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あの人に迫る

唐澤貴洋 ネット犯罪被害対策に取り組む弁護士

写真・由木直子

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◆ネットも現実も言葉の罪は同じ

 インターネット上の掲示板で嫌がらせを受けていた少年から、書き込み削除の手続きを引き受けたために、自らも炎上騒動に巻き込まれた弁護士、唐澤貴洋さん(41)=第一東京弁護士会。百万回の殺害予告を受け、事務所は荒らされた。家族への中傷や一家の墓への落書きも受けた。それでも恐怖を乗り越え、ネット上の被害対策に取り組む。その力を生み出す原動力とは。

 −高校を中退するなど、順風満帆な人生ではなかった。

 育った家庭はいわゆる普通の家でした。両親は厳しくはなかったのですが、塾に通って中学受験をして、大学の付属中学に入って、そのまま系列の大学に進むはずでした。でもそうすることが自分の人生を生きていると言えるのかと疑問に思えました。当時の僕にとっては人生は先の見えるレールのようでした。十五歳で高校を中退したのが、初めて自分でした選択でした。中退した後は未来が見えなくて、日中は同年代の人に会いたくなくて外出できませんでした。

 −定時制高校に入り直し、このときも逆境に見舞われる。

 親に勧められて十七歳で定時制高校に入り直しました。友人はできず、休み時間は空き教室で本を読んだり、机を並べて寝たりしていました。

 確か定時制高校に入ってすぐの夏休みの、夏真っ盛りの日です。前日、僕は遅くまで家で映画のビデオを見ていた。昼ごろに起きると、弟が部屋から出てこないという話を、両親がしていました。父が見に行ったら、弟が死んでいた。首をつっていました。社交的な弟に比べ、僕は当時友達がゼロ。自殺するなら僕でもおかしくなかったのに。

 弟の友人たちに話を聞くと、不良たちに押しつけられたパーティー券が売れずに、死ぬ前夜に多摩川で暴行を受けていたことが分かった。遺書もあって、何人かの名前と「許さない」と書かれていた。警察の捜査で弟のかばんにパーティー券が入っていたことが分かった。

 −不良たちは裁きを受けなかった。

 不良たちがその後どうなったかも分からず、無力感を感じました。自分で考えて、悪に向かっていけるような力を持たないといけないと考えた。ジョン・グリシャム原作の法律がテーマの映画を見ていたので法律に興味はあったけれど、法学部に入る自信はなかった。進学した慶応大総合政策学部でコンピューター関連の授業をとったりしていましたが、体系立てて法律を学んだのは早稲田大のロースクールに進学してからでした。初めはちんぷんかんぷんだったものの、法律が問題解決のひとつの指針となりました。ロースクール在学中は多重債務者の相談を受ける団体の活動に取り組んでいました。

 −ロースクール修了後、一年を経て一回目の受験で司法試験に合格。二〇一〇年に弁護士になりました。

 半年ほど小さな法律事務所で働きました。その後、父が監査法人を定年退職して独立したので、父の事務所の片隅に机を一個だけ借りて「恒心綜合(こうしんそうごう)法律事務所」を開きました。

 一二年の三月、ネットで炎上していた少年に対する個人情報などの書き込みを削除させる仕事を引き受けました。東京地裁で削除を命じる仮処分決定を得て、「2ちゃんねる掲示板」に決定文をPDFで載せました。ある夜、食事をしていると友人から「荒らされている」と知らされました。ツイッターもアカウントを突き止められて、削除依頼の書き込みをやゆされていました。自分への中傷も削除の仮処分を得ましたが、さらに中傷を書き込まれてしまいました。

 −ついに殺害予告につながる。

 最初の削除依頼から三カ月後、六月ごろに「殺す」と書き込まれ、その後は連鎖反応のようでした。警察にも相談はしましたが、捜査方法が分からないという感じで動きが鈍かった。

 「殺す」と書かれるのはやはり怖い。人をあざ笑って殺すという書き込みをされるのが本当に恐ろしい。事務所に侵入する者が出て、郵便受けが荒らされることもありました。実家の住所も知られてしまいました。一族のお墓の場所も知られてしまった。弟が眠る墓にスプレーで落書きをされてしまいました。

 事務所の扉の鍵が接着剤で埋められた事件では犯人が任意同行を求められました。その子は高校を辞めて定時制高校に入り直し、母親からもらった数百円の小遣いで僕の自宅まで来ていました。犯人の顔を見て、本来なら私は怒るべきですが、境遇を聞くとそういう気になれなかった。

 −炎上がエスカレートしてしまった背景は。

 彼らにとっては僕という話題の共通項があって、コミュニケーション空間でつながりがあった。閉じたコミュニティーではより楽しい話題やネタを提供しないといけない。そこでだんだん過激化していった。反応する周りの人間もいた。

 −何人かの殺害予告犯には会って話をした。

 会ってみると、学校のクラスで目立たないような普通の人で、「こんな人がやっていたのか」と思う。皆反省していないということはなく「すみませんでした」と言います。

 彼らは殺害予告にリアリティーがなくて、罪の意識もなくやっている。私も最初は「許せない」と思っていましたが、今は彼らも行き場のない人、居場所のない人と思えます。そこが自分とも重なるところがある。彼らには「二度とこんなことをしないで。今度は別の形で会いましょう」と伝えます。

 −ネット炎上に巻き込まれないための対策は。

 炎上は何らかの情報発信が端緒になります。細心の注意を払って、配慮をしながら情報発信をすべきです。最近では写真投稿サイトで自分の日常生活を公開している人がいますが、無防備さが狙われています。考えたことをすぐに書き込まないというのが大事です。一度周りの人に投稿内容を見てもらうのもいいかもしれません。ネット上の投稿も現実で発する言葉も等価値です。そういう意識をどれだけ持てるかが大切だと思います。

 −社会をどう変えていくのか。

 ネットを巡る問題について法律が不十分だと考えています。法改正に向けてどうしたらいいか考えている段階ですが、プロバイダーに一定期間記録の保存を義務付けたり、権利侵害があったら記録の開示を裁判せずにできるよう、使える制度にしたい。中傷を書き込む方はゼロ円でできるのに被害者が裁判をしないといけないのはやはりおかしいと思います。

 私自身も社会で問題を認識してもらうために近ごろはメディアに顔を出すようにしています。もちろんまだ恐怖感はあります。僕の名をかたって爆破予告をする人もいます。でも僕は人が抱えている問題を解決する弁護士でありたい。強い人の味方は誰かがしてくれます。自分ももとはアウトサイダー。十代からの経験を経て、社会のもろさを見てきたことが、自分の考えの根っこにあります。誰もやらないことを自分がやるというのをモットーにしたい。

 <からさわ・たかひろ> 1978年、東京都港区生まれ。慶応大、早稲田大法科大学院を経て2010年弁護士登録。11年、恒心綜合法律事務所を設立。掲示板の書き込み削除の仕事を引き受けたのをきっかけに自身も炎上に巻き込まれる。18年に法律事務所Steadinessを設立。インターネットなどITに関連する法律問題に多数対応し、掲示板、会員制交流サイト(SNS)、ブログでの中傷やプライバシー侵害への対応を取り扱っている。相談は事務所ウェブサイト(事務所名で検索)の問い合わせフォームから。著書に「炎上弁護士」(日本実業出版社)、「そのツイート炎上します!」(カンゼン)など。

◆あなたに伝えたい

十代からの経験を経て、社会のもろさを見てきたことが、自分の考えの根っこにあります。

◆インタビューを終えて

 数年前、唐澤さんの名前をSNS上で初めて見かけた。唐澤さんを描いたのであろうかわいらしいイラストのアカウントに「殺す」「めった刺しにする」と異様な書き込みがあった。あまりに露骨な殺害予告ばかり。唐澤さんというのは架空の人物なのではないかと思うほどだった。

 書き込みをしていた人たちは軽い気持ちでやっていたのだろう。法制度の不備から多くの犯人は裁かれていない。インターネット上の書き込みの向こう側にも生身の人間がいる。生身の人間に直接殺意をぶつける人は多くない。ほんの少し想像力を働かせるだけでも被害は抑えられるはずだ。

 (瀬田貴嗣)

 

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