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あの人に迫る

細野祐二 会計評論家

写真・中西祥子

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◆粉飾決算を分析 犯意を明らかに

 かつて顧客の粉飾決算事件に巻き込まれた元会計士が、自らの苦い経験を基に粉飾発見プログラムを開発、一般無料公開している。裁判を闘いながら企業の決算を分析し、日本航空や東芝などの粉飾決算をいち早く指摘、「伝説の会計士」との異名をとる会計評論家の細野祐二さん(65)だ。粉飾決算と司法の研究を続け、その研究過程をまとめた「会計と犯罪」(岩波書店)が五月末に出版された。

 −日本を代表する企業の粉飾決算を雑誌などで次々と指摘されてきましたね。

 監査法人に勤めていた二〇〇四年、シロアリ駆除会社キャッツの粉飾決算事件で東京地検特捜部に逮捕・起訴されました。一貫して無罪を訴えましたが、一〇年に最高裁で有罪が確定し公認会計士の資格を抹消されました。私とすれば、適正なキャッツの決算が司法に粉飾とされている以上、「粉飾決算とはこういうものだ」と社会に訴えざるを得なかったのです。百九十日間の勾留後、旧日興コーディアルグループの粉飾を発見。それを手始めに日本航空やオリンパス、東芝と次々に粉飾決算を発見し、そのまま研究に進んでいきました。

 −私財を投じて粉飾発見プログラムを一八年二月に開発し、ソフトのエクセル簡易版をホームページで無料公開、講習会を開いているそうですね。

 十五年にわたり手作業で行っていた粉飾決算分析手法をITプログラム化したもので、フロードシューターと名付けました。金融庁の閲覧サイト「EDINET」で提供する企業の決算情報を使い、過去五年分の決算を、利益に現金収入の裏付けがあるかどうか、資産に換金性があるかどうかといった会計原理に重点を置いた七十八項目で分析し、減点方式で「危険」から「安全」まで五段階で評価しています。講習会には会社員や投資家、税理士らが来ており、自らソフトを使って分析できるよう解説、指導しています。

 −毎月上場企業百社を分析していると聞きました。

 日本の全上場企業約三千六百社の分析を目指しており、現在、約二千社の分析を終えました。産業業種にかかわらず、おおむね5〜10%の割合で危険度の高い決算が検出されます。

 −粉飾決算の発見は監査法人の仕事ではないのですか。

 フロードシューターは、企業から一円の金ももらっていません。東証1部上場企業の支払う年間の監査報酬は平均五千万円程度、十億円を超える額を支払う企業も二十社ほどあります。これだけもらっていれば、監査法人が真に独立した批判的な意見を出すことは無理なのです。監査法人の監査は企業の決算を一緒に手伝っているというのが実態で、監査の現場では、自分が手伝ってできた決算を批判するという発想自体がありません。

 −フロードシューターの活用法を教えてください。

 投資したい企業の決算が安全かどうか確認することができます。経営者は、自身の決算が安全かどうかを確認する手だてとして使うことができます。国民年金基金は、株の運用益などで年金を支払っています。投資顧問業者を交えて試算したところ、フロードシューターで要警戒や危険と判定された企業の投資を控えると国民年金基金の運用利回りが、20%以上向上することが分かりました。年金資産の防衛に大きく貢献できます。欧米では決算の危険度分析を多くの企業が行っており、日本でもこのような土壌が必要だと考えています。

 −「会計と犯罪」では、村木厚子元厚生労働省次官が無罪判決となった郵便不正事件に多くの分析が割かれていますね。

 最高裁判決で私の有罪が確定した三カ月後の一〇年九月に大阪地検特捜部に逮捕された村木厚子さんの無罪判決が出ました。村木さんは著書で「無罪を取れたのは運が良かった」と言っていますが、私が、「自分が有罪になったのは運が悪かったから」と言うわけにはいきません。私には、運以外に説明できる理由がどうしても必要だったのです。郵便不正事件を深く学ぶ必要があると思いました。

 −振り返ってご自身の裁判ではどうでしたか。

 この本を書くことにより、村木さん事件では、特捜検察の報復を恐れず犯罪事実を強く争った点が私の事件と決定的に違うということがよく分かりました。私の弁護団は、私の意思に反して、粉飾決算という犯罪事実を全く争わなかったのです。一審で犯罪事実を争うということは、検察官の起訴や逮捕そのものが間違っていると主張しているのと同じで、特捜検察の立件を全否定することにほかなりません。負ければその後の執行猶予狙いの事件で報復を受けかねないため、弁護士は犯罪事実を争うことを極端に嫌がるのです。

 キャッツ事件では朝から晩まで毎日、怒鳴って机や壁をたたく取り調べが続きました。長時間の取り調べ中一切水を飲ませてくれなかったので、高血圧の私は体中から脂汗が出て命の危険を感じました。

 高裁では、キャッツの社長が、一審東京地裁での証言は検事から証言内容を丸暗記させられたもので、全四十回に及ぶリハーサルが行われた、私からの粉飾指導などなかった、とするキャッツの経営陣三人全員による涙の逆転証言が相次ぎました。共謀したとされる日に私のアリバイが出ました。謝礼金として渡された現金の帯封番号に対する銀行照会が行われ、私の主張が裏付けられました。会計処理は適正とする関西学院大の意見書も証拠提出されました。しかし、控訴は棄却。闘病中の妻はこの判決直後に亡くなりました。

 −長銀、日債銀の粉飾決算事件は逆転無罪でした。細野さんは再審請求をしないのですか。

 経済事件はもともと凶器や血痕などの物証がありませんので、再審に求められる明白な新証拠などあるはずがありません。戦後再審請求が認められた二十一件の中に経済事件は一件もありません。私には再審請求の道はありません。

 −「会計と犯罪」の中で、役員報酬を過少申告したとして金融商品取引法違反などの疑いで東京地検特捜部に逮捕、起訴された日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は無実だと言っていますね。

 日産が将来、ゴーン前会長に五十億円の役員報酬を支払う可能性は低いので、問題とされる役員報酬は開示する必要はありません。役員報酬が高額過ぎると言うならば、日産の取締役会で議論すればいいでしょう。日本は法治国家なのですから、証拠と法により違法行為を判断すべきで、日本社会の倫理観でゴーン前会長を裁くべきではありません。

 −特捜検察制度を含めた司法の根底的な改革が必要だと。

 捜査と起訴権の両方を併せ持つ特捜検察のような組織は、先進国の中で日本と韓国以外に聞いたことがありません。本来、事件捜査は警察などの捜査機関が行い、検察官は捜査に対する抑止力として起訴の是非を判断することになっています。この結果、捜査と立件の分離により内部統制が機能します。日産ゴーン事件により日本の人質司法が世界から批判を浴びていますが、世界の常識からかけ離れているのは人質司法だけではないのです。この動きが司法制度改革につながっていくことを願っています。

 <ほその・ゆうじ> 1953年、津市生まれ。早稲田大政経学部卒業後、82年公認会計士登録。78年〜2004年まで監査法人のKPMG日本および同ロンドンにおいて会計監査やコンサルタント業務に従事する。同社幹部だった04年、シロアリ駆除会社キャッツの株価操縦事件に絡み有価証券報告書虚偽記載罪で東京地検特捜部に逮捕、起訴された。一貫して無罪を主張したが10年に有罪が確定。現在、犯罪会計学の研究のかたわら、自身が開発した粉飾発見プログラムにより上場企業の決算の危険度分析を行いながら執筆や講演活動を行う。主な著書に「公認会計士vs特捜検察」(日経BP社)「司法に経済犯罪は裁けるか」(講談社)など多数。東京都在住。

◆あなたに伝えたい

 私が、「自分が有罪になったのは運が悪かったから」と言うわけにはいきません。私には、運以外に説明できる理由がどうしても必要だったのです。

◆インタビューを終えて

 「粉飾決算は故意犯で、決算書に犯意が表れている」というのが細野さんの持論だ。粉飾発見プログラムを駆使した分析で危険と判断された企業は、月一回のセミナーで解説する。会計の知識がない人でも企業が、なぜ、どのような手口で問題となる決算に手を染めていったのかが、手に取るように分かる。

 底辺に流れているのは、「どうしてそんなことをするんですか。会計ルールを守りましょうよ」と企業を諭す姿勢だ。自身は会計を巡る「冤罪(えんざい)」で、想像もできない不条理を味わってもなお、会計の可能性を信じ不屈の精神で挑戦を続ける細野さん。伝説の会計士と言われるゆえんはここにあると思った。

 (市川千晴)

 

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