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あの人に迫る

劉慈欣 中国のベストセラーSF小説「三体」の著者

写真・中沢穣

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◆壮大なスケール 宇宙に畏敬の念

 中国のベストセラーSF小説「三体」の邦訳が七月に早川書房から発売され、一カ月で十万部(電子版含む)を超えるヒットとなっている。「SFファンがSF作家になった」と自らについて語る著者の劉慈欣(りゅうじきん)さん(56)は発電所の技師として勤務するかたわら、壮大なスケールの作品を生み出してきた。「小さな人間と大きな宇宙との関係を描こうと努力してきた」という創作の過程を語る。

 −山西省陽泉市の発電所で勤務しながら作品を書いてきた。

 北京に生まれ、幼いときに父の仕事の都合で炭鉱の街だった陽泉に移った。それ以来、大学四年間を除いてずっと陽泉で暮らしている。大学卒業後は火力発電所でコンピューターの技師になり、三十年近く務めた。中国では転職が一般的だが、私はずっと同じ職場にいた。SF小説を書きたかったからだ。仕事が安定して忙しくなく、余暇の時間が十分にあれば、仕事に求めるものはそれ以上にない。発電所は(約四百キロ離れた)北京の空気が悪くなって閉鎖されたが、二〇一二年まで兼業作家だった。中国ではSF小説の市場はとても小さいので、SF作家は兼業がほとんどだ。

 −「三体」のアイデアはどこから?

 多くのSF作家と同じように、私もアイデアの源泉は科学そのものにある。三体のアイデアは、物理学の三体問題からきている。(宇宙の)三つの物体にすべて質量があり、互いに重力を及ぼすと、物体の動きは予測できないというのが三体問題だ。ではこの三つの物体が三つの恒星だった場合、そのもとで生じた文明はいかなるものか。これが「三体」のもとになった着想だ。

 −スケールの大きな物語が「三体」の魅力だ。

 そもそもSFはスケールの大きなものであり、現実を超えた大きな時空で物語を展開する。さらに私自身について言えば、広大な宇宙への畏敬の念や神秘的な感覚が創作の原動力であり、小さな人間と大きな宇宙との関係を描こうと努力してきた。このことが小説のスケールを決めている。

 −科学に対する肯定的な見方も特徴的だ。

 その通りだ。私たちの生存や明るい未来に、科学は欠かすことができないと考えている。もちろん科学技術はマイナス面もあるだろう。現在のSF小説の多くは科学がもたらす暗い未来を描いており、一部の作品は科学を悪魔のようにみなしている。これは二十世紀のSF全盛期とは大きく異なる。私はなおも科学を肯定的にとらえるという点において非主流であり、例外的な存在といえる。

 −「三体」では女性科学者が文化大革命(一九六六年から約十年続いた政治・権力闘争。多くの人が迫害され、社会が大混乱に陥った)を経験し、世の中に絶望することが物語のカギとなる。自身の経験は。

 文革が最も激しく、混乱がひどかった時代に私はまだ小さく、文革の一部しか経験していない。陽泉は闘争が最も激しかった地区の一つであり、とても残酷な一部分は覚えているが、記憶は曖昧だ。しかし、紅衛兵(文革の推進力となった青年組織)の最後の世代である私たちにとって、文革のもたらした精神上の影響はとても重く、抜け出すことはできない。

 −具体的には。

 複雑でひと言では言えない。有形無形のものであり、影響はいろいろなところに出ているだろう。一点だけ具体的に言えば、子どものころのことでよく覚えているのは文化的資源の欠乏だ。読む本がほとんどなかった。もし今のように情報を得るための多様な手段があり、豊富な文化生活が送れる時代に育ったら、自分がどんな人間になっていただろうかとよく考える。

 −SFで現実社会の批判や風刺をする作家もいる。

 現在の中国にはそういう作品が多く、いい作品も少なくない。しかし私はSFそのもの、想像力が生み出すSFの世界に興味がある。作品に出てくる文革も物語にとって必要だったからにすぎない。中国の現代史において、人生に徹底的に絶望しうる事件は文革以外に思い付かなかったからだ。八〇年代以降に生まれた中国人は文革に興味がないし、それ以前の人たちは意識的、無意識的にこの歴史を忘れようとしている。当局もこの時代を振り返るのをあまり推奨していない。

 −中国の作家は、政治的な要素と付き合うのが難しいように感じる。

 ほかの領域の小説はたしかにこの問題があるだろうが、SF小説は(当局の)関心や制限をあまり受けていない分野のひとつだ。もちろんSFであっても政治と無縁ではない。たとえば中国のSFは八〇年代中期に突然、発展が中断された。これは、当局がSFが資産階級の自由を宣伝していると考えたためであり、つまり政治的な原因だ。しかし現在はSF小説と政治の関係はそれほど明確ではなく、私はそれほど問題に直面したことはない。

 −初めて読んだSFは覚えているか。

 私が育った文革時代の中国にはSFという概念すらなかったが、文化的に寛容だった五〇年代に入ってきていたSF小説を読んだ。最初に読んだのはジュール・ベルヌの「地底旅行」だ。思い出すと笑ってしまうが、とても写実的に書かれていたのですべて実話だと思って読んだ。その後、すべて想像上の出来事だと父に教わり、仰天した。人間の頭脳が何もないところからこれほど生き生きとした世界をつくり出せるのかと。それ以来、SFファンになった。改革開放によって西側のSF小説が入ってくると、クラークやアシモフなどを大量に読んだ。

 −日本のSFで影響を受けた作家は。

 たくさんいる。小松左京、星新一、筒井康隆の三人の巨匠のほか、現在の伊藤計劃(けいかく)や小林泰三もいる。日本のSFは中国と違い、主な表現方式が小説ではなくアニメと言えるが、手塚治虫や宮崎駿、大友克洋などもよく知っている。

 −最初にSFを書いたのは。

 十五、六歳のころだったと思う。出版社に送ったが、戻ってきた。その後、長い間書かなかった。特に八〇年代に中国のSF小説が消えた後は十年近く書かなかった。九〇年代後半にSF市場が復活してから創作を再開させた。

 −SF以外に書いたことは。

 全くない。私は熱烈なSFファンであり、SFファンがSF作家になったといえる。文学への関心から作家になったのではない。

 −中国のSF小説は世界から注目を集めている。今後も発展は続くか。

 それはどうだろうか。注目を集めた中国のSF小説は「三体」ぐらいだ。「三体」発表後の約十年間で、私自身の作品も含めてほかはあまり売れていない。中国で一定の影響力のあるSF作家は二、三十人にすぎない。ただ、小説以外の表現方法、特に映画はさらに発展する可能性が高い。

 −中国のSFの特徴は。

 よく聞かれるが、中国のSFは欧米から入ったものであり、欧米との相違点よりも共通点のほうが多い。強いていえば、欧米の作品はキリスト教文化の影響が濃い。例えばクローン人間は、欧米にとっては宗教的で特別な重大さがある。中国にとってももちろん重大だが、宗教性は帯びない。

 <りゅう・じきん> 1963年に北京で生まれ、山西省陽泉市で育つ。大学卒業後は発電所でコンピューター技師として勤務。99年に中国のSF雑誌「科幻世界」でデビューし、2006年に同誌で「三体」の第1部の連載を始めた。「三体」は3部作で構成され、今回、邦訳が発売されたのは第1部。版元の早川書房によると、第2部の邦訳は来年、第3部は再来年に発売される予定。「三体」は15年に世界的なSFの賞であるヒューゴー賞長編部門をアジア人として初めて受賞した。代表作にはほかに、今年上半期に中国で大ヒットしたSF映画「流浪地球」の原作などがある。「最近は、自分の作品の映画化に向けた仕事が多い」という。

◆あなたに伝えたい

 私はなおも科学を肯定的にとらえるという点において非主流であり、例外的な存在といえる。

◆インタビューを終えて

 山西省陽泉市は北京から高速鉄道に乗って約二時間、郊外の駅からタクシーでさらに約一時間かかる。「七、八年前に高速鉄道が通るまでは北京まで鉄道で七時間ぐらいかかった」(劉さん)。市中心部のマンションにある劉さんの自宅は、世界的ベストセラーを生み出した作家のものとは思えないほど質素だ。仕事場はベッドの横に置かれたパソコン机といい、「本が並ぶ優雅な書斎なんてないよ」と笑う。劉さんの人柄も飾らない。自らお茶を勧めながら、質問に丁寧に答えてくれた。発電所を辞めた後も同市に住み続ける。「こだわりがあるわけじゃないけど、北京と違って座談会とかに参加しなくて済むのはいいね」

 (中沢穣)

 

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