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あの人に迫る

堀正嗣 子どもアドボカシー研究の第一人者

写真・大橋脩人

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◆小さなSOSに耳を傾け尊重を

 子どもの側に立って本音を聞く「アドボカシー」が注目されている。子どものSOSを関係機関が受け止められなかった虐待死事件が相次いだことをふまえ、国は二〇二二年度をめどに制度設計を始めた。子どもアドボカシー研究の第一人者である熊本学園大教授の堀正嗣さん(62)に、ポイントを聞いた。

 −アドボカシーという言葉自体、日本でまだ聞き慣れない。

 アドボカシーの語源は、ラテン語の「アド(誰かに向かって)」「ボコ(呼ぶ)」で、「声を上げる」という意味。権利を侵害されている当事者や周りの人が、声を上げることです。アドボカシーをする人は「アドボケイト」です。

 例えば、溺れている子どもがいるとして、本人が声が出せなくても、周りの人が「大変だ」と声を上げることです。いじめや虐待を受けている子どもを知った時、その子のために「助けて」と声を上げること。これがアドボカシーです。

 取り組みが世界で一番進んでいる英国では「マイク」に例えられます。子どもが言ったことをそのまま大きくする装置。大人の考えを入れずに、子どもに寄り添って声を届ける役割です。

 ただ伝えるわけではありません。例えば、施設で暮らす子どもの要望を代弁したとして、施設側に「そんなこと無理」と断られたとします。子どもに「無理だって」と伝えるだけなら意味がない。「こういうことできるんじゃないですか」とか、「もっと考えてください」とか働きかけていく。意見実現支援、子どもの声に力を与える役割です。

 英国では法律に基づき、全ての地方自治体がアドボカシーサービスを提供しており、約八割が民間団体に委託しています。虐待を受けるなどして家庭から保護された子どもたちは、行き先など自分に関わる重要事項を決める場に参画する権利があります。子ども本人や、ソーシャルワーカーなどから依頼を受けると、民間団体がアドボケイトを派遣し、子どもの側に立って意見を聴きます。

 母親がいなくなり、保護された六歳の女の子エリーの事例を紹介します。彼女は会議の前に、アドボケイトに何度も会い、自分の意見をまとめておきました。会議では、自分が大切に思っている人の名前や、その人に伝えたいことを紙に書きました。「ママ愛してる。お酒を飲むなら家に帰らないよ。私をたたくのが嫌」など、彼女の意見がそのまま大人に伝わりました。

 アドボケイトは本来、友達でも親でも職員でもできます。でも、それらとは別に、英国のように独立した第三者の専門アドボケイトは必要。児童相談所で職員に伝えたら、会議に上がって行き先が変わるのではとか、不安もある。外部から来るアドボケイトになら言いやすい。子どもが誰に意見を伝えてもらうか、選べることが大事です。

 −日本にはそういう仕組みがなかった。

 日本は国連の子どもの権利条約を批准しており、第一二条に意見表明権が規定されています。乳幼児も含めすべての子どもは自分に関わる決定について意見を表明し、意見を聴かれ、考慮される権利があります。

 しかし、日本の取り組みは遅れていて、国連の子どもの権利委員会から再三、勧告を受けてきました。ようやく一七年八月、厚生労働省の「新しい社会的養育ビジョン」で、アドボカシーの必要性が盛り込まれました。今年六月の改正児童福祉法では、二二年春をめどに、子どもの意見表明権を保障する仕組みをつくることになりました。

 こうした動きの背景には、数々の悲惨な虐待死事件があります。千葉県野田市の事件では、子どもが虐待を訴えた学校アンケートのコピーを、虐待していた当の父親に渡してしまった。子どもたちはSOSを出しているのに、ちゃんと聴いてもらえてない。聴いても尊重してもらえていない。こうした事件を受け、アドボカシーがクローズアップされてきました。

 −子どもの声が置き去りにされるのは、文化的な背景もあるのでは。

 かつて日本では「女子どもは黙ってろ」と、いろんな物事を男性が決めてきた。女性が意見を言うことは抑圧されていた。女性は声を上げ、権利を獲得してきた。一方、子どもたちは声をあげて戦うことができない状況に置き去りにされてきた。自己決定権もなく、社会的に力を持たされていない。ブラック校則とかもそう。黙って大人に従って生きるしかなかった。

 子どもの声は小さく、社会になかなか届きません。声が小さいとは、力が弱いという意味です。この社会は、声が大きい人の言うとおりになる。声が大きいとは、権力があるということ。子どもたちは、そういう力が全くない。「口答えするな」などと言われ、押さえつけられてきました。改善しなければいけません。

 −アドボカシー研究を始めたきっかけは。

 ぼくは先天性の視力障害、弱視で生まれてきました。小さい頃ほど障害が重くて、苦労しました。小学校に入るとき、「この子に普通校は無理」と言われました。ぼくは幼稚園でみんなと一緒だったから、みんなと一緒に通学したかった。親がそんな思いをくんで、学校側にかけあってくれて普通校に入学できました。これもアドボカシーです。

 でも、学校側は「迷惑な子が来た」と受け止めていました。子どもは大人の気持ちに敏感だから、担任の先生がそういうふうにみていると分かりました。周りの子どもからのいじめもひどかった。「自分はここにいちゃいけないのかな」、「自分なんかいない方がいいのかな」と思っていました。見て見ぬふりしている先生には言えない。親にも心配かけたくない。一人で耐えて、走って帰って、部屋で泣いていました。

 そういう時、自分の味方になって寄り添ってくれる人がほしかった。そういう大人がいてくれたら、どんなに良かったか。幸い、だんだんいじめが解消されて、友達もできて、学校時代を送ることができたからよかった。でも、いじめで死んでしまう子の気持ち、ぼくはよく分かる。

 すべての子どもたちが、当たり前に生活できる社会をつくりたいと思いました。一番弱いのは、障害がある子どもや、社会的養護の子ども。そういう子どもが安心して生活し、学校で学べるようになれば、すべての子どもが安心できる社会になる。一番弱い子どもたちの権利が守られるような社会にするために、できることをしたいと思い、研究を始めました。

 −国の制度設計はこれから。

 子どもの権利を守るためには、二つの仕組みが必要です。一つは、子どもの権利を救済したり、苦情を解決する仕組み。児童相談所の措置が不適切だったり、子どもの願いと相反している時に、きちんと解決する仕組み。もう一つが、アドボカシーの仕組みです。両方がそろった制度設計をしてほしいと思っています。

 自分の意見を聴いてもらえた経験があれば、大人になって親になったり、施設職員や先生になったりした時、自然に子どもの気持ちを聴くことができます。一番大事なのは、市民がアドボカシーの理解を深め、子どもの権利を守るために活動すること。アドボカシーの文化をつくることで、子どもの声を大事にする社会ができると思います。

 <ほり・まさつぐ> 熊本学園大教授。1990年代から子どもアドボカシー研究に取り組む。英国の制度にならい、独立した第三者による子どもアドボカシーサービスの導入を提唱。日本子ども虐待防止学会の学術集会で「施設訪問アドボカシーの理念と枠組み」をテーマに発表したほか、各地で講演している。名古屋や大阪、東京などで、子どもアドボケイトの養成に取り組む。

 兵庫県川西市子どもの人権オンブズパーソン、公益社団法人子ども情報研究センター・独立アドボカシー研究プロジェクト座長などを歴任。「独立子どもアドボカシーサービスの構築に向けて」、「子どもアドボカシー実践講座」など著書多数。滋賀県長浜市出身。

◆あなたに伝えたい

 一番弱いのは、障害がある子どもや、社会的養護の子ども。そういう子どもが安心して生活し、学校で学べるようになれば、すべての子どもが安心できる社会になる。

◆インタビューを終えて

 名古屋で行われた講演会の前日夜、取材の時間をとってもらった。かばんも持たずに現れた堀さんは、そのまま一時間、熱っぽく語ってくれた。アドボカシーという言葉は聞き慣れないが、結局は子どもに寄り添えるかどうか、シンプルなことと理解した。振り返って自分は母親として、子どもたちの声をきちんと聴いていただろうか。自信がなくなった。駅まで歩きながら打ち明けると「余裕がないと難しいですよね。忙しいし」と慰めてくれた。そして「大人が自分を大切にすること、大切にされることが、子どもを大事にすることにつながると思うんです」と、ぽつり。手を振って別れた後、その言葉をかみしめた。

 (今村節)

 

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