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あの人に迫る

大岡千紘 手作りコスメ体験教室「naori」創設者

写真・吉岡広喜

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◆オンリーワンで移住先を元気に 

 山間部の奥三河に位置する愛知県東栄町に、全国から女性が押し寄せる場所がある。国内で唯一、この町で採掘できるファンデーションの原料、セリサイト(絹雲母)を使った手作りコスメ体験教室「naori(なおり)」。創設者の大岡千紘さん(28)は町の伝統芸能、花祭に惹(ひ)かれて六年前に移住した。「町を元気にしたい」。母になって、その思いをより強くしている。

 −人口三千二百人ほどの東栄町に、コスメ作り体験をするため全国から人が集っていますね。

 二〇一六年が六百人ほど、一七年が千人で、一八年は千四百人。二年で客足が倍以上に伸びました。東京や香川など遠方から来る方や、男性客もいます。

 −「奇跡のパウダー」と称される東栄町のセリサイトの特徴は。

 粒子がきめ細かくて不純物が少ない。触り心地も滑らかで、つるっとした感じ。国内外の有名な化粧品ブランドでも使われています。実際に見てもらうと分かるのですが、東栄町産と海外産では色が違う。海外産は茶色や灰色っぽい。海外産は、不純物が含まれている分、色がついて、肌のくすみの原因にもなるんです。

 新潟、島根などにもセリサイトが採れる鉱山があったそうですが、閉山してしまったそうです。

 −事業を始めたきっかけは。

 大学卒業後、東栄町の地域おこし協力隊に参加しました。募集要項では「山菜を育てる」というのがミッション。山菜は、植えてから収穫まで三年かかるということを後から知った。協力隊の期間は三年。町としてもちょっと方向転換しましょうと。田植えとか餅つきとか考えたんですけど、なんかしっくりこない。そんなとき、東栄町でセリサイトを採掘している三信鉱工(さんしんこうこう)の三崎順一社長に「相談したいことがある」と声を掛けられたんです。

 −どんな相談を。

 セリサイトを使って、手作りコスメ体験をできないかと。セリサイトは世界中に輸出していて、世界でトップシェアを誇る。こんないいものがあっても町に生かされず、外にばかり出ているということを社長として気にされていました。過疎地域の会社として、この先を考えたときに、地域のために何かをしたいと。

 −それまで三信鉱工やセリサイトの存在は。

 知らなかったです。高校の名前だと思っていました。「高校のない町と聞いてたけど、高校あるんだ」って。化粧品が鉱物からできていることも知らなかったし、世界中に届けられていることにもびっくりしました。

 三崎社長は、そのアイデアを七年くらい温めていたそうです。いろんな人に話しても「面白そうだね」で終わってしまい、なかなか形にならない。

 私自身、町で一年半過ごし、なにもできないという無力感を感じていました。大学を卒業したてのぺーぺーで、何のスキルも力もない。誰かのやりたいことを形にしていくお手伝いができるということに興味がわきました。

 −事業化までの道のりは。

 名古屋の手作りコスメの教室に週に一度、半年ほど通いました。東栄町はセリサイトだけでなくて蜂蜜やお茶、ユズもある。蜂蜜を使ったリップクリームや、お茶を使った入浴剤など、地域の素材でコスメを作るという提案を形にするため、メニュー作りも念入りにしました。

 セリサイトに食事、温泉、星空など、この町の美につながる体験を組み合わせようと考えました。「ビューティーツーリズム」です。

 −naoriの名前の由来は。

 地層が重なって良質なセリサイトや鉱物が採れるところを鉱山用語で「なおり」と言うそうです。三崎社長に教えてもらいました。地域に誇りを持って、人と人が交わっていく。そんな事業になれば、という願いを込めました。言葉の響きもかわいかったので。

 −地域おこしに興味を持ったきっかけを教えてください。

 大学の授業の一環で島根県の温泉津町(ゆのつちょう)(現・大田市)のまちおこしに参加しました。伝統芸能の石見(いわみ)神楽を学生が学び、現地で舞台をして人を呼ぶプロジェクトです。

 町では石見神楽を若者がきらきらと楽しそうにやっていました。「バンド組もうぜ」ってなるところが島根だと「神楽組もうぜ」となる。プロジェクトを機に神楽やお祭りが好きになりました。全国のお祭りを見に、学生時代、六十カ所ほど出掛けました。一人で寝袋を持って、その辺で寝ます。現地の人が泊めてくれることもありました。

 温泉津町は過疎地域。老人ばかりでお子さんがいないという状況を、初めて目の当たりにしました。学校の授業で、少子高齢化や限界集落といった言葉は習っても、私が育った地域はそういうことが分かる状況ではなかった。

 若い人たちも、過疎地域の存在を知らずに街にどんどん出て行ってしまう。祭りもなくなってしまう。何かできればと、卒業後はまちおこしを仕事にしようと考えるようになりました。

 −なぜ東栄町に。

 大学四年の冬に、東栄町の花祭を見に来ました。祭りも良かったんですけど、人がすごく印象的でした。女の子が一人で行くと、大抵、遠巻きに見られて、祭りが終わった後に話し掛けられることが多い。東栄町では、着いた瞬間に地域の人が「どっから来たの」としゃべりかけてきました。「カイロあげるわ」「うちでおでん食べていきん」と誘ってくれる。人懐こさ、外の人間を受け入れる風土が良いなと思いました。

 住んでみて分かったのは意外と便利な環境ということ。ふだんは小さな商店で事足りますし、三遠南信自動車道のおかげで一時間もあれば浜松市の大きなスーパーに行くことができます。

 −子どもが生まれて何か変わりましたか。

 この町を出ない覚悟を持ったというところが大きいです。自分がこの町に住み、この子も住んでいく。楽しくて良い町に住みたいという思いがさらに大きくなってきて。協力隊のときは、出ていくこともできる、という思いもありました。

 出ていけばいいやと思うから、思い切りできることもある。ここにずっといるから、しがらみもあってできないこともある。いいところも悪いところもあって、どっちがいいとかじゃないんですけど、そこが大きく変わったところですね。

 −今後、事業をどう発展させていきたいですか。

 町の人ともっと関わりながら、ビューティーツーリズムの概念を確立していきたいです。美って、意識するということだと思うんです。ただ商品を作るのでなく、見た目や素材に気を使ったり意識をしたりすることで、より良いものになっていく。

 体験に来た人に「化粧品が何からできているか考えたことがありますか」と聞くと、皆さん「ない」と答えます。食べ物だったら何が入っているかを結構気にすると思う。化粧品だと意識していない。

 世の中にあるいろんなことも一度考えてみると、くらしが豊かになったり、おもしろくなったりする。そういう意識が広がっていくと、町も元気になっていくんじゃないかと思うんです。 

 <おおおか・ちひろ> 1991年1月16日、沖縄県生まれ、和歌山市育ち。京都造形芸術大卒。大学時代に神楽に興味を持ち、各地の祭りを巡る。東栄町に伝わる花祭を見たのをきっかけに、同町の地域おこし協力隊「燈栄隊(とうえいたい)」に一期生として参加。セリサイトの採掘を手掛ける三信鉱工と連携し、2015年6月、日本初のビューティーツーリズム事業「naori」を立ち上げた。現在は同町観光まちづくり協会職員。同町のチェーンソーアーティストの内藤済(わたる)さん(59)と結婚し、19年3月に長女いろ葉ちゃんを出産。ファンデーション作り体験は税込み3240円。セリサイト採掘鉱山の探検とのセットコースもある。(問)naori=電0536(76)1780

◆あなたに伝えたい

 セリサイトに食事、温泉、星空など、この町の美につながる体験を組み合わせようと考えました。「ビューティーツーリズム」です。

◆インタビューを終えて

 取材後、ファンデーション作りを体験した。場所は閉校した小学校の教室。セリサイト、酸化亜鉛などが並ぶ光景は理科の実験のようだ。材料を量って乳鉢に入れ、混ぜる。緑に囲まれた廃校の窓からは心地よい風が入った。

 三十一歳年上の夫済さんとの出会いや、三月に生まれたいろ葉ちゃんの出産・子育て話などで会話も弾んだ。人生の契機となった花祭の魅力とは「音楽と舞でテンションがどんどん上がってくる。舞い手と観客が一体となる。神秘的で非日常の世界が味わえる」。ファンデーションを肌に付けるたびに東栄町の風景が頭に浮かぶ。いつか花祭を見に行きたい。

 (三宅千智)

 

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