講演が多数。「息子が人を殺しました−加害者家族の真実−」「家族という呪い−加害者と暮らし続けるということ−」(いずれも幻冬舎新書)などの著書がある。

◆あなたに伝えたい

 家族は絶対的で、不可欠だっていうこの国の根強い前提を、そろそろ崩してもいいんじゃないかなと思います。

◆インタビューを終えて

 数限りない容疑者の名を新聞に刻んできた。容疑の残酷さと裏腹に、希望に満ちた名前に「家族はどんな思いでこの名を付けたのだろう」。原稿を書く手が止まったのは一度ではない。

 事件報道は今、遺族感情への配慮を求める声がかつてなく強い。配慮は当然だが、一方で、声を上げることもはばかられた加害者家族の存在が語られる機会は、ほぼなかった。阿部さんの逆サイドからの言葉に気付かされることも多かった。

 被害者感情は、同調しやすい一面があるかもしれない。だが、複雑な感情の糸をひもとき、多様な視点を提供してこそ、社会が「真実」を見る目を養うことにつながるのだとも思う。

 (木原育子)

 

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