トップ > 特集・連載 > あの人に迫る > 記事一覧 > 記事

ここから本文

あの人に迫る

岩佐十良 雑誌「自遊人」編集長

写真・横井武昭

写真

◆地方の豊かさが日本変える力に

 都心から里山へ−。雑誌「自遊人」の編集長、岩佐十良さん(52)は、かつて東京から新潟に編集部ごと移転した。それから十五年。今も地域に軸足を置きながら、食品の販売や宿の経営など活動の幅を広げ、地方の魅力を発信し続けている。「日本の未来を地方からつくる」がモットーだ。

 −ライフスタイルをテーマにした雑誌「自遊人」を発行しながら、食品販売など多彩な活動をしていますね。これまでの歩みを教えてください。

 学生時代にデザインの会社を起業し、業務を編集プロダクションに替えて雑誌の特集記事なんかを作っていました。「じゃらん」や「東京ウォーカー」ですね。売れる記事を作り続けないといけないプレッシャーは相当でした。創業して十年後には自分で雑誌をつくろうと思っていたので、二〇〇〇年に「自遊人」を創刊しました。食べ物と旅が得意ジャンルだったので、それもうまくはまりました。

 「自遊人」で特集したお米の記事をきっかけに、二年後に食品販売も始めました。メディアでそんなことをやる会社は他にありませんでした。日本全国のおいしいお米をピックアップして消費者に届ける。生産者から全量を仕入れて、うちで倉庫に保管し、精米し袋詰めして送ります。ヒットした企画がお米の食べ比べセット。小袋に分けた五人の生産者のお米を召し上がってもらうというものです。同じような方法で国産大豆を使ったみそや漬物も手がけました。製造を工場に委託し、うちで販売する食品メーカーですね。おいしいものがあっても、それが販売されていなかったので、ほしい方々に届ける方法をデザインするのはメディアの僕らならできるはずだと思いました。

 −二〇〇四年には東京の日本橋から新潟の南魚沼に編集部を移転しました。どういう理由からですか。

 米を知るためには東京にいたんじゃ分からない。もっと現場で見ようと思ったんです。例えば隣同士の田んぼですら米の味が違う。同じコシヒカリなのに、流れ込む水も太陽の光も土もほぼ同じなのに違う。それと、農家や農業試験場の方やいろんな人に取材すると、一人一人の話には納得できるけれど、複眼的に見て総合して検証すると理論の矛盾が出てきたりする。おいしいお米を作る最後のところは現場に行かないと分からないと思いました。

 もう一つは、自分たちのライフスタイルの見直しです。それまで徹夜は当たり前。キャスター付きのいすを並べて仮眠が取れれば一人前と言われていた。事務所に三段ベッドを作り、二時間寝られるのが幸せでした。今ならブラック企業もいいところ。ライフスタイルの雑誌を作っているのに、自分たちのライフスタイルがめちゃくちゃでした。

 社員の希望者だけで先に一部移転して、その後全面移転しました。僕も池袋生まれだし新潟出身は当時一人もいなかった。周りには「地方で成り立つわけがない。ライバルが一社消えたな」と思われたでしょう。

 −移転して働き方や生活は変わりましたか。

 すごく時間が生まれました。外部との打ち合わせや売り込み、営業への対応がなくなったら本当に暇になった。雑誌のクオリティーも力の入れ方も変えていないのに、時間ができて、自分たちで農業生産法人を立ち上げて米を作ることもできました。今から十五年前に勝手に働き方改革をしていたわけです。

 収入は減りましたが、豊かさははるかに上回るんですよ。気持ちの面だけでなく物質的にも。外食や交遊にかけていた食費が安くなり、おいしいものを食べて東京よりも広い家に住める。収入三分の一、豊かさ五倍みたいな世界です。

 −そして、五年前には南魚沼に旅館「里山十帖(じゅうじょう)」をオープンしましたね。

 仲のいい農家の方から「廃業する予定の宿があるからどう?」と声をかけられました。五月に見に行くと、新緑がきれいで、山も田んぼの風景も美しい。見た瞬間に「ああ、やるべきだな」と思いました。地元の人が部外者に旅館をやるかなんて声をかけてくれることはなかなかないので、これもご縁だと思って。雑誌や食品を手掛けてきましたが、「もっと皆さんにリアルな体験をしてほしい」という思いで一本につながっていて、宿も同じ延長線上にありました。

 「里山十帖」という名前には「里山から始まる十の物語」という意味を込めています。いろんなことを体験して感じてもらう。一番は食です。南魚沼の中でも一番おいしいお米を召し上がっていただく。ワインで例えると、魚沼がブルゴーニュだとするならば、ここ大沢はロマネコンティの畑のような特別な場所なんです。伝統野菜もあります。市場に出回りませんが、京都や金沢に全くひけをとらないぐらい伝統野菜があって生活に根付いている。ここでしか食べられない料理を出すようにしています。

 −「一軒の宿が地域のセンターハブになる」という言い方をよくされています。その意味は。

 宿は、伝統野菜や発酵文化をPRすることもできれば、地域の風土や景色もPRできます。地域の資源を大切にして紹介すれば、喜んでくださる方がいる。まさにライフスタイルを提案できる「リアルメディア」でもあります。

 −そうした地方に根差してきた立場から、政府や国が進める「地方創生」の現状をどう見ていますか。

 地方創生は長い期間で戦略を立ててやる必要があります。種をまいたら、育てて刈り取るところまでちゃんとやらないといけない。行政が単年度で結果を出して終結させるというのは一番悪い。「官」はどうしても単年度の予算が終わるとしぼんでいってしまう。元気のある「民」を援護射撃する時代だと思います。

 例えば移住に関してなら、もっとゆっくり考えましょうと言いたいですね。移住してすぐ実績を出すなんて無理です。僕らも地元がどういう地域なのかを学ぶ期間が五年以上ありましたから。

 −「自遊人」の中でも、編集長として「社会を変えるデザイン的思考の源泉は地方にこそある」とメッセージを書いています。

 地方がなければ東京は成り立ちません。地方創生の本質が人口減少問題だとして、その一番根幹となる人間を生んでいるのは地方ですよね。人も食料も空気も水も地方がつくっている。地方が日本を支えているんです。

 いまSDGs(国連で採択された「持続可能な開発目標」)が言われ始めていますよね。でも商品を売るためにSDGsの格好いいマークを入れる、というようなファッションにもなりかねません。僕はSDGsが実現する可能性があるのは、地方だと思っています。僕ら地方の人間はお金第一ではなく、豊かさに重きを置いている。お金至上主義ではなく、かといって世捨て人になるつもりもなく、そこそこのバランスをとってそれなりに経済をまわすことができています。

 「皆、自信持とうよ。俺たち地方の方が全然進んでいるよ」って言いたいですね。これからは地方の時代。メディアとしてその良さを提案することで、世の中を変えていく仕組みをつくりたいと思っています。

 <いわさ・とおる> 1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大でインテリアデザインを専攻。在学中の89年にデザイン会社を創業、後に主な業務を編集・制作に移す。2000年にライフスタイルマガジン「自遊人」を創刊し、編集長を務める。発行部数は最大16万5000部。温泉と食にこだわりを持ち、ファンも多い。02年に雑誌と連動した食品販売事業をスタート。04年には東京・日本橋から新潟県南魚沼市に活動拠点を移した。14年に同市の大沢山温泉に宿泊施設「里山十帖」をオープンした。昨年は本をテーマにしたブックホテル「箱根本箱」を神奈川県箱根町に開業。同様に「地域のセンターハブ」になる施設を10年で10カ所以上展開することを目指している。

◆あなたに伝えたい

 地方創生は長い期間で戦略を立ててやる必要があります。種をまいたら、育てて刈り取るところまでちゃんとやらないといけない。

◆インタビューを終えて

 取材ではくだんの「里山十帖」で話を聞かせてもらった。古民家を利用した宿は豊かな緑に囲まれ、庭では湧き水でキュウリとビールを冷やしていた。思わず目を閉じて深呼吸。ヒグラシの声が響き、夏がゆっくりと暮れていった。都会から七時間かけて泊まりに来たという夫婦は「ぜいたくな時間だね」とため息交じりにつぶやいた。宿そのものが地方の魅力を体現しているかのようだった。

 「温泉宿の経営は、雑誌、食品に続く自遊人の第三楽章。ものづくりや街づくりって最高にクリエーティブなんです」と笑顔で話す岩佐さん。「地」に足のついた活動はまだまだ広がっていきそうだ。

 (横井武昭)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索