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あの人に迫る

小桜義明 静岡大名誉教授

写真・立浪基博

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◆「助け合い」こそ地域社会に必要

 南アルプスの南端、標高約八百メートルの山あいから「人としての生き方」や「地域社会のあり方」をひたすら考え、提言し、自ら実践してきた研究者がいる。「縁側お茶カフェ」の発案者として知られる静岡大名誉教授の小桜義明さん(74)は、「天空の癒やし里」と自ら名付けた静岡市葵区大間に三十年近く前に移住。五十年以上連れ添った妻の瑞穂さん(75)の介護を続けながら、現在の地域社会には「助け合い」こそが必要だとあらためて気付いたと語る。

 −どのような研究をしてきたのでしょうか。

 静岡大に就職したのは一九七四年です。「地域と自治体」を生涯の研究テーマに掲げていました。いざ研究者の世界に入ってみると、派閥争いで議論どころじゃない。口は立派でも、やっていることは私利私欲まみれで、失望しました。

 地域に密着して、地域に必要とされる研究者になりたいと思った。静岡大に勤めたからには、静岡県という地域に一生関わろうと決めました。県への政策提起として挙げた一つが「東西軸から南北軸へ」です。左右に長い静岡県で、東西の幹線道路沿いを強くしても通過点にされるだけ。「海、まち、山」をつなぐ南北の軸を太くして活性化させることを考えました。

 いろいろ提案し続けてもほとんど実行されません。自分でやるしかないと、九三年に山間部の静岡市葵区大間に移住しました。

 −縁側カフェにつながる。

 大間の主産業はお茶。集落の世帯数はわずかで、地元農作物の直売所も閉まることになった。田舎というと、住民同士、仲の良さそうなイメージがありますよね。でも中に入って見えたものは違った。直売所でも嫁としゅうとめのぎくしゃくした関係などが投影され、うまくいかない。

 ならば、自分たちで作ったお茶を、自宅で飲んでもらえばいいのでは。そんな考えが「縁側お茶カフェ」となって、二〇〇八年四月に始まりました。

 決まりは毎月第一、第三日曜日にやることだけ。それぞれの家が勝手にやるから、もめ事もない。独自にメニューを考え、どうもてなすかも自由。「うちは何もできないよ」と言っていても、いざ始まればみんなお茶とお茶請けを用意していましたよ。私も自宅隣接のツリーハウスを開放し、マドレーヌを焼くなどしてカフェを開きました。

 生産者と消費者の顔と顔が見える関係になる、地産地消の究極の姿だと思います。地域のやる気や自主性を育てるモデルとして、過疎対策や地域おこしに広げていってほしいです。

 −妻・瑞穂さんの介護もあって、今は自宅のカフェを開けていないそうですね。

 (元教師の)妻がくも膜下出血で倒れてもう四十年になるかな。教師の仕事ができなくなり「家族に迷惑をかけるようなら生きている意味がない」とひどく落ち込んでいました。

 人間に対する評価基準とは、何ができるかではなく、その人が置かれた状況でどれだけ力を出しているか。まだ動ける力はあるし、寝たきりでもできることはある。かわいそうだから面倒を見てあげようという考えでは、かえって面倒を見られる人が萎縮したり、傲慢(ごうまん)になったり、両極になりがちです。その人が発揮できる力をどう引き出すかが、福祉のあり方じゃないでしょうか。

 −介護から学んだことはなんですか。

 介護をしていると同情されることが多いけれど、妻から教えられることは多い。投与する薬を替えて、妻がおかしくなったことがありました。正気になると「こんな体になってごめん」と謝ってばかり。寝たきりで動けなくて認知症になっても、家族のために何かしたいんだなと分かった。

 −瑞穂さんとのなれそめは。

 大学一年の時、一目ぼれをしました。教師を目指していた彼女のために、教育のことなどを一生懸命調べました。役に立ちそうな本を見つけては紹介して。尽くすのに疲れて諦めようとしましたが、彼女も私を好きになってくれて。

 「相手が必要とすることをする」ことが大切。彼女のために自分ができることを考えてきた。障害者になったことで、言動の理由を考えるようになり、これまで長く続けられているのかもしれません。

 恋と愛は違います。「愛する」とは相手をいとおしく思い、その人のために役立とうと何かをすること。愛してもらおうと思ったら愛さないといけない。愛せない人間が、なぜ愛されるんだと言いたい。

 −相手のためにしたことが、自己満足で終わってしまうこともある。

 「やってあげている」という自己満足では相手を助けたことにならない。面倒を見られた人は本当に喜んでいるのか。妻が生きる喜びを感じられて初めて助けたことになる。

 −介護の課題をどう考えていますか。

 介護をしなければ家族じゃないと思っています。現代の介護は家族が全部抱え込んでしまうか、施設に全委託かで二極化している。介護業界も、介護は負担が大きくて高度で専門的だから、予算をつぎ込んでほしいと思っている。家族を巻き込もうとせず、家族側も介護への拒否感が強い。家族と介護職が手を取り合わなければいけません。

 −大事なのは助け合い。

 そうです。人に助けられることが恥だという風潮はある。でも助けられることは助ける人を助けていることでもあるんです。

 いじめや虐待の問題があると、すぐに児童相談所や教育委員会、学校に問題を見いだそうとしますが、家庭や地域など一番助け合わなくてはいけないところがバラバラになっている。自分が傷つくことにはやたら敏感な一方、他人が傷つくことには極めて鈍感になっている。

 −地域社会の課題も同じ。

 行政は支える人材養成ばかりに目がいき、支え合う関係づくりはできていません。行政は助ける側、住民は助けられる側という関係が出来上がってしまっている。それを変えることが、私の課題。集まった高齢者たちで自分の困っていることや得意なことを書いて見せ合い、得手不得手を地域でかみ合わせる、というように。

 −何事も実践して解決策を導き出してきた。

 実践をしながら「これは何なのか」と理論的に考えてきました。哲学や心理学の本をよく読みます。哲学は全ての学問の基本だと思っている。

 今は専門家ばかり増え、知識人が少ない。静岡を知るには静岡以外のことを知らないと分からない。現場が問い掛ける本質的な問題を解くためにどういう研究が役に立つか。

 人間は、他人を通して自己を知る存在。あらゆることを抱え込んでこそ、生きてきて良かったと思っています。

 −今後の人生をどう生きていきますか。

 自分の生き方を子どもに見せたい。親が子にできる最後の務めは、死にざまを見せることだと思います。死にざまとは、死が来るまでの生き方。最近はLINE(ライン)を始めて、介護の状況などを娘に知らせています。娘が将来介護をすることになった時、父がどんな介護をしていたか。伝えていきたいですね。

 <こざくら・よしあき> 1945年3月、広島県生まれ。74年に京都大大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学後、「たまたま声が掛かった」という静岡大人文学部に勤務。静岡県を中心に地域政策の研究に携わり、93年には静岡市葵区の山間部に移住する。自宅の縁側を開放してお茶を振る舞う「縁側お茶カフェ」や住民同士で車に乗り合わせて買い物に出掛ける「買い物ツアー」などを提案し、実行してきた。くも膜下出血により障害者になった妻とその母を介護するため、2007年に静大を早期退職。民生委員や児童委員を務めながら、地域における介護や福祉のあり方の研究も続けている。著書に『介護恋愛論』(日本医療企画)。

◆あなたに伝えたい

 地域に密着して、地域に必要とされる研究者になりたいと思った。静岡大に勤めたからには、静岡県という地域に一生関わろうと決めました。

◆インタビューを終えて

 「一九六四年一月十一日午前十時四十分」。小桜さんが初めて妻の瑞穂さんに出会った日時だという。五十五年前の記憶を鮮明に覚えている。何事も実践を経て理論化してきたが、妻に一目ぼれした理由だけはいまだ解き明かせていないところに、親近感を抱いた。

 取材中、唯一弱音を吐いた瞬間があった。これからの地域社会に必要なのは「助け合い」だと説くが、現実は「なかなかうまくいかない」と漏らした。

 私たち一人一人でも、やれることはある。それは「相手に必要とされる人間になること」。恋愛に限らず、生き方のヒントが小桜さんの七十四年の人生に詰まっている。

 (谷口武)

 

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