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あの人に迫る

友田明美 福井大子どものこころの発達研究センター教授

写真・蓮覚寺宏絵

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◆脳も傷つく虐待 社会が止めよう

 児童虐待が後を絶たない。福井大子どものこころの発達研究センターの友田明美教授(58)は「虐待サバイバー」の大人も、心に受けた傷から生きづらさを抱えることを、脳の磁気共鳴画像装置(MRI)検査による画像の研究から明らかにした。小児神経科医として長年、子どもや家族に寄り添ってきたこれまでの道のりや、子どもを守り育てるため、これからの社会に必要なことを聞いた。

 −小児神経科医として一連の虐待研究を志したのは、研修医の時に救命救急センターで、虐待を受けた男児を治療されたことがきっかけだったそうですね。

 医学部を卒業して、一年目の時です。痛ましいケースでした。夜中に三歳の男の子が運ばれてきました。付き添ってきた両親は「階段から転んだ。寝ぼけたんだろう」と言っていました。でも、男の子の衣服を脱がせたら無数の打撲やたばこを押しつけたようなやけどの痕がありました。「虐待だな」と。意識も戻らない中、男の子が見せた苦悶(くもん)のような表情は私の網膜にずっと焼きついています。今日まで研究を続けてきた一つの大きなきっかけです。

 −子育てをしながら、医師を続けてきたそうですね。

 三十歳で長女を、三十二歳で次女を出産しました。子育てって大変よ。自分の時間がなくて二十四時間当直みたいなもの。二人目の時は産後四週間で、搾乳をしながら復帰しましたが、当直室で搾乳している時が一番楽でした。子どもはまとわりつかないし、出前物の晩ご飯を食べながら「はー、こうやってゆっくり食べられるんだ」って。

 子育て中、中には厳しい上司もいて「もっと頑張らなきゃ」と言われることが多かった。当直を日直に代えてもらったことで「女性医師は甘えている」と言われたこともありました。

 −子育てを経験し、診察する子どもや家族との接し方は変わりましたか。

 子育てが大変ということを身をもって体験したことで、親の気持ちに寄り添えるようになったのは事実です。子育ての大変な時期と重なったということはあったかもしれませんが、三十代前半は、仕事がしんどかった。そのころは、患者さんにきついことを言ったこともあります。「もっと根性出せ、頑張れ」と。多分あの当時は自分に言っていたんでしょうけれど、うらはらに患者さんを過剰に叱咤(しった)激励するように言ってしまったのだと思います。

 経験を積むとともに、三十代の終わりくらいから、私なりのやり方を体得していけたと思います。今は、責める対応ではなく、寄り添う対応、親を褒めてあげる作業を大事にしています。全国から診察を受けに来ますが、親に「よく頑張ってるね、すごいじゃない」と言うと、私の前で必ず一筋の涙を流しますね。診察室を出る時は、すっきりしたように帰ります。親たちは皆、褒められていないんだと思います。

 −「マルトリートメント(避けるべき子育て)」という概念を広めることを重要視されていますが、どのような行為がマルトリートメントに当たりますか。

 「マルトリートメント」は長いので、最近は「マルトリ」と呼んでいます。怒鳴ったり、たたいたり、つい感情にまかせて親の気分で子への態度を変える、というのが良くないですね。

 最近は、スマートフォンやタブレットを子どもにあてがったり、授乳中にもSNS(会員制交流サイト)や動画を見たりする人もいます。スマホやタブレットが悪いのではありませんが、親と子の貴重なコミュニケーションの時間がなくなってしまうのは良くないですね。子どもがお昼寝中とか、保育園にいる時や子育て支援を頼んだ時に使うなど、子どもとの貴重な時間はちゃんとつくってほしいなと。

 −「虐待」ではなく、なぜ「マルトリ」を普及させる必要があるのでしょうか。

 「あなた虐待していますよね」と言うと、親は絶対に心を開きません。一方で、マルトリは子育て困難な家庭からのSOSとして捉えることができます。SOSを拾うことで、その家庭の子どもと向き合ったり、親の話を聞いてあげたりして、その情報をいろいろな機関につなぐことができるようになります。

 今年一月には大阪府枚方市、豊中市などと協働で、マルトリが子どもの脳の発達に悪影響を与えることを啓発するための取り組みを始めました。大阪だけでなく、できれば全国に広げていきたいと思っています。

 −子ども時代にマルトリを受けた人の脳研究では、暴言を受けた人は「聴覚野」の一部でシナプスの正常な刈り込みが進まず容積が増えたり、体罰を受けた人は感情や思考をコントロールする部分の容積が小さくなったりなどと、大人になっても影響が残ることを明らかにしました。

 結果を見たときは「脳にまで影響があるのか」と正直に驚きました。一般的に、マルトリを受ける子どもはたたかれながらネグレクトを受けているとか、多種類のマルトリを受けているので、脳のいろいろなところに影響が出ています。多くの人が重症です。

 研究をしたのは大人ですから、マルトリは子ども時代に終わらないことになります。もちろん回復はするけれど、脳への影響が続くから大人になっても生きづらさや、心や体の病気につながります。脳に影響が出ることが分かると、自分の症状、トラウマ(心の傷)の理解や治療を受けてみようと思うことにつながるんですね。

 −「マルトリ」による傷が回復するにはどういったことが必要ですか。

 トラウマに気付き、心の傷を回復するような専門的な治療が必要です。子どもに合った学習の個別的なサポートや愛着の再形成が大事です。

 簡単に「治る」と言うと誤解を招くと思います。患者は一例一例違いますから、会って話を聞いて、どこがこじれているのかを探らないといけません。そのうちに親が笑顔になったり、子どもが元気に登校していると学校から聞いたりして、「治り得る」と思えるようになります。私に会ったから急に良くなるというわけではなく、時間をかけて心理士が丁寧に心理面接をして元気になっていくケースの方が多いです。根雪が解けるように。

 −「子どもを健全に育てるためには、親が健全でなければ」と訴えています。ただ、今の日本では共働き世帯が増えたり、家族の形が多様化したり、余裕のない親が増えているのではないかとも感じます。

 子育てと仕事の両立は想像以上に大変です。だから私が強く言うのは「とも育て」です。これは、子どもたちを実の親だけでなく、社会が育てていくという視点で、みんなが子育て支援をしながら見守っていくことです。江戸時代は、このとも育てがありました。当時は、若いお母さんの産後の肥立ちが悪くて、多くの人が亡くなっていた。その後、赤ちゃんと若いお父さんだけでは子育てができないから、長屋暮らしとか村とか、地域みんなで子育てを応援していました。核家族化と「孤育て」が進んだいま、もう一回、とも育てをやっていくのが大事ではないでしょうか。

 <ともだ・あけみ> 1960年、熊本県生まれ。熊本大医学部卒業後、90年から同大病院発達小児科で勤務。留学中を除き、一貫して小児神経科医として診療に携わってきた。2003年、米マサチューセッツ州の病院に留学。日常的に親から暴力や暴言などを受けた人の脳が萎縮したり変形したりすることを、世界で初めて科学的に証明した。11年から福井大子どものこころの発達研究センター教授。同大医学部付属病院の子どものこころ診療部長も兼任する。日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究では、日本側の代表を務める。著書に『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)、『虐待が脳を変える』(新曜社)など。

◆あなたに伝えたい 友田さんから

 私が強く言うのは「とも育て」です。実の親だけでなく、社会が育てていくという視点で、みんなが子育て支援をしながら見守っていくことです。

◆インタビューを終えて

 取材中、友田教授が最近受け取った一通の手紙を見せられた。子どものころに受けたマルトリートメントの経験や、大人になっても続く生きづらさをつづり、返事を求めるでもなく「話を聞いてくれてありがとう」と感謝の言葉がつづられていた。こうした手紙はこれまで百通以上届いたという。「目の前の子どもだけを治せば良い時代ではない。社会に溶け込んでいても、生きづらさを感じている人がいる」。厳しい表情で語る友田教授の言葉は重たかった。だからこそ、見えない心の傷を誰かが気付かせて、専門家による治療につなげる必要性を強調する。友田教授は言う。「未来はあなた自身が変えられる」

 (片岡典子)

 

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