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あの人に迫る

橘ジュン NPO法人「BONDプロジェクト」代表

写真・池田まみ

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◆居場所ないキミ リアル聞かせて

 「居場所がほしい」と訴える瞳に、どれだけ向き合ってきただろう。親子の不和からくる孤独、虐待の被害や自殺願望…。心に深い傷を負った各地の十〜二十代の女性らを、NPO法人「BOND(ボンド)プロジェクト」(東京都)が行政の支援などにつなぎ続けて十年になる。代表の橘ジュンさん(48)は少女らの心の声をすくい上げ、「生きづらさ」に寄り添う。

 −少女らの相談に日々応じる橘さんは、必ず背景に目を向けるそうですね。どんな生きづらさを抱えた子が多いですか。

 圧倒的に多いのは、家族の悩みです。親、きょうだい、親の恋人との関係など。心の状態は「寂しい、しんどい、居場所がない」ですかね。メンタルの不調で眠れず、過去を思い出すフラッシュバックも多い。

 そうした状況が性被害やいじめ、ドメスティックバイオレンス(DV)、虐待、妊娠・中絶など深刻な問題と絡み合っています。

 少女らの伝え方は「もうだめだ」「死にたい」などとざっくりしている。こちらが「どうしてそう思うの」と、時間をかけて丁寧に聞かないと、本当の姿は見えづらい。援助交際する子に聞くと、食事代や泊まる場所が必要だったり、スマホ代がなかったり。貧困という問題にもつながる。

 −心と心で向き合うため、彼女たちの胸の中にどう入るのですか。

 知りたい、という気持ちが大事ですね。キミを知りたい、話を聞きたい、と。私たちはずっと「聞かせて」というスタンスです。

 ただ、会いたい子がいる、伝えたい声があるというだけで対応できたかつてとは、状況が変わりました。

 私は十代でフリーライターになり、いわゆる「アウトロー」の女の子たちの声を聞いて伝えてきました。彼女たちは自分の言葉を持っていた。取材で「書いちゃいけない話はある?」と聞くと、「ないよ。私の生き方だから」と答えが返ってくる子たちだった。

 −どんな子たちと出会ってきたのですか。

 「極道」の男しか愛せない子、風俗店に身を売られた子、獄中結婚した子もいました。「十六歳でどうして一人暮らししているの」といった興味から取材に入ったこともありました。

 若者向けの雑誌で連載コーナーを持っていた時は、編集部に私宛ての手紙や電話がくると、まず自宅の住所を聞いて家まで訪ねていました。(女性らで構成する暴走族の)レディースの取材でも、全国各地に行った。十五、十六歳で赤ちゃんを抱いている子がいると、取材先に残り翌日も話を聞かせてもらっていた。

 でも、今の女の子たちの多くは受け身なんです。「生まれてこなければよかった」と思っている子ばかり。共通しているのは、自分を大事にできない点です。

 −今はインターネットで誰もが発信できる。それなのに、心の底に潜む本音はかえって見えにくくなっていることも、支援の難しさにつながっていませんか。

 すごく感じますね。今年三月までに、東京都内の街頭で高校生ら三百三十二人にアンケートをしました。友だち三、四人でいる子に声をかけ「死にたいと思ったことがあるか」を聞くと「ある」と答えたのは百十五人。全体の35%だった。

 ただ、BONDへ相談に来た高校生に、友だちといる時と一人きりの時でアンケートの回答が変わるかどうか、聞いてみたことがあるんです。「はい、違います」と即答だった。両親と仲が良くて、友だちとうまくやっている子なのに。

 会員制交流サイト(SNS)は友だちだけでなく、親や先生が見るかもしれない。そう考えながらの投稿しかできない。楽しそうで、元気なところしかネットには上げない。だから、自分とは他人に分からない裏アカウントが必要になる。

 −神奈川県座間市で二〇一七年、若い男女九人がツイッターで知り合った男に相次いで殺害された事件の後、ネット上で危うい書き込みをする子たちを自ら見つけるネットパトロールにも力を入れていますね。

 今は、相談に来るのを待っているだけで対応するのは無理。顔の見えないまま、困っている人がたくさんいる。そうした子を、ツイッターや、さまざまな掲示板から、ネット世代の若い子たちが協力して探し出しています。これまでに二百人余を実際の相談につなげました。

 昔は私たちが街に出て、終電がなくなった子に声をかけていた。どうやってネットの奥のリアルを感じることができるかが、本当に大事な時代になりました。

 −幼い子が親から虐待を受ける事件も相次いでいます。埋もれているケースがあるかもしれません。

 BONDを始めたころ、相談に来た女の子が支援を受けるか迷っていたことがあります。十六歳で父親からの虐待がある子だった。

 「お父さんの子を妊娠しているかもしれない」という状況だったから、本人を説得したけど「やっぱり児童相談所に行くのは嫌だ」と。それでも「絶対にこの子は帰したくない」と考え、タクシーに乗せて連れて行きました。結局、女の子は児相では「(虐待は)事実ではありません」と話してしまい、施設に受け入れられなかった。児相が間に入ると、親との接触もあるので、居場所がもっと不安定になった。正しいかどうかではなく、彼女が迷ってもいい時間をつくってあげなければいけなかった。

 今は、ネットパトロールと併せて、無料通信アプリLINE(ライン)を使った相談を週に五日間、受け付けています。相談員をしてくれる女性スタッフには、かつて自分自身も虐待を受けていた子も、加わっています。

 −BONDには「必要な支援にくっつける」という意味があるのですね。

 生活に関する相談、虐待やDVの相談があると、行政の窓口に同行して支援します。福祉事務所、児相、女性相談センターなどですね。心のケアが必要なら、病院。家出、援交、売春といった事情を抱えている子は、警察につなぎます。

 だけど、つなぐ先の窓口に行っても担当者がどう対応すればいいか分かっていない場合がある。窓口によって温度差や、関心の低さを感じてしまう。行政は根拠法があるかが重要で、措置という感覚が根強い。

 行政から「家出した女性から相談を受けているけど、十八歳を過ぎているから対応できない」と、逆に私たちが対応を依頼されたケースまでありました。安全な場所で彼女たちにゆっくり休んでもらいながら解決策を考えてゆくというスタンスではない。支援が必要な若い子たちにすれば、ギャップを感じる。現状に制度などが追いついていない。私たちにはそのリアルを伝えていく役回りもある。

 −NPOの設立から十年。BONDの今後は。

 今、優先的に会って、つながりをつくらなきゃと思っているのは「自分が虐待をしてしまうかもしれない」と苦しんでいる若い母親たちです。彼女たちは「加害者」「母親失格」などとレッテルを貼られるのでは、と不安定になるんです。

 その中には、自分も虐待を受けてきて、施設にしか安心できる場所がなかったという子が多いのです。そんな女の子たちに会い、状況を知りたい。今まで受けてきたこと、抱えてきたもの、見過ごされてきたこと。声をきちんと伝えたい。

 <たちばな・じゅん> 1971年、千葉県生まれ。女性の暴走族「レディース」で改造車を走らせていた18歳のころ、雑誌の取材を受けたことをきっかけに、自身もフリーライターの道へ。数多くの少女らを取材し、雑誌でルポルタージュなどを執筆。取材現場で知り合ったカメラマンのKENさんと結婚後、東京・歌舞伎町で援助交際する子や、深夜の渋谷センター街をさまよう少女らに声をかけ話を聞く取材を2人で続け、声を伝えるフリーマガジン「VOICES」を2006年に創刊。さまざまな困難を抱えた子を必要な支援につなげるため09年に「BONDプロジェクト」を設立した。著書に「最下層女子校生 無関心社会の罪」(小学館新書)など。

◆あなたに伝えたい

 どうやってネットの奥のリアルを感じることができるかが、本当に大事な時代になりました。

◆インタビューを終えて

 橘さんと取材で初めて会ったのは二〇一七年、若者でごった返す渋谷センター街。眠らない街にたどり着き、漂流する少女らと数え切れないほど出会ってきたという。ネットの仮想空間に居場所を求める若者が増え、社会が複雑化する今も、リアルを知りたいという原点を貫く。

 大人の責任って何だろう。インタビューの最後に、橘さんに問いかけた。「よかれと思ったことが、少女にとっていいとは限らない。彼女の幸せを彼女が選ぶ。その前を行くとか後ろを追うとかではなく、横を一緒に歩く関係性を築くことでは」

 自身も悩みながら道を探る。それが、多くの少女らをひきつける理由なのかもしれない。

 (神田要一)

 

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